吠えるカナリア 1章その3
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(ネットとかで色々調べた甲斐があったなー)
 内心で何度も深くうなずきながら、小学生たちの賛辞を一身に浴びる加奈。
 小学生たちは意外とネットに疎い。中学生と異なり、親がスマホやパソコンを買い与えないからだ。そのため、彼らのネットワークはかなり限定されている。
 それだけに、加奈の持つ豊富な知識は少年たちには眩しく映ったのだろう。
「お姉ちゃんすげえ! まじ神!」
「お姉ちゃん、プロの人なの?」
「ねえ、もっと色々教えてよ!」
 群がってくる子供たち。

 ただ対戦相手だった少年だけは、小さくなって集団から離れていた。
「どしたの?」
 加奈が声をかけると、その少年はビクッと震える。
「あ……オレ……」
 すると即座に、周囲の少年たちが口々に声を発した。
「そいつ弱いから、ほっといていいよ」
「タッくん、オレのアインシュピーゲル返してよ」
「じゃあオレがあげたのも、返してもらおっと」
 わらわらと手が伸びて、少年の持っていたフィギュアが奪われていく。

 加奈はそれを見て、思わず声をあげた。
「ちょっと、ダメだよ! 勝手に取っちゃ!」
 すると少年の一人が振り返って笑う。
「交換してもらったの、返してもらうだけだもん。ほら、これ返すね」
 縮こまっている少年の手に、塗装の剥げかけたフィギュアが押しつけられる。
 負けた少年に群がる子供たちは、罪悪感の欠片もない口調でわいわいと騒いでいた。
「ていうかさ、タッくん無敵じゃないんだったら、もう仲間に入れとく必要ないよね」
「タッくんいらねー!」
「もうタッくん帰れよー」

 だんだん事態がいじめのような様相を帯びてきたので、加奈はうろたえる。
「だっ、だめだって! みんな仲良く遊ばないと! ね?」
 しかし少年たちは止まらない。
「タッくんいらないんだったら、もう殺す?」
「そうしよっか」
「いばってたくせに弱いもんな」
 子供の1人が、花壇の囲いに使われていたレンガを拾ってきた。別の子供は、花壇から木の杭を。

 負けた少年は顔色を真っ青にしていたが、震えるだけで逃げようとはしない。手が白く鬱血するほどに、フィギュアを握りしめていた。
「やめてよ……いやだ……」
 すると杭を抜いていた少年が、困ったような顔をする。
「だってしょうがないじゃん、タッくん弱いんだもん」
「死んだ方がいいよな」
「早く殺して続きやろうぜ」
 他の少年たちも、手に手に石や棒を持って戻ってくる。
「やっ、やめ……やだ……」
 ぶるぶる震え、涙と鼻水を垂らす少年。走って逃げれば良さそうなものだが、脚は震えるばかりで一歩も動いていない。
 これ以上は危険だ。

 そう判断した加奈は、負けた少年を背中にかばって立ちはだかる。
「そこまでだ!」
 フィギュアを掲げ、叫ぶ加奈。
「私が一番強いんだから、この子をどうするかは私が決める! 文句あるなら、オベリオンで勝負だよ!」
 そのとたんに、子供たちの顔つきが変わった。
「よっし! じゃあ次はオレな!」
「ずるいー! オレも勝負する!」
 負けた少年のことなど無視して、他の少年たちが加奈に群がってきた。手に手に、自分のフィギュアを持っている。

「しょーぶ! はやくしょーぶしよー!」
「負けたらドレイだからなー!」
「お姉ちゃんオトナだから、負けたらすごいことしてくれるよねー?」
「オンナだしなー!」
 無邪気な口調で、口々に物騒なことを口走る少年たち。悪気は全くないようだが、口調や表情は明らかに冗談ではなかった。
(これが異常行動?)

 加奈は少年たちの様子を見て、一瞬悩む。
 加奈の仕事は、あくまでも調査だ。背後の少年を救出することではない。
 ここで自分が危ない目に遭えば、調査どころではなくなる。一度撤収した方がいい。
(とはいっても)
 加奈は背後をちらりと振り返る。
 少年と目が合った。ブルブル震えて、加奈にすがるような視線を送っている。出会った頃の自信まんまんの態度が、嘘のようだ。
(晴香と同じ学年かな……)
 少年の年格好を見て、ふとそんなことを考える加奈。

 もしここで震えているのが妹だったら、自分は絶対に妹を見捨てないだろう。家族なら当然だ。
(この子にも、家族はいるよね)
 この少年の家族が彼の危機を知ったら、加奈に「逃げてもいいよ」とは絶対に言わないはずだ。「なんとかして助けて」と言うだろう。
(じゃあ、逃げる訳にはいかないな)
 加奈は覚悟を決める。
「いいよ、勝負しよっか。全員やっつければ、そんなバカなことも言えなくなるよね」
 フィギュアを持つと、加奈は少年たちにウィンクしてみせた。

「機動部隊オメガ、強化プロトコル『GATTAI』発動! 先制攻撃!」
 加奈が叫ぶと同時に、対戦相手の3体目のフィギュアが撃破される。
「あーっ! 負けた……」
 対戦相手の少年は悔しそうにうなだれる。
 加奈はその少年の頭を撫でて、優しく言った。
「これで君も、タッくんと同じね」
 余裕の表情を浮かべつつ、加奈は内心で冷や汗を拭う。
(この子たちのフィギュアが『バニラ』ばっかりで助かった……)
 バニラとは、特殊能力を持たないプレーンなユニットのことだ。子供たちは攻撃力偏重主義で、防御力や特殊能力にはほとんど関心がないらしい。
 おかげでここまでの全ての試合は、加奈の先制攻撃で一方的に倒すことができた。

「今ので3人目。後は……君だけだね」
 最後の少年はおとなしい雰囲気だったが、見るからに頭の良さそうな顔立ちをしていた。
 彼は自分のフィギュアを用意しながら、不敵に笑う。
「お姉さんの弱点は見切ったよ。僕の勝ちだ」
「おっ、君は強そうだね」
 余裕の口調で笑ってみせる加奈だが、内心ヒヤリとする。
(もしかして、気づかれた……?)
 焦る暇もなく、すぐに勝負が始まった。

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