【RP中/未完成】激務の合間に

カフェテリアには、大抵いつでも数人、職員がいる。
更に大抵、その職員は激務の合間を縫って、やっとの思いでカフェテリアにやってくる。
ある者は窓辺で居眠りし、ある者はコーヒーで砂糖たっぷりのお菓子を流し込み、ある者はコーヒーの代わりにジュースを飲んで胃を休ませ、ある者はよく休憩時間が重なる仲間と他愛も無い話をし、その若干ざわついた空間で仕事をしたいが為にPCを持ってくる者までいる。


潮海冬真は、小さい頃から静かな空間で作業をするのが苦手だ。牛乳とお菓子――今日はカステラ3切れ――をお供に愛機とカフェテリアにやってきてレポートに取り掛かるのが、実験の合間の日課になっていた。
座席に座ってカステラを一口頬張ろうとした時、いつも同じ席に座っている研究員が目に入った……名前は知らないけれどいつも何かブツブツ言っているのは覚えている。
幸い、今日はわりと暇な方だ。向こうから絡んでくれないかなぁと思い、カステラを味わいながらその人の方を見る。
コーヒーを飲み書類を片手に読んでいる、そうとう忙しいのだろうか?
冬真は書類が気になった。ここで仕事をする連中は、見るのにセキュリティクリアランスが要らないものを選び抜いてPCに詰めてからやってくる。冬真にとって紙の書類は、高レベルクリアランスの象徴だ。なんでこんなところで、あんなものを……?
『どうしたのですか? カステラを片手に呆然としていますね』
後方より電子的な音声が訪ねてくる。その音声だけを切り取って聞くならば、少々女性らしさを感じさせるものだ。その声の直後に、コツコツという足音が辺りに響いているのがかすかに分かる。
冬真は慌ててカステラを飲み込みながら振り向いた。一緒にニヤニヤしながら"分かるぅ〜(笑)"と連呼してやらなきゃいけない同性なのか、それ以外なのか、すぐ確かめないといけない。おやつが残っている今なら尚更だ。
「おい、手当たり次第にカフェの人間に声を掛けるなと何度言えば理解するか」
そこにいたのは、赤く光るラインが特徴的なゴーグルを付けた男性、磯日井博士だった。彼は誰かと話しているのか、ゴーグルに右手を掛けて注意をしているようだ。ノイズの走った黒い右手に0と1が揺らめく。
『そんなに慌てなくても大丈夫ですよ』
そんな博士のゴーグルから、先程の電子的な女声が聞こえてくる。どうやら冬真に話しかけているようだ。
「あ、磯日井博士!」
思わず指差しながら言ってしまった。頭に巻いてる物がある同士仲良くすればと言われてから、10回くらい人事ファイルを読み込み、例外的に必死で名前を覚えた相手だ。かたや超小型現実錨、かたやAI入りのヘッドマウントディスプレイだが。
「ん? なんだ、君か。その様子からしてレポートでも書いて……『レポートって大変ですよね。財団のものとなると特に、です』
博士が表情を変えずに問うが、それに覆いかぶさるように電子音声が会話に参加する。
「FAI、会話にかぶさるな。最近何かをするごとにでしゃばりすぎだ」
彼は半ば呆れた様子でFAIに対して注意を促す。その様子を傍から見ていたとしても、磯日井博士の身につけるゴーグル越しに、FAIのその面倒臭さが感じられる。
「実験レポートなんかどってことないですよ、長ーくなっても"書き直し"って突っ返されないですし」
どうやら怒ってはいないようなので、ほっと胸を撫で下ろした。ファイルを保存してからPCを閉じて、カステラを一切れ差し出す。
「博士もよかったらどうぞ」
「ああ、いや。私は良い。甘いものはそこまで好きというわけでもなくてな」
博士は自由に動かせる左手を横に振り、必要がない、というジェスチャーとともにカステラの切れ端を返す。
そして、冬真はさっき気になっていた書類の人にも視線を向ける。
「一緒に食べません?」
磯日井博士が一緒なら、ワンチャンある。化学測定室か蒐集課というマニアック極まりないエリアに入り浸っている自分より随分顔が広いはずだ。
「ん……?おぉ!磯日井博士!」
話し声に気がついたのかさっきまで書類を読んでいた研究員が顔を上げ二人に手を振る。
「こんな所で紙媒体の報告書を読むなど、クリアランス違反が起きても私は知らんぞ」
磯日井博士は、その研究員の作業姿を目にして、開口一番に一喝した。普段からあまり表情の変わらない博士だが、少々顰めた顔だ。
「そうはならないようにそこはしっかりしていますよ、貴方も休憩ですか?」
書類を近くにおいてあったカバンの中にしまい、コーヒーカップを片手に立ち上がる。
「まあ、そんなところだ。研究室にこもりっぱなしも精神にも身体にも悪いのでな」
『本当はこの曜日だけ安くなるメニューを狙って来ただけですけど本人には内緒です』
「……」
博士の正当にも思えた理由は、FAIの発する本人にもよく聞こえる本音の暴露によってすぐに嘘であることが判明する。彼は思わず口を閉じてしまった。
「あー……えーっと……」
何か言ってやってよと言わんばかりに冬真に視線を向ける。
「節約、いいじゃないですか」
冬真はしれっと言った。
「使うと無くなって、要るときに限って居ないのがお金ですよ。ヲタクやってると痛感します」
こないだもゲームの限定版買っちゃって、と笑ってみせる。本当は何を買ってそれがいくらだったかは言わない……大抵の人はたかだかグッズでと驚くのではなく、呆れるからだ。
(そういうことじゃないと思うんだけどな……)
そう思いつつ磯日井の方に目を戻す、きっと苦虫を噛んだような顔をしているんだろうなと考えながら。
「……こいつの言う事は半ば無視してくれ」
諦観にも似た様な様相で、なんとかフォローを掛けた冬真らに話を返した。それはこの一件で二人に顔を合わせることの恥ずかしさか、FAIへの怒りの表れかは判別できぬものだったが、そう返した直後、博士は食券販売機の元へと向かっていく。おそらくは先程FAIに暴露された値下げ商品を購入するのだろう。
「えーっと、そういえば自己紹介がまだでしたね」
緊張しているのをなるべく悟られないよう、一旦カードケースに視線を落とす。
「主に実験助手をやってます、潮海冬真です」
「あ、初めまして私は……あー、また後ででいいかな?助手ならまた会う機会があるだろうしその時にで」
「あ、そうですか」
まぁどうせよっぽどのことがない限り頑張っても名前覚えられないしな、とあっさり引き下がる。顔はちゃんと覚えておこう。
「じゃあ私も何か買ってきますかね……」
そういうともう一人の研究員も券売機の方に歩いていった。
『ただ今戻りました~』
暫くすると、つい少し前に耳にした音声が響いてくる。磯日井博士が戻ってきたのだろう、右手を変形させ、盆を安定した姿勢で支えている。そこに乗っているのは今日の格安メニューの一つ、シンプルなオムレツだ。
「あっ、それ美味しいですよね!今日は長丁場なんで豚骨ラーメンにしといたんですけど」
どうせなら一緒にオムレツ食べればもっと仲良くなれたかもしれないのになぁ、と冬真は少し悔しそうな顔をする。博士あっての実験助手だ、自分の評判が悪いとおちおちスキームに赤ペンで書き殴って突っ返すこともできない。
「ラーメンは無駄に白衣を汚してしまうから食べることはあまりないな。豚骨となれば尚の事だ」
博士は一人分の席を開けて椅子に腰を掛ける。盆をテーブルに置き、冬真のラーメンについて思ったことを話した。彼自身の着る白衣はあまり数を多く持っていないらしく、実験など以外で汚してしまうことに軽い抵抗を持っていると本人は説明を付け加えた。
「財団の皆さんって白衣好きですよねぇ」
指摘されて、冬真は自分の白衣に飛沫が飛んでいないか確認した。担々麺は1回派手に飛ばして、その後は実験室の外では白衣無しで勤務したことがある。
「私は実験室で脱ぐタイプなんで、外では別の着てるんですよ。これと違って背中も真っ白だから刺繍どこで落っことしてきたんだとか弄られますけど、化学系の癖というかなんというか……」
ちょっと誤解がありそうだなと思い直して、付け足した。
「白衣自体は私も大好きなんですけど、脱がずにはいられないというか、そんな感じですかね」
「元来より化学については専門外だから分からんが、そういう癖があるんだな」
右手で巻きつけているスプーンを動かしオムレツを口に運びつつ、飲み込んでは話を続ける。
『博士はどちらかと言うなら、黒いワイシャツに赤いネクタイであることに意義を持っているようです』
ゴーグルのスピーカーから、博士のセリフに補足をするように説明を続けた。当人はそんなことはない、と否定をするが、現にやむを得ずその服装でない日にはちょっとした話題になることがある。
「その組み合わせ、私好きですよ」
変に笑っていないか気を付けながら答えた。まかり間違って中二病な感じでいいなぁなんて思っていると知られたらどんな目に遭うか……本人が中二病かどうかなど関係ない、どっちにしろアウトだと冬真は思った。
「黒い服汚さずに着れるのって凄いですよねぇ、私には無理です」
できるだけさりげなく話題を逸らそうとしてみる。
「確かにな、洗濯をするのも面倒ではある」
博士は自身の服を見ては話を続ける。その服をよく見れば、普段よりきれいな様子であることが見て取れる。
「昨日クリーニングから帰ってきたところだからというのもあるが、なるべく汚したくはないところだ」
「貴方服なんかに気を使うような人でしたっけ?」
とぼけた様子で先程の研究員がフレンチトーストを片手に戻ってきた。
冬真は突然もたらされた意外な情報に、勢いよく振り向いた。
「へぁ?」
変な声が出た。空咳をしてごまかし、訊き直す。
「どういうことですか?」
「いやどーもこーも……そのゴーグルが言ったんだけどねなんでも―」
その先を言おうとした瞬間、磯日井の黒い右手によって、フレンチトーストを無理やり口内へ突っ込まされる。
「むごぉ!?」
「服装にはそれなりに気を使う。それ以前に発言に無頓着であることには感心せんな」
半ば窒息しかかっている研究員へ、博士は少しお怒りな様子で言葉を浴びせた。
「FAIちゃん、やるねぇ……」
冬真はゴーグルに向かって――断じて磯日井博士に向かってではない、そう見えたとしてもだ――苦笑いしてみせた。
「フゴーフゴー!!」
だんだん顔がなっていくに連れて暴れるのが激しくなる……大丈夫だろうか?
「FAI、もういいだろう。開放してやれ」
『了解しました』
どうやらFAIの操作によって右手が操られていたのだろう、博士の掛け声を認識したところで、研究員の顔にまとわりついていた右手がゆっくりと離れていく。
「言葉には気をつけたまえよ」
フレンチトーストで汚れた右手を、自身の内ポケットに備えられていたハンカチで拭き取り、食べ差しのオムレツに再度手を付けた。
「ぶはぁ!!あー死ぬかと思った……ゆっくり食べるのが日課なのに……」
そういうとその研究員は再度同じ料理を取りに向かったようだ……。
冬真は手持ち無沙汰になったので、お食事中の博士ではなくAIの方に話を振ってみた。
「そういえば、FAIちゃんっていつもどんな仕事してるの?」
『私ですか? 私は博士のお手伝いをしています』
博士がオムレツを口に運び、頬張る間にサッと説明をする。それはどこか"待ってました!"とも言いたげなテンションにも聞こえる。
「お手伝いねぇ……」
冬真は人事ファイルの記述を思い返して、"お手伝い"のとんでもない内容について少し考えてみた。FAIが仕事=お手伝いと考えているのなら、ちょっとはあれに書いてあるよりはマシなこともやっていそうなものだが……さて、どう訊いたものか。
「そうだなぁ、今までやった一番難しいお手伝いは?」
「冬真よ、あまり出過ぎた事は聞くものでは――『この質問はFoundation AIに対し向けられたものです。博士は少し静かにしていてくださいね?』
博士の口に、皿に乗っていた残りのオムレツが押し込まれる。押し込んでいるのは博士の右腕なのだが、それを鷲掴みにしてそこまでに至る動作を行ったのは、紛れもなくFAIであるのは明白だった。
博士は先程の研究員と様相の似た状態となり、フゴフゴと焦りを感じる藻掻き方をしている。
『私は博士の生活上のサポートを行っています。例えば料理のレシピの閲覧・代行、研究室内の電子製品の制御、データの管理、セキュリティシステムの構築作業、オブジェクト研究の際の周辺補助など、例えるならば"専属の助手"のようなことをしています』
FAIは強引に博士の口周りに変形した右腕を纏わりつかせ、続けて説明をした。
『博士もほら、こんなに身体を使って喜びを示しています』
「お、おう、うん、そだね……」
冬真にはFAIを止める勇気が無かった。死にはしない状況である限り傍観している方が賢いというのは、蒐集課と研究部の数少ない共通認識のひとつだ。
「ちょっと苦しそうだけどね、博士」
苦笑いしながらやんわりと指摘するので精一杯だった。
フゴッ、フゴッ。
息が詰まり、だんだんと青ざめた顔で身体を藻掻かせる博士の横目、FAIは一向に離しそうな気配は見られなかった。暫くすると、博士はビクビクと痙攣を起こす程度に至っていた。
『博士? 磯日井博士?』
FAIは動きが鈍った博士の顔面から、腕を引き剥がした。既に失神状態になっているであろう博士に、FAIは呼びかけを行う。
『どうしましょう。意識状態の兆候に問題が有ります』
「えっ!?」
FAIの悪戯だろうと思っていた冬真は面食らった。さしあたってイヤーフック通信機を医療部へ繋げながら、磯日井博士を左腕で抱える。
まずは背部叩打法、ダメなら吐き戻されると諸々面倒だけどハイムリッヒ法、それで足りれば医療部にはいつも通り"焦ってましたごめんなさい"で大丈夫――。
「あ、何処に詰まってるか分かる?」
右手を振りかぶりながら、一応FAIに訊いてみた。
『ただの酸素不足でしょう。食物は正常に嚥下した形跡があります』
FAIの声は意外にも冷静であった。彼が死ねば自身の命さえ危ぶまれるにも関わらずだ。
『ここまでしたのは初めてですが、博士はこの程度で死ぬような方ではありません』
博士はと言うと、青ざめた顔から未だ戻る様子はなく、ビクリビクリと痙攣だけを続けている。
「……ホントに?」
冬真は博士を思い切り叩かなくて済みそうなことに安堵しながらも、そういえば相手はあのFAIちゃんだったな、と思い直した。FAIと磯日井博士の関係から考えて喉が詰まっていないのは本当だろうが、後半に関しては疑わしい。
「ただいまー……って何この状況!?」
先程の研究員が皿を手に持ったまま走り寄り、冬真を見る。
「え、何?君がやったの?」
「いやいやいや!違いますって!」
すかさず否定したが、冬真は若干罪悪感を感じた。傍観せずに止めていれば、ここまでの状況にはならなかったかもしれない。
「詰まってはないっぽいんですけど、ご覧の通りで……」
「……おーい 、生きてますかー?」
と磯日井の頭を強めにベシベシと叩いてみたり、揺らしてみたりするが……。
「……あーどうしようこれ、全然動かないな……」

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