針の上で猫は何匹踊れるか
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空白
「起きろ幸子、遅刻するぞ」
焼死する夢を幸子が見た、翌朝。
兄に起こされ向かったテーブルに並ぶのは、トーストやらサラダやら、火を通さないものだけ。
「珍しいね、ベーコンくらいつけそうなのに」
「時間が無かった。文句があるなら自分でやれ」
そっけなく言う寓司の髪は、刈り込まれたように短くなっている。
「あれ?髪、どうしたの」
「・・・・・・気分転換だ。愚妹を持つと悩みが多くてな。頭くらい軽くしたくなる」
「ひどっ!それ、私のことだよね!?」
談笑する二人の足元で、新入りの黒猫が微睡んでいる。

空白
「起きろ幸子、いい加減時間の管理ぐらい出来たらどうだ」
顔を撃たれて死ぬ夢を幸子が見た、翌朝。
兄と2人でつくテーブルに並ぶのは、不揃いな出し巻き卵、少し煮詰まった味噌汁、炊きたてのご飯。
見映えが悪いのは兄の監督の下、幸子が大半を作ったからだ。
「ホントに大丈夫?仕事、休みにならないの?」
「これくらいは想定の内だ。医師にも診てもらっている」
味噌汁を啜る寓司の顔には眼帯とガーゼ。箸を掴む手には、無数の絆創膏。
「・・・・・・やっぱり、最近、生傷多いよ」
「厄介なオブジェクトなんだ。プロトコル完成までしばらくはこうだな、諦めろ」
「うん、ホントの、ホントに、気をつけてね」
「ふん。・・・・・・お前も、つまらん怪我をするなよ」
労わりあう2人の周りで、いつの間にか両手に余る程増えた猫が寛いでいる。

空白
「おはよう兄貴、朝だよ」
全身を挽肉のように粉々にされて死ぬ夢を幸子が見た、翌朝。
車椅子の兄を運んだテーブルの上に並ぶのは、スパニッシュオムレツやコンソメスープなど、一から作った幸子の手料理。
寓司は随分前から、料理を作ることも妹を起こすことも出来ない。
「ね、もう、退職しても、大丈夫なんじゃないかな。フクリコーセーとか、もう、兄貴、使っていいんじゃないかな・・・・・・」
「駄目だ。・・・ここでの俺の仕事は、終わっていない」
利き手が駄目になったからか、寓司の食べ方はひどくたどたどしい。最早白に覆われていない部分の方が少ない兄の姿に、幸子は目を伏せる。
「どうしても、ダメなの?兄貴じゃなきゃ、いけないの?」
「ああ。・・・・・・それとも、こんなかたわの兄貴に愛想を尽かしたか?出て行きたいなら好きにして、いいぞ」
自虐の響きすらあるそれに、今日初めて、幸子は兄に対して怒った。
「そんなわけない!兄貴がどうなったって、私の兄貴のままだよ!幾ら兄貴でも、そんなこと言わないで!」
涙声で叫ぶ幸子の様子に、驚きと、喜びと、悲しみすら入り混じった色を一つきりの瞳に浮かべた寓司は、
「すまなかった。・・・・・・俺も、お前がどうなろうとも、妹だと思っているよ」
テーブルについた2人を、無数の猫が見つめていた。

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