ある日の護送車で

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―財団へ向かう護送車の中―

……ゴトン……ゴウン……

窓がない護送車、囚人たちは向かい合わせに座らせられ、椅子に縛り付けられ、手足には手錠をかけられ満足には動けない状態にあった……当たり前と言えば当たり前だ。
そんな状態の中一人の囚人が隣にいた囚人に小さく話しかけた。

囚人A「……おい……おい隣のイケメンさんよ……」

囚人B「なんです……」

一瞬話しかけてきた男を睨んでから、見張り役と思しき男を見やる。
目は合ったが、彼はさもどうでもいいと全身で表現するように肩を回した。

囚人B「おだてても何も出ませんよ?」
囚人A「んだよ連れないな……もっと愛想よくしないと友達できないぞ?」

ククッと小さく笑いできるだけ近づく。

囚人A「今からどうなるかわかってんのか?お前」
囚人B「いえ、私は全く聞いてないですねぇ。外に連れ出されたと思ったらそこにこの車がいて、ポイ、ですよ。」

溜息をつきながら脚を組もうとして、足枷が音を立てる。
周りに聞こえるように舌打ちしてから座り直した。

囚人A「おいおい、そうイラつくなって?これぐらい慣れっこ、だろ?」
囚人B「足枷ではなくて、サツに邪魔されるのなら慣れっこですけどね」

うんざりしながら車内を見渡した。
足枷は無論、外が全く見えないのも気に食わなかった。

囚人A「こんな車……ドライブには最悪だな、窓は無い、空調も無し、おまけに乗っているのはむさい男だけ……お前は好きだろうけどな」

ゲラゲラと下品に笑って見せる。
呆れかえってリアクションする気が失せた男は、溜息をつきながら椅子に深く座り直した。

囚人A「で、俺らは今からどうなるのかわかってんのか?お前?」

苛立ちを隠さずに返答する。

囚人B「知らないと言いましたよね?そんなに気になるならそこの人にでも訊けばいいんじゃないんですか?」

顎で見張りを指した。彼は彼で未だに知らんぷりを続けている。

囚人A「お前はどうなると思う?薬の試験だと思うか?」

聞いてくれと言わんばかりに質問する、どうやら何か知っているようだ……。

囚人B「ああ、毒薬だったらありえそうですねぇ」

鼻で笑いながら答えた。

囚人A「まあ、そっちの方がよかったかもな面倒も何もなくてな……」

そういうと神妙な顔つきになり顔を近づける。

囚人A「……お前こんな話聞いたことあるか?世にも不思議な物品を扱う変な組織の事」
囚人B「なんですか、都市伝説か何かですか?それに連れ去られている最中だとでも?」

本物の馬鹿だなと思いながら、笑ってみせた。しかし、彼の表情は変わらない。

囚人A「ま、そんな所だで俺らは……差し詰めモルモットって所だな」
囚人B「それが本当なら少しは楽しめそうですけどねぇ。実際のところはどうなんです、そこのお兄さん?」

話を振りながら、改めて見張りをよく見てみた。一見ドラマで見る機動隊のような格好だが、胸元に見慣れないマークが入っている。

囚人A「な?……おれがいた刑務所から何人かがいなくなった事があってな……もしやって思ったら大当たりだ」

ふたりして見張りを見ていると、ようやく一言だけ発した。

見張り「……まぁ、否定はしない」
囚人B「否定は……ですか。やはりただの噂にすぎないのでは?」

それみたことかと囚人仲間の方へ顔を向けたちょうどその時、耳を疑うような言葉が聞こえた。

見張り「……いや、本当だ」

振り向くと、ばつが悪そうにヘルメットの隙間から頭を掻いていた。

見張り「どうせあと30分もしたらあんたらも知ることになる。誤魔化して妙な先入観持たれるよりはマシだろう」
囚人A「……で、一か月ちゃんと務めたら釈放なんだな?」

せかすように見張りに問いかける。

見張り「お前、それ何処で聞いた?」

肩をすくめながら問い返された。

見張り「むしろそっちの兄ちゃんの方が交渉してそうなんだがな」
囚人B「あいにく、何も聞かされていないもので」

ざわつく車内をよそに平静を装ったが、頭の中は疑問符と不安で一杯だった。連れていかれた先で一体何が起きるのだろうと、考えを巡らせてしまう。

囚人A「他の奴がそう言ってるのを聞いたんだよ、何か問題あるか?」

ガシャガシャと足枷をならし笑って深く座りなおす。

囚人B「どこで聞いたんです?」

ひょっとすると、もっと知っているかもしれない。見張りの言うことなんてあてにならないというのが彼の考えだった。

囚人A「家の刑務所長が独り言で言ってたんだよ……全くお粗末だ事!」
囚人B「ほぉ、所長が……」

嘘のような話だが、仮に本当だったら……。本当だったら、人生で一番とんでもない状況におかれている。そう確信した。

囚人A「でもさぁ……こういう話ってさ何か裏があるもんだよな?」

見張りを見つめながらそういう、確かに話が旨すぎる。

見張り「いいや、全く」

彼は無表情で答えた。

見張り「確かに危ない仕事も多い。そこは誤魔化しようがないから正直に言っとこう。だが、おとなしく、いいか、おとなしくだぞ、俺らに協力してくれれば、1ヶ月後には解雇だ」

息をつき、ニヤリと笑って続ける。

見張り「あんたらのことだ、危ないからって逃げるタマでもないだろ?」
囚人A「馬鹿言え、逃げられそうだったらいつでも脱獄してやるよ」
囚人B「……そうそう逃げられるようにはなってないでしょうね、なにせ刑務所が引き渡しに応じているんですから」

溜息まじりに指摘すると、見張りは笑いながら肯定した。

見張り「いいねぇ、あんた頭が切れるようだな。そんじょそこらの塀の100倍は逃げにくいことうけあいだ、逃げることより生きることに専念した方がいいぞ」
囚人A「生きる事ねぇ……やっぱやばい場所みたいだぜ?そこらの薬の実験じゃねぇなこりゃ」
囚人B「話せば話すほど不穏な話が出てきますねぇ」

段々、自分が青ざめていないか気になってきた。こいつが自分達の冗談に付き合っているだけであって欲しい、とも考えた。

囚人A「止めた止めた!もうこの話は終わり!こんがらがっちまう!」

面倒になったのかふて寝を始めてしまった。もとはと言えばこいつから話が始まったのに……。

見張り「あんたも寝たらどうだ?うたた寝するくらいの時間はあるだろ」

車内の壁に寄りかかりながら言う彼の表情が、よく分からなかった。

囚人B「ええ、寝ながら今の話について、よく考えてみましょう」

足をほんの気持ちだけ前に投げ出して、なるべくいつもの姿勢に近付ける。
そう、いつも通りだった方が良かったのかもしれない。どんなに退屈で、絞首台で死ぬのが目に見えていて、それでいてだらだらと生かせられ続けていても、その方が……。

「散布開始、どうぞー」

妙に遠くから声が聞こえて、薄眼を開ける。

親指を立てる見張りを見た気がしたが、意思に反して瞼は静かに閉じていった。

「グッドラック」

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