At Least, She Wishes It Be So.
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「なあ」
「何ですか?」
「お前、速水のこと好きなの?」

遠くから差前が怒鳴り散らす声が聞こえる。地下に広がる駐車場の中でその音は反響し、後に続く愚かな青年の叫び声も奇妙に歪んでゆく。冷たいコンクリートの柱に背を預けながら、エージェント・西塔とエージェント・那澤は一向に終わりの見えない現場待機を続けていた。
西塔の言葉に驚いたのか、まだ若い男は僅かに目を丸くする。それも一瞬で、すぐのちに面白げな微笑を浮かべると、質問の主に顔を向けて首をかしげるような仕草をした。瞳の奥の輝きが、星のように瞬いている。
「気になります?」
「……」
「気になりますか?」笑顔。「なーんて、冗談です。何度も言ってますけど俺、男ですから。同性にそういう気持ちは抱いたりしませんよ」
「本当に?」
「はい」
「神様に誓って言えんの?」
「うーん……ある程度なら」
「格好」
「え?」
「そんな格好で言われても、説得力無いんだけど」
西塔は相手を見ずに言った。不思議そうな顔をした那澤は黒を基調としたシンプルながら印象的な装いのゴシック・ロリータファッションを着こなしており、確かに遠目でも近くでも男には見えない。いじらしいまでに華奢な手脚を飾る純白のフリルとリボンが、淡い白熱灯の下で一層輝いて見えた。
「あー…これは」那澤はこれ見よがしにーーー本人にその気は全くないだろうがーーーその場で一回転しながら言う。「今回の作戦で陽動にどうしても必要だと言われて、仕方なくです」
「その“仕方なく”が何度もなんども続いてるじゃん、説得力無いけど」
「うあ、バレちゃいましたか」
再び笑う那澤。西塔はその横顔にチラリと視線を向け、戻す。
西塔の服装は隣人のそれと対照的だ。草臥れた濃紺のジーパンに黒灰色のパーカー、その上から特徴のないジャンパーを着込んでいる。黒いキャップからはみ出た乱雑な髪型と目つきの悪さを見れば、男だと間違われるのも頷ける。西塔はそれを悪く思った事は無いが、それなりに気には留めていた。限りなく女に近い異性の隣にいれば、殊更考えることもあるだろう。

女装の隣人が細い右脚を上げた。厚底のストラップシューズのやや控えめな装飾の一つがキラリと光る。
「でも別に、こういう格好が好きだからと言って男の人も興味がある、って訳では全然ないんですよ。混同している人はよくいますが」
「へえ」
「可愛い物は好きです。でもそれはあくまで男の自分から見た“好き”で、女になったんじゃない。普通に異性と恋愛をしたことはありますし、その逆の経験は全くです」
那澤が一呼吸置く。西塔は自分の手を揉みながら無表情で地面を見つめている。
「速水さんとは結構長い付き合いになりますし、人事上どうしても同じ仕事に割り当てられる事も多いですけど、お互いに恋愛感情があったりとか、そういうのは全然違くて。ただ単に先輩と後輩なだけですよ。もし狙ってるなら安心して下さい」
「誰を?」
「誰って、速水先輩を」
「は」

カーン、と遠くで何かがぶつかる音がした。
西塔は那澤の足を軽く蹴る。
「痛」
「アホか」
ぶっきらぼうだが悪意は無い口調で、西塔は呟く。向こうでは、話題に上がった当の本人が何やら泣き喚きながら差前と餅月に追いかけられていた。
「い、痛いのはやめてくださいよ」
「その言い方やめろ」
「すいません。さっきのは冗談です」
今度は真顔になった那澤は、蹴られていない方の脚でぴょんぴょんと跳ね始めた。
「でも西塔さんこそ変な質問したじゃないですか。曲がりなりにもちゃんと答えてる俺の身にもなってほしいです」
「それは、悪い」
「大丈夫です」こいつ。「だけど、確かに、そうだなあ。そう言われるのも仕方ないかもです」
したり顔で頷く男の横顔を、目つきの悪い女は呆れたように見つめた。こいつの考えていることはどうにも理解できない。
「そうだ」
少し上を見上げていた那澤が、思い出したように呟く。
「速水先輩、まだ俺のこと女だって思ってるんですよ」
「……」
西塔は目を剥いた。色々な意味で大問題だ。
「何度も説明してるんですけど、一向に信じてくれなくて。男子トイレに入ると追い出されるし、座席はいつもカップルシートなんですよ。ホントに何なんでしょうね」
「バカ過ぎるだろ……」
「ですね。度を超した大馬鹿だと思います」

でも、と彼は呟く。
「ミッションの度に思うんです、この人は超弩級の大馬鹿野郎だけど、自分はそんなどうしようもない人の後輩なんだって。それで俺まで情けなくなってきて。だけど」
いつの間にか彼は先程の西塔と同じ様に、整った自分の爪先を静かに見つめていた。
「どういう訳か、それを誇りに思ったりするんですよね」
銃声が聞こえる。西塔は那澤に再び目を向けた。何時もの蠱惑的な笑みとはほんの僅かに異なる、そんな微笑を顔に浮かべて。
「自分でも良く分かんないですけど、あの人の側にいれば、もう少し何か、俺に足りない何かを掴めるんじゃないかって。そう思うんですよ」
「搾り取るノウハウがあればの話だけど」「確かに。無さそう」
財団エージェントの那澤和は、そう言って笑った。屈託の無い笑みだ。西塔は首をすぼめてそれを見上げる。
「何か変な感じになっちゃったな。何度も言いますけど、俺と先輩はそういう関係じゃありませんから。妙な噂とか流すのは止めてくださいよ」
「面白がって自分から拡散しそうな奴のセリフじゃ、無いっぽい」
「酷いなあ」
笑う男と睨む女、二人の視線が初めて交錯した次の瞬間。少し離れた場所から突如出現し、アスファルトをごろごろと転がりながら斜め向いのコンクリート柱に勢い良く激突したフルフェイスヘルメットの男が、訳の分からぬ悲鳴と助けを求める叫び声を上げた。
「あーもう、先輩何やってるんですか」
唖然とする西塔を尻目に那澤は頭を掻き、呆れたような笑みをこぼす。
「すいません西塔さん、今から差前さん達に話つけてきます」
「お前はオカンか」
「そうかも」
「行ってら」西塔は薄く目を瞑り、素っ気なく手を振る。
「じゃ、また後で」
那澤はいつも通りの微笑を浮かべ、軽くお辞儀をしてから向こう側へ駆けて行った。白いフリルが、まるで動物の尻尾のように小刻みに揺れている。

「……」
残された女は瞼を開き、変わらぬ死んだ魚の目で彼の後ろ姿を見送る。
「やっぱりなあ」
呆然とした呟き。定まらぬ焦点。誰に向けた言葉なのか。誰に向けた視線なのか。自分にも分からない。分かりたくもないと彼女は思う。
(那澤和にとっての特別が自分ではない事を知った落胆か。否、そうではない。きっとそうではないのだ。)
少なくとも、心残りは秘匿され、
少なくとも、誰にも聞かれる事はない。
少なくとも、彼女にとってはそれが救いで、
少なくとも、彼女はそうであれと願うのだ。

「相変わらず、いつまでも、究極のヘタレ」
深夜の地下駐車場は冷える。煙草を吸おうと思ったが、そもそも彼女は吸ったことが無かった。

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