吠えるカナリア 1章その2
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 翌日の午前中、加奈は「セグメント・カバー・パトロール」のオフィスに顔を出す。
「おはようございます、所長」
 雑然と散らかったオフィスの奥に狐面の男を見つけて、加奈はぺこりとお辞儀した。
 虎屋はうなずいて挨拶を返す。
「おはよう。今日も依頼が入ってるので、調査をお願いするよ」
「わかりました」
 加奈は自分用のオフィスデスクにバッグを置くと、ふと虎屋の顔を見た。
(なんで顔隠してるんだろう)

 以前、彼女は所長に質問したことがある。
「所長はどうして狐面なんですか?」
「不思議かい?」
「ええ」
 そのときは翌日から1ヶ月、ガスマスクを被った白衣の男と向き合うはめになった。
(ガスマスクに白衣って組み合わせが、あんなに不気味だとは思わなかったな……)
 エアコンのスイッチを入れる虎屋にビクッとしたり、「シャワー室は自由に使ってくれていいよ」と言われて不安な気持ちになったり、落ち着かない1ヶ月だった。

(狐面に戻してくれたときは、ほっとしたなあ)
 どうも迂闊に尋ねない方が良さそうなので、加奈は疑問を心の奥底にしまい込む。
「それで、どんな調査なんですか?」
「それなんだが……」
 虎屋はデスクの引き出しをごそごそ漁って、机上に何かを置いた。
 彩色された、掌サイズのフィギュアだ。凝った台座がついている。
「君は『超電帝国オベリオン』というのを知ってるかな?」
「知りません」
「うん、女の子は知らないだろうな」
 納得した様子の虎屋は、机上のフィギュアを示した。
「最近小学生の間でブームになっている、対戦型のトレーディングフィギュアゲームなんだ」
「ああ、男の子が好きそうなヤツですね」
 なんとなく察して加奈がうなずくと、虎屋もうなずき返した。
「このフィギュアを3体使って、勝ち残りでバトルを行うルールだ。台座にチップが入ってて、専用のリーダーで読みとって勝敗判定を行う」
「ふーん」
 女の子にとっては、あまり興味をそそられない話だったが、虎屋は嬉々として説明を続けた。
「ルールはシンプルな三すくみなんだが、フィギュアごとにパラメータと特殊能力があるから戦略性は高い。小学生には少し荷が重いだろう」

 加奈はそれを聞いて、フィギュアの1体を手に取った。ディフォルメされた丸っこいキャラだが、瓦礫を模した台座の上で大砲を構えている。
「これが依頼と関係ある訳ですね?」
「うん。一部の男子小学生たちに、異常行動が確認されててね。どうもこれと関係あるらしい」
 虎屋はそう言うと、足下から段ボール箱を取り出した。
「クライアントからの支給装備だ。これを使って、調査を進めてほしい」
 箱の中には梱包されたフィギュアが大量に詰め込まれていた。

 翌日、加奈は指定された公園へと足を運んだ。
(男の子って、なんでああいう戦ったりカスタマイズしたりするのが好きなんだろ……)
 そんなことを考えながら、昼食のコンビニおにぎりをもぐもぐ食べていると、視界の端に男子小学生の集団が映った。
「よっしゃ、オレの勝ちぃ!」
「あーくそっ! 今のミスった!」
「次オレとやろうぜ!」
 5人ほどの男子小学生たちが、例のフィギュアを持って騒いでいる。
 一見すると、楽しげな光景だ。
 加奈はおにぎりを食べ終えると、ベルトに吊ったホルスターを撫でる。
「んじゃ、行きますかね」

「ねえ、君たち」
 加奈の呼びかけに、男の子たちは一斉に振り向いた。
 警戒心を露わにした視線が、加奈に突き刺さる。
「なに、お姉ちゃん?」
「私も勝負させてもらっていいかな?」
 すると男の子たちはバカにしたように笑う。
「えーっ、お姉ちゃんオベリオンできんのかよ?」
「オベファイター持ってる? フィギュア貸さないよ?」
 だが加奈は薄く微笑むと、腰のホルスターを誇示した。
「ちゃんと自分のフィギュアは持ってるよ」
 とたんに男の子たちの目の色が変わった。
「すげー! これ公式大会用のホルスターだ!」
「お姉ちゃんデュエリスト? デュエリストなのか?」
 わいわいと群がってくる少年たちを軽くいなして、加奈は笑った。
「私、そんなに強くないよ。さ、誰が相手してくれるのかな?」
 すると先ほど勝利したばかりの少年が、真っ先に名乗り出た。
「この中じゃオレが一番強いからな! オレが相手してやる!」
「いいぞ、タッくんやっちゃえ!」
「タッくんはショップの大会で八位になったんだぞ!」
 わいわい騒いでいる子供たちを尻目に、加奈は3つのホルスターからフィギュアを取り出す。
「いいね。じゃあ、始めようか」

『超電帝国オベリオン』には、3つの勢力があり、3すくみの関係になっている。
 最もスタンダードなのが『ヒーロー』。自由と正義のために戦う、一撃必殺の戦士たちだ。
 そして騎乗による高速戦闘を得意とする『ナイト』。首都防衛の任に就いているエリートたちだ。
 そして射撃による先制攻撃を得意とする『ハンター』たち。彼らは帝国領の山岳や森林を守っている。
 この三つの勢力から自由に3体のフィギュアを選び、戦わせるのがゲームの基本だ。
 ヒーローは接近戦に長けており、ナイトに対しては強い。一方、ハンターによる遠距離からの攻撃は苦手だ。
 ナイトはヒーロー相手には力負けしがちだが、ハンターの先制射撃を無効化するほどの素早さがある。
 ハンターはナイトの突撃を苦手としている反面、機動力のないヒーローには一方的に攻撃が可能だ。

 加奈はバトルフィールドに、最初のフィギュアを置いた。スパイク付きの大きな盾を構えた、特殊部隊兵士のフィギュアだ。
「『機動部隊オメガ・ヘビーシールド』を召喚」
 すると子供たちが一斉に、くすくす笑った。
「お姉ちゃん、そいつ弱いよ?」
「最弱ヒーローじゃん。だっせー」
 対戦相手の少年は勝ち誇った表情で、フィギュアの名を叫ぶ。
「オレの『暴砲竜機シュバルツベルン』の方が強いよ!」
 少年が手にしているフィギュアは大口径の大砲を背負ったドラゴンで、見るからに強そうだ。
 バトルフィールドを模した読み取り機が、2体のフィギュアのデータを読み込む。

 バトルフィールド中央の液晶画面に、勝敗結果がアニメーションつきで表示された。
「よっしゃ、オレの勝ちぃっ!」
 少年の『暴砲竜機シュバルツベルン』は先制射撃で7万ものダメージを叩き出したが、加奈の『機動部隊オメガ・ヘビーシールド』は3万しか防ぐことができない。
 4万ダメージを受けたヘビーシールドは、その場に崩れ落ちた。後には構えていた盾だけが残り、本体は消えてしまう。

「お姉ちゃん弱いよ?」
 少年がバカにしたように言うと、周囲の子供たちもはやし立てる。
「やっぱオンナじゃ無理だよなー!」
「オトコの世界だもんな!」
 しかし加奈は笑って、次のフィギュアをセットした。
「『機動部隊オメガ・ヴィークル』を召喚」
 今度はバイクに乗った特殊部隊員だ。
 子供たちが少しざわめく。
「ヴィークルはナイトだから、ヤバいんじゃない?」
「バカ、オメガって最弱だろ? こんなのに負けるわけないって」
 対戦相手の少年は少し緊張した表情だったが、それでも強気に叫ぶ。
「勝負だ!」

 結果はなかなかの好勝負だった。
 少年のシュバルツベルンは先制射撃を行うが、ヴィークルの機動力によって先制は無効化。
 シュバルツベルンはハンタータイプであり、防御力は非常に低い。ヴィークルの攻撃により、シュバルツベルンは大ダメージを受けた。
 だが同時にシュバルツベルンの砲撃は加奈のヴィークルを捉える。火力に物を言わせた攻撃により、ヴィークルは破壊されてしまった。
 後にはバイクだけが残る。
「よっしゃ、またオレの勝ちぃっ!」
 勝ち誇る少年。

「どうする、まだやんの?」
「おい、お姉ちゃんがかわいそうだろ。いじめんなよ」
 子供たちが騒いでいるが、加奈は笑っているだけだ。
 加奈は最後のフィギュアをセットした。
「『機動部隊オメガ・スナイパー』を召喚」
 子供たちが一斉に失望したような声をあげた。
「またオメガー?」
「オメガ好きだな、お姉ちゃん」
「これ弱いって」
 しかし加奈は涼しい顔で、対戦相手の少年に促す。
「始めよっか」
「あー、うん」
 勝利を確信している少年は、面倒くさそうな声でうなずいた。

 読み取りが始まった瞬間、加奈は叫ぶ。
「機動部隊オメガ、強化プロトコル『GATTAI』発動!」
「えっ!?」
 少年たちは耳慣れない単語に驚いている。
 加奈は彼らに説明してやった。
「機動部隊シリーズは、同じチーム内で装備の使い回しができるんだよ。だから、さっき撃破されたヘビーシールドの盾と、ヴィークルのバイクを装備させて……」
 画面内では、黒いマントをまとったスナイパーが盾を構え、バイクにまたがっている。
「スナイパーに機動戦闘を付与! さらに攻撃力と防御力アップ!」
 攻撃力5万、防御力1万のスナイパーは、一気に攻撃力12万、防御力8万にまで強化された。さらに「先制」と「機動」の表示。

 慌てたのは対戦相手の少年だ。
「えっ!? えっ!?」
 加奈は少年を指さし、芝居がかった口調で叫ぶ。
「『暴砲竜機シュバルツベルン』は先制しか持ってないけど、スナイパーは先制と機動の両方を持っている! この場合、スナイパーが先制権を得るんだよ!」
「まじで!?」
 ルールに疎く、ノリだけで遊んでいた少年たちには、この情報は初耳のようだった。
 加奈は練習しておいたポーズで、拳を突き出す。
「機動部隊オメガ、ライディングショット!」
 さすがに12万ものダメージを先制攻撃で受けて、ハンタータイプのシュバルツベルンが耐えられるはずもない。一撃で破壊される。

「くそっ!」
 少年は悔しがったが、すぐに次のフィギュアを取り出す。
「まだだ! 今度はハンターの苦手な、ナイトタイプだぞ!『魔竜騎士団長アインシュピーゲル』を召喚だ!」
 加奈は微笑むと、少年を挑発するように手招きした。
「やってみる、坊や?」
 もちろん少年に勝ち目などなかった。
 機動と先制の両方を持っているスナイパーは、ナイトタイプが相手でも先制攻撃できるからだ。

 残る最後のフィギュアも一撃で倒し、スナイパーは無傷のまま3連勝を成し遂げる。
 画面上には、バイクにまたがった狙撃手の姿。長銃身のスナイパーライフルを槍のように構え、スパイクシールドを手にしている。
 少年たちはもう大興奮だ。
「すげー! お姉ちゃんすげー!」
「オメガかっこいい! 超強いじゃん!」
「オレもオメガ使う!」
「なあなあ、機動部隊アルファとベータも強いんじゃね?」
 加奈は余裕の表情で、少年たちにレクチャーしてあげた。
「機動部隊シリーズの中で、オメガだけが3タイプそろってるんだよ。だから他の機動部隊だと、こんな風にはならないの」

 機動部隊シリーズは「使いにくいけど、使いこなすと強い」をコンセプトにした、玄人向きのフィギュアだ。
 しかしあまりにも使いづらくしすぎたため、アルファとベータの売り上げは壊滅的になってしまった。2セット購入が前提というのは、小学生には荷が重すぎる。
 そこで登場したのがオメガで、「使いやすくて強い」というコンセプトになっている。
 しかし小学生の間ではすでに「機動部隊はクソ」というイメージが定着していたため、ろくすっぽ見向きもされていなかった。
 加奈はそれを逆手に取ったのだ。

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