tale6作-財団版深夜のtale執筆1時間勝負-
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「ありがとうございましたーっ」
猫宮幸子は運転手に一礼し、タラップを降りた。
一日に4往復のバスより他に移動手段の存在しない、まだちらほらと道端に雪の跡が残る山奥の村に彼女が向かったのは、嫌味な兄貴からついに永遠の逃亡をし仰せた訳でもなければ、実家の墓参りでもない。

仕事である。

「えっと?こっち?」
バスの中で一通りの地図は頭に入れてある。なるべく目立たぬように、と愛車は駅前に置いてきた。さすがにこんな山村にドゥカティ— Monster 1200 S stripe—を持ち込んでは、エージェントとして失格にもほどがあだろう。
というか、そもそも彼女がそのちゃきちゃきとした見た目に反してバケモノみたいなバイクを使いこなしていること自体が、そのうちどこかから怒られそうな事案ではあった。

「やっぱり寒いな…スニーカーの下にもう一枚靴下履いてくればよかった」
一般的な女性にしては多い独り言を喋りながら、彼女はバス停側の階段を降りた。いかにも農道といった雰囲気の道を通り抜け、少し集落の中を歩く。なるべく目立たないように、しゃなりしゃなりと集落を抜けて行く。やがて目的地— 人気のない廃屋である—到着すると、猫宮は人目につかない所に荷物を降ろして仕事の準備を始めた。

一度コートを脱ぎ、ワイシャツも脱ぐ。すこし震えながらアンダーウェアの上に耐ショック性のウェアを重ね着し、ワイシャツの襟に緊急用の小型ナイフと通信装置が縫い付けられていることを確認。動作するか一度スイッチを押す。
「あーあー、11:34、てすてす。聞こえていますか?」
「はいOKです。本日はよろしくお願いします」

耳に取り付けたイヤホンから落ち着いた声が聞こえたのを確認してから、全て着直す。レザーパンツの尻ポケットに私物のICレコーダーを突っ込み、セカンドバックに幾つかの装備を入れ直すと腰に巻いた。スニーカーを脱ぎ、ソールをナイフで剥がす。内側にきちんと小型の拳銃が収まっているのを確かめて、靴とセカンドバックの中身が映るように1枚、そしてそれを全て着用した自撮りとで2枚、写真を撮って財団に送信した。

「はい確認が取れました。11:46、猫宮幸子さん、座標FL-0944652、SCP-46651-Provisionallyの内部調査をお願いします。この調査は財団倫理委員会の承認済みであり、エージェントの方には意図された、無闇な危険がないことが確認されています。猫宮幸子さんは財団の指令に基づき、強制ではなく自らの意思で調査に向かっていますか?」
「はい。私が行きたいから調査に来ました」
「確認が取れました。潜入中、20分以上定期通信が送られなかった場合、音声記録の録音が前触れなく途切れた場合、財団は貴女の身に何かが起きたと判断し、適切な行動を取ります。宜しいですか?」
「はい。大丈夫です」
「確認が取れました。それではよろしくお願いします。」

猫宮は最後にもう一度、全部の装備が整っていることを確認してから目的地の扉の前に立った。軽く深呼吸をしてから、廃屋の扉を開ける。

「いらっしゃいませー!一名様ですかー?」
「は、はい」
「おタバコはお吸いになられますかー?」
「あ、はい。お願いします」
「かしこまりましたー!喫煙席ワン、一名様入られまーす!」
廃屋は、その外見とは裏腹に何やら明るい、一般的なカフェの様相を呈していた。
猫宮幸子は喫煙席に座ると、周囲を見渡す。窓の外を見ると、それまで居た外の雪景色ではなく、何処か都会のような風景が広がっていた。
「あぁ、入りましたー。外は都会のような風景に見えます…椅子は普通のソファ、一応欠片を持ち帰ります」
「了解です。前任のエージェントの報告通りですね。トイレに向かってもらえますか?」
「はい。…えーと、トイレに着きました。便座も個室も、特におかしなところはありません」
猫宮はスマホで幾つかの写真を撮ると、席に戻った。店員(?)が注文を取りに来たのでサマージュースを頼む。注文が運ばれて来たところで、猫宮はレジに向かった。
「ありがとうございますっ!」
「あ、いや、会計じゃないんですケド」
「何かございましたか!」
「え、えーとあの、こちらの方にすこしだけお話を聞かせていただきたいと思いまして」
「かしこまりました!お席にて少々お待ちください!店長を読んでまいります!」

猫宮は席に戻り、タバコを一本吸った。サマージュースには一応警戒をして口をつけない。しばらくすると一人の男性がこちらにやって来た。

「何かございましたでしょうか?」
「はい。一度お話を聞いておこうと思いまして」
「…警察の方ですか」
「うーん、はい」
「…私達はどうなるのでしょうか」
「いや、えーと「私達はここで静かに喫茶店を経営しているだけです。特に何も、ご迷惑をお掛けするようなことはございません。天地神明に誓ってです。こちらに流れて来てから3年、やっとお得意様も出来て来たところなのでございます。こちらの噂が広まってはまずいと気を利かせてくださる素敵なお客様達です。どこからお話を聞いたのかわかりませんが、何卒…お願いいたします」
「…」

猫宮幸子は無言で席を立ち、トイレに向かった。音声受信をオンにして、オペレータと会話を行う。

「基本的には事前の情報通りですね。どうしましょうか?いちおう、拘束の用意は持って来て居ますが」
「彼がこの座標の異常性の基準になっていることは事前調査で確認済みです。今回の潜入調査でインタビュー記録も取れました。これらを総合的に判断し、財団が決定を下すはずです」
「わかりました。私からはAnomalousを進言して居たと伝えてください」
「かしこまりました。それでは、そのままご帰宅下さい。本日は直帰で大丈夫です」
「わかりました」

猫宮が席に戻ると、まだ男性は席に座ったままであった。

「処分は…どうなるのでしょうか」
「私にはそれを軽々に話す権利はありませんし…未だ決定はしていません」
「あなたはきっと、警察…とかそういうものよりも、もっと恐ろしいものなのでしょうね」
「そうかもしれませんね」
「私達は…殺されるんでしょうか?」
「分かりません」
「この店は…畳まなければならないのでしょうか?」
「分かりません」
「ウチのお得意様も…何かをされてしまうんでしょうか?」
「分かりません」
「…そうですか……貴女が先ほどから飲み物に手をつけないのも、吸えないタバコを無理に吸っているのも何かの司令なのでしょうか?」
「…分かりません。私には、何も、分からないんですよ」

猫宮は、そう言うと椅子に座り、一気にサマージュースを啜った。

「ごちそうさまでした。お勘定をおねがいします。」

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