吠えるカナリア 1章その4
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 最初の2戦は、いつも通り少年側の勝ちだ。加奈の戦略は先鋒戦と中堅戦を捨てて、大将が確実に3連勝するというものだからだ。
(相手の先鋒は、ありふれたバニラ。ここまでは、他の子たちと同じね)
 加奈は3体目のフィギュアをセットして宣言する。
「機動部隊オメガ、強化プロトコル『GATTAI』発動!」
 極限まで強化されたフィギュアが、対戦相手の先鋒をあっけなく撃破する。
「さあ、どこからでもかかって来なさい」
 加奈が虚勢を張ると、対戦相手の少年は笑った。
「じゃあ僕の中堅は、『爆烈鬼ボンバニウム』だ」
(……なんだっけ、それ)
 加奈は一夜漬けなので、マイナーなフィギュアは覚えていない。
 ただ、猛烈に嫌な予感がした。

 少年は宣言する。
「ボンバニウムの特殊能力を起動。自爆攻撃」
 液晶画面内で爆弾型のフィギュアが爆発し、加奈のフィギュアの体力がごっそり削られる。通常の戦闘ダメージではないので、さすがにこれは先制攻撃でも防げない。
「うわ」
 思わず呟く加奈。
(先制攻撃があるからいいけど、これ一発でもくらったら負けるなあ)
 そこにすかさず、少年が3体目のフィギュアをセットした。
 それを見た瞬間、加奈は最も怖れていた事態が現実となったことを知る。

 少年は笑った。
「僕の大将は『決闘者シマヅィーガー』だ。このフィギュアの能力は、『敵味方の全ての特殊能力を無効化する』だよ」
 画面内で、加奈のスナイパーから盾とバイクが消える。
「う、撃て!」
 加奈は叫んだが、敵の体力を削りきるほどの攻撃力は、もう残っていなかった。
 そして刀を構えた剣豪が、蜻蛉の構えから猛烈な踏み込みで斬り込んでくる。
「終わりだ」
 スナイパーはまっぷたつに両断された。

 勝負がついた瞬間、少年たちは歓声をあげる。
「すげー! シュウくんすげー!」
「お姉ちゃん倒した! シュウくん最強じゃん!」
 加奈は唇を噛む。
(しまった……同じチームを使いすぎちゃった)
 最後のフィギュア一体に全てを賭けるスタイルは、特定の一体を狙い撃ちにする戦法に弱い。
 おまけに特殊能力頼りなので、それを無効化されてしまうと完全に丸裸になってしまう。
 最後の少年はそれを見抜き、加奈の機動部隊オメガを倒すためだけのチームを用意していたのだ。逆に普通のチームで挑めば、最後の少年のチームは簡単に倒せるだろう。

 ひとしきり最後の少年を称えた後、少年たちは加奈に向き直る。
「お姉ちゃん弱いよね」
「そ、そんなこと言うけど、他のみんなは私に負けたじゃない」
 加奈の反論を、少年たちは聞いていなかった。
「どうする? 殺しちゃう?」
「それもいいけど、捕まえて飼わない? オレんち、離れがあるしさ」
「タッくんはどうする?」
「そっちは殺しちゃおうよ」
 少年たちは笑顔だが、口調は完全に本気だ。

 加奈は負けた少年を背中にかばい、少年たちに言い放つ。
「君たち、殺すとか飼うとか、犯罪だよ! わかってるの!?」
 すると少年たちは顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。
「そんなの関係ないよなー」
「だってオベリオン弱いヤツは生きてる意味ないし」
 無垢な悪意に危険を感じて、とうとう加奈は叫ぶ。
「こんなゲームなんかで、人を殺していい訳があるか! いい加減に目を覚ましなさい!」
 その瞬間、場の空気が凍り付いた。

「え……今なんて?」
「お姉ちゃん、オベリオンばかにした?」
 無垢な悪意から、濁った殺意へ。少年たちの表情から笑顔が消え、無表情で冷たいまなざしが加奈に突き刺さる。
「ころそ」
「ころそ」
「ころそ」
 少年たちは加奈を取り囲み、いっせいに殴りかかってきた。
「うわっ!? ちょっと、やめて!」
 子供の拳なので大した威力はないが、彼らは本気だ。パンチにもキックにも、殺意がこもっていた。
「ちょっ、痛っ! 痛いって!」
 加奈は中学高校と剣道部に所属していたが、素手の殴り合いには慣れていない。反撃しようにも、ミリタリーシャベルで殴る訳にもいかないだろう。

(せめて、あの子だけでも逃がさなきゃ)
 そう思って振り返ったとき、加奈は愕然とする。
「死ねよ。死んじゃえ」
 ぶつぶつ呟きながら背後から加奈を殴っているのは、あの「タッくん」と呼ばれていた少年だった。
 自分を助けようとした相手を、彼は何の躊躇もなく殴り続けている。
(普通じゃない!?)
 そのときようやく、加奈は事態の深刻さを理解した。
 彼らの価値観や道徳観の最上位に、このゲームが存在している。
 ゲームの強者こそが、彼らの正義なのだ。

 子供たちの殴打は、自らの拳や手首を痛めることなど全く省みない、無謀なものだった。
 ときどき急所に命中し、加奈は激痛にうめく。
「ぐっ!? うっ!」
 このままでは危ない。
 そのときだった。

「なんという無様な結果だ、エージェント・カナリア」
 聞き覚えのある、くぐもった声がした。
 殴打の嵐が収まり、加奈は顔を上げる。
「所長……?」
 ガスマスクに白衣という、インパクトのありすぎる姿。
 虎屋所長は猫背気味になりながら、白衣のポケットに手をつっこんで立っていた。
 子供たちが叫ぶ。
「だれだお前!」
 すると虎屋はガスマスクの奥で、グフォフォフォと不気味な笑い声をたてた。
「私は悪の天才科学者、ドクター・ウィロー。最強のオベファイターを開発し、人類を支配するのが目的だ」
(自分で悪とか天才とか……)
 加奈はあきれたが、少年たちは一気に興奮状態に突入する。
「お前、悪いヤツか!」
「そうだ」
 あっさり肯定するドクター・ウィローこと虎屋。

 彼は白衣の内側から、3体のフィギュアを取り出した。
「私の部下、エージェント・カナリアを倒すとは、ここには有望な戦士がいるようだ……。私の実験につきあってもらうとしよう」
 少年たちは慌ててフィギュアを構える。
「そうはいかないぞ!」
「お前なんかなー! オレたちがやっつけてやる!」
 色めき立つ少年たちに、ガスマスクの男はグフグフ笑う。
 彼は専用の禍々しい色合いのバトルフィールドを取り出し、一同に告知した。
「いいだろう……実験開始だ」

 勝負は一方的だった。
「『実験体D-0101』の第一能力発動……。『裂空忍装ハンゾウ』の射撃能力を剥奪」
 虎屋の置いた不気味な怪人フィギュアが、対戦相手から射撃能力を奪う。震えながら手裏剣を放つ怪人。
 ハンタータイプは防御力が低い。それなのに先制射撃能力を剥奪され、逆に使われてしまうと為すすべもない。
 対戦相手を撃破した後、さらに虎屋は宣言する。
「『実験体D-0101』の第二能力発動……。倒した『裂空忍装ハンゾウ』の能力値を吸引……融合完了」
 怪人が無数の腫瘍に覆われ、能力値が跳ね上がる。

 対戦相手の少年は、慌てて次のフィギュアをセットした。
「じゃ、じゃあ今度は『決闘者シマヅィーガー』だ! お前の能力、全部無効化してやる!」
 するとガスマスクの中で虎屋が笑う。
「グフォフォフォ……いいだろう。しかし……そんな貧弱なオベファイターで、私の可愛い実験体と戦えるのかね?」
 シマヅィーガーは特殊能力が強力な分、素の能力は平凡だ。
 一方、虎屋が持ってきたフィギュアはデタラメな強さを持っていた。
「私の実験体シリーズは、どれも攻撃力が10万以上ある……」
「なっ、そんなの勝てるわけないじゃん! ずるい!」
「敗北を……認めるのかね……?」
 ガスマスクのレンズが光る。

 虎屋は両手を振り上げ、狂ったように振り回した。
「ならば用はない! お前は廃棄処分だ!」
「うわあああっ!」
 よろめきながら尻餅をつく少年。
「あっ、シュウくん!」
「今度はオレが!」
 別の少年が自慢のフィギュアを持って、ガスマスクの科学者に挑戦する。
 もちろん、勝てるはずはなかった。

「ふむ……こんなものか」
 少年たち全員をあっけなく倒した虎屋は、白衣のポケットに手をつっこんで溜息をつく。
「この程度では、私のオベファイターを使いこなすことはできまい」
 子供たちは顔面蒼白のまま、ガタガタ震えている。
 悪の天才科学者、ドクター・ウィローは冷たく宣言した。
「オベファイターを全部置いて消え失せるがいい」
「えっ、やだ……」
 微かに抗う気配が生じたが、虎屋はそれを許さない。

「嫌なら全員脳改造して、オベファイターに組み込む。お前たちのような弱者には、他に使い道がないからな」
 完全に本気の口調に、少年たちは失神寸前の表情になった。
「ひっ……」
「うわあああ!」
「やだーっ!」
 悲鳴をあげながら、フィギュアを投げ捨てて逃げ出す子供たち。

 それを満足げに見送って、虎屋は振り向いた。
「お疲れさま、加奈君」
 加奈は擦り傷と打ち身だらけの体を起こし、砂を払う。
「ありがとうございます、所長。助かりました」
「うん、大変だったね」
 虎屋は携帯をいじりながらうなずき、それが終わると改めて加奈に向き直る。
「これで後始末は大丈夫。それにしても君、今回は少し無茶しすぎたんじゃないか?」
「うっ」
 調査を依頼されただけなのに、勇み足でトラブルを起こしてしまったのは事実だ。

(あの子たちを晴香とだぶらせて、無茶しちゃったかな)
 反省した加奈は、所長に頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「いや、君にもなんか思い入れがあるんだろう。結果的に調査はできたし、予想外の収穫もあった」
 虎屋はそう言って、少年たちが残していったフィギュアを拾い上げる。
「これ全部回収して分析するから、君は回収したのと同じフィギュアをここに置いてってくれないか? できれば、傷み具合も同じぐらいにして」
「わかりました」

 うなずいた加奈はふと、虎屋の持っているフィギュアを見た。
「それ、正規品じゃないですよね?」
 加奈はそれらのフィギュアに全く見覚えがなかった。
 あんなに強いフィギュアなら、加奈が記憶していないはずがない。
 すると虎屋はあっさりうなずくと、フィギュアの台座をひっくり返してみせた。メーカー名のロゴが入っていない。
「フィギュアどころか、読み取り用の本体もお手製だよ」
「それって……」
「うん、どんな凄いフィギュアを持ってきても勝てないだろうね」
「あからさまなチートじゃないですか」
 すると虎屋はグフォグフォ笑った。
「なんせ僕は悪の天才科学者、ドクター・ウィローだから」
「ほんとに悪だ……」

 それからしばらく経った後。
 オフィスにこもって一人で事務仕事をしていた加奈は、休憩時間にネットでニュースを眺める。
「あれ?」
 加奈が声をあげたのは、「『オベリオン』メーカー倒産」という見出しの記事を見つけたからだ。
(あのフィギュアのゲーム、メーカー潰れちゃったんだ)
 記事には、こう書いてあった。

 トレーディングフィギュアゲーム『超電帝国オベリオン』で知られるトーヘイトイズが、会社更正法の適用を受けた。
 同ゲームは小学生の間に社会現象を起こすほどの大ヒットとなったが、その後の商品展開で不振が続き、役員の横領事件や脱税事件が追い打ちをかけた。

 加奈はその文面をじっと見つめる。
 記事を読むと、トーヘイトイズの売り上げが急に低迷したのは、加奈が調査任務を受けた直後からだ。まるで会社を潰すのが目的かのように、一気に資金繰りが悪化している。
 加奈は顔を上げて、窓の外をぼんやり眺める。
「……考えすぎ、かなあ?」
 答える者は誰もいない。

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