真中・イトマキ・三善 まとめ

真中央(まなかひさし)は三川を見た。

「おう、三川。随分久し振りじゃないか。ご無沙汰という感じだ。積もる話も積もらない話も、抵抗感も無抵抗もあるだろうが、まあ座れ。手前との対談を俺ァ、楽しみにしていたんだぜ?」

真中がそう云って指し示すのは、四角い形状をしたテーブルである。対談を促された三川は警戒心を一切合切緩めることなく、軍人特有の足音のない歩調で椅子に近付き、テーブルや椅子、そして周辺に危険物がないか細心の注意を払い着席した。その動作、一挙一動を眺めていた真中は非常につまらなさそうに鼻を鳴らす。

「随分警戒してくれているじゃないか。俺如き一介下賎の一般庶民に行う仕種じゃないな。そう猫のように振る舞られちゃ、期待に添えたくなるじゃねえか。何だ、とりあえずここ一辺周辺を爆発爆散でもすりゃいいのか?」

「行うものも怠っては我が身が持たなく保てないのでな。まぁ……お前如き愚かで粗忽者に落とし入られるほど、まだまだこの私も耄碌していないつもりだ」

三川はくだらないことを云っているんじゃないと、眺め眇め真中を睨みつけた。そうして思い出すのは、この男の性である。『人の嫌がることを進んでやる』俗諺の意味を、本来の意味と、履き違えているような人間だ。彼はただの暇潰しと、三川の期待に沿えるため、言葉通り、本当にこの部屋を破壊することが予想された。真中はサービス精神が旺盛といえばそれまでであるが、嫌がらせに関しても十二分な力を持っているのだ。

「それで……前置きはこれぐらいにして、どうして一体全体私の前に姿を現した? 約六十年振りに再会するんだ。それ相応の用事は持って来たのだろうな? そうでなければ、今すぐこの場から退去するぞ」

「おいおい、カリカリしなさんなよ。ただ俺は近状報告するために、お前さんを呼んだんだからよぉ」

真中はそう云って、三川の正面に腰掛けた。三川は目の前に存在する男の顔を凝視し、真中を視認した時から持っていた疑問を口にする。

「近状報告か。それならば劈頭第一に訊きたいことがあるのだが、どうしてお前の外見は若々しい? 約六十年ぶりなのに、十代か二十代初めの姿そのままではないか。最後の――日本が敗戦し、財団に蒐集院が飲まれる以前よりも、青二才の外見をしているではないか?」

「お前の見た目も似たようなものじゃねえか、美青年?」

「私の見た目は財団で云うところの認識障害だ。だがお前はそうじゃない。誰かの肉体に憑依でもしているようだ。誰かの身体を間借りしているようなようにしか見えない。殊にその姿外見は、財団に就任していた人間のものだよな。名前は何と云ったか……そうそう、[削除済]だ」

三川の疑問を受けた真中は「表面上かつ抽象的でありながらもその指摘通りなんだがよ」と云いながら、テーブルの上に置かれていたティーカップを引き寄せ、琥珀色の水面に角砂糖を入れた。ティースプーンでぐるぐると砂糖粒を攪拌させながら、説明する。

「お前の云う通り、確かにこの肉体は故[削除済]そのものだぜ? 外法に外法を“乗っ取って”、因果応報の如くこいつの意識と肉体を支配している。一般向けに判り易く説明するならば、大蛇丸が他者に刺青のマーキングをして、時期が来たら“転生”するようなもんだ」

「転生……」三川はそこで若干興味を示したのか、足を組みながら正面を見据えた。「ほう。それで……一般的でない説明をするなら、どのようなメカニズムで肉体を奪取しているのだ?」

「心理遺伝だよ。夢野久作、ドグラマグラ。三大奇書として怪しくも名高い、その著者著作の名前ぐらい知っているよな?」

ドグラマグラとはブゥウウ――ンという一文から始まり、ブウゥ――ウンという一文で終わる小説である。特筆すべきはその本の“読み辛さ”が挙げられるだろう。余程の根気がなければ、チョンガレ唄辺りで挫折してしまう――読者に最低三度の完読を要する書物であった。個人的な見解に伴って語らせてもらうならば、冒頭部位はクライマックスゆえ読むのに労を報いないものだと解釈している。

「ネタバレになるが確かドグラマグラは、呉一郎が死体と化した美女の亡骸が、死体から腐乱となり骨身へと終わるその無常、至上の有様を鬼気迫り精密極まった天下の筆遣いで写生した巻物の内容を見、遥か一千年ほど以前の先祖たる呉青秀の意識が、己が妻をその手で縊り殺し――それからも後、女の亡骸を求め絵巻物に描き続ける意識に囚われて終うといった内容であったな」

「そ。その内容の複雑怪奇さを一言で片付けちゃならねえのだろうが、親は子に似る……先祖の悪癖が子孫に遺伝するといった内容だ。因果応報――意識と魂魄の隔世遺伝と云って良いのかねえ?」

「親――子、か。して、その[削除済]とやらは、お前の直系直属の子孫となるのか」

「そうだ。比喩ではなく直喩として、俺の息子となる。転生してから、オリジナルの俺の姿になるのが少々ネックだが、まあよかろう。[削除済]の他にも全国に種をバラ撒いちゃいるぜ。せめての情けとして、女親の気持ちを慮って意図的に双子を製造している。かたっぽが消えても、片方がいりゃ納得するだろう。諦められるだろうと思ってな。あ、因みに娘には手を出しちゃいねえぜ? 俺の転生固体は男じゃねえと――種子を霧散する雌有固体じゃないと転生できねえんだ。女だと正しく等しく畑違いって奴だ」

真中は呉の子孫が男でないと絵巻物を見て発狂しないようなものだと、笑いながら云う。

対して三川は双子を製造することについて、「それは余計な厄介、ゴタゴタを引き起こす要因ではあるまいか」と思ったが、余計なことは口を出さなかった。

「ところで三川、お前の顔すげえ面白いよな。変り種の……そうだな、乳首の部分が空いたTシャツの柄として、顔をプリントして販売していいか? 俺なら今年一番の流行柄として、ファッション業界を席巻してやるぜ」

「ふざけんなブッ殺すぞお前」

「冗談だって」

真中は「ヤマトモとか云うグロテスクな顔面凶器顔にするかな」と、妥協案を思案し初める。どうやら顔のプリントに関して冗談ではなく本気のようであった。ちなみに余談であるが真中はヤマトモと接触したときダンプカーを衝突させ、天高く舞うヤマトモを尻目に「トリプルアクセル、10点!」と評したのであった。

三川は話を戻すように、疑問に思っていたことを尋ねる。

「お前が蒐集院時代から財団へ吸収された後、一括徹底して“記憶の分野”に携わっていたと聞いている。もしやお前、転生することを前提に、子々孫々に“先祖の意識覚醒”を実現するために研究していたのか?」

「そうだな。それ以外の理由はねえよ。そうでなきゃ、人の頭を弄くるあんな根暗な場所にいるもんか。……それにしても記憶処理剤の研究か、懐かしい。俺一人じゃレトロ感満載の薬物しかできゃあしなかったぜ。なんつったけな、諸知博士と神山ブラザーズの協力と、死刑囚を使った膨大な動物実験(サンプル)がなければ、俺の転生だなんて夢想と等しき無残な夢であったことだろうよ」

「お前は何のために転生だなんて事象を行っているんだ? 葦船のように永久不滅、永劫不遜な生命を得たいがためにやっているのではないのだろう?」

「不老不死か。確か、あの枯れ木のような爺さん、それが目的だったかな? だが、お前の云う通り、俺にはそんなものにゃ興味はねえ。フラスコの小人じゃねえんだ。そんなもん会得しても空しいだけだ。ただ俺は“終焉を見るために長生きしたかっただけ”だよ」

「終焉?」

三川は眉を潜めた。真中は紅茶をぐいと呷って、ティーカップに戻す。口調の荒々しさに反して、礼儀礼節が細部にまで徹底された仕種であった。

「終焉。俗っぽい表現をするなら、『世界の終わりを見てみたい』って奴だ。とは云っても、俺が見たいのは終焉じゃなく、結末って奴かもしれないが……。それにしても――おいおい、笑ってくれるなよ。ラノベだと評してくれるなよ。俺の話を詳しく聞けば、二割程度共感……とはいかなくとも、理解はしてくれるんじゃねえのかな」

「冷罵されたくなければ話せばよかろう。最も一々滾々、喋々喃々語ったところで、お前の話に興味や共感を抱かない人間は一定数いることだろうな。私はお前の木端恥ずかしい主義主張、青臭くも拙い論調を、鼻で笑うつもりで聞いてやるよ。殊によっちゃ、後ろ指差して大爆笑してやる」

「ひどい奴だな。バーカバーカ、秒速で禿げろ」

「……お前は子供か」

呆れ顔の三川。

――やがて真中は、訥々と語りだした。

「終焉――或いは、結末。まぁ、ぶっちゃけると俺はこの世の中に疑問を抱いているわけだ」

「疑問?」

「オブジェクトのことだよ」

オブジェクト――超常的な作用を有した、有害と有能のアーティファクト。それが何なのか態々云うまでもなかろう。偏(ひとえ)に語るならば、SCPのことである。

「これまで財団は――財団に限らずあらゆる組織は、その異常物を使って伸し上って来た。時には武力で、或いは政治で――もしくは局所的かつ大規模に。個人や群集や国家が、人間の枠を超えた魔法のような、科学の極限とさえ云える物質を利用した。この点に関して、反論はねえな?」

「まぁな。第二次世界大戦――否、下手をすれば人間の起源、宇宙の発端すらオブジェクトが効果を発揮したことにより発展誕生した可能性がある」

三川の云うことは、誇大妄想かつ被害妄想による意見ではなかった。彼は下手をすればと云ったが、人間が理解できる範疇を超えた彼方にオブジェクトが関与している可能性があった。人はそれを神と呼んだか、悪魔と称するのか不明であるが……。

「そこで俺は思うわけだ。宇宙だなんて超々大規模深遠不明瞭なわけのわからねえ、人間がどう足掻こうと把握解明もできやしねえ、空間領域を光速で拡大させるモノにゃ興味はねえ。俺が云いたいのはこの地球上、具体的な時期を指摘するならサルがヒトへ進化した有史前後における人間の活動のことだよ。否、否々々々――過去現在未来における人間の生活が、全て、遍く、悉く、純粋な人の力によるものだったらどうなるのだろうかと――な」

「……オブジェクトが関与しない世界を見たい、もしくは全消失させたいということか?」

「異常物がない異常も、異常物の存在する世界による相似性――反作用によるアーティファクトの影響だ。少なくとも俺はそう思う。俺の云いたいことは、全世界、全ての平行世界における異常物の消失を狙っているんだ」

「それは――!」三川は僅かであるが狼狽した。にわかにではあるが、真中の意思の中に狂いを見出した。「そんな思想が――」

「三川、てめにゃわからないし共感できねえだろうが、世界は異常物によって疲弊し磨耗し劣化している。手中の珠を可愛がる余り、我が身可愛さ余って多大なる代償が人類に課されているじゃねえか。現実改変による安穏? 認識障害による暗澹? ミーム汚染による暗黒? 犠牲を有した安定と平和? だめだね。いらねえよ、そんなものは。必要ねえ、一個だって零細に無用だ。俺はよぉ――異常物を異常物で防護しなくとも――

――そんなモノがなくとも、人類は繁栄できる。

と、声高々に主張する」

「…………」

「俺は人間の可能性を信じている。改変による救済……無用だ、そんな改竄なくとも人間は存在できる。認識の加工による救命……そんなもの不要だ、そのような処置なくとも人間は実在できる。異常生命体による直接被害……たとえその事象が発生しても人間は生存できる」

人間は純粋に人間の力だけで生きるべきだ。

真中は無言になった三川を他所に断言し、締め括った。

「少し前に三川が云った通り、宇宙の誕生そのもの、人類の発生そのものがSCPオブジェクトによる可能性は否定できねえ。だが、俺は――その宇宙と生命の起源そのものを――全並行世界に存在する異常物を十把一絡げ、一切の例外なく消失させるつもりだ。三川の云う通り人間の誕生にオブジェクトが噛んでいて、全て人類が平行世界で消え去っても、宇宙や世界そのものが消失しようとも、俺は人間の可能性を信じるね。人間が生存できる世界線を信じるね」

「宇宙が消え世界はなくなり、人間がどの平行世界でも消失する可能性があったとしてもか?」

「そうだ。たとえ人間が消え去ってしまっても、異常物を無に帰す。宇宙が消え世界が消失しても、やがて宇宙が生まれ世界が誕生し人間が繁栄することだろう。俺は、そう信じているんだ」

真中は云う。

「俺は人間を賛美する。人間は素晴らしい。もっと云えば、人間が異常オブジェクトに頼らず、その危機に見舞われたとしても――滅亡しても生きている。生きていた。何と感嘆縷々滂沱することか! もっともっと云えば、人間が人間だけの力で生きていれば素晴らしい!」

三川は真中に、人間の可能性を信じる、狂信的な信仰に嫌悪感を抱いた。異常だと思った。異質だと感じた。狂っていると判した。

「お前は俺の主義主張、思想心理に嫌悪感を抱いているようだが、そもそもこの世界は疲弊しているじゃないか。異常オブジェクトによる物理的な暴力で、改変能力による間接的な被害で、ミーム認識災害による遠回りな影響で、世界は疲れきっている」

「…………」

「誰かがこの世界は、砂上の楼閣、奇跡的に平和が樹立していると云っていたが、俺にゃそうは思えねえよ。病人によぉ……重症重病の人間に延命のために薬物を注入して、口には呼吸器を差込み生き永らえさせる……さながら、ゾンビを見守っているような――本人の意思を無視して植物状態の人間を延命させ続けている如く、綱渡りをする人間を真下から観察しているみたいな、どうしようもねえ気持ちになる。それならよ――そんなこと続けるぐらいなら、いっそ死んでしまえ。滅んで、滅して終えと俺は思っているんだ」

「お前は……」ややあって三川は口を開いた。「いっそ滅んで終えと思うのなら、お前はなぜ、人間を助ける。お前はこれまで財団への資金援助や、他組織に人員派遣など、無償奉仕をしてきたはずだ。死んでしまえと感じているのなら、どうして無意味に延命させるようなことを――」

「あん? 理由は単純だよ。『懸命に努力する人間が好き』だからだ。愛しちゃってるんだよ」

とはいってもなと、真中は苦笑しながら頭を掻いた。

「無論、打算的な意味合いもある。ほらよ、犀賀派というのがいるじゃねえか。世界を救うならば、他の平行世界を滅ぼしても良いっていうやつ。俺があいつに対抗するにゃ、人脈が足りず、手段が不足しているんだ。他組織に恩と仇を売ることで、何とか対抗拮抗できねえもんかと考えている」

犀賀派のやり方には一種の疑問があるが、突き詰めて云うならば『救う』――『救済』。

対して真中のやり方は端的に云うならば、『巣食う』――『堕落』である。

犀賀と真中は根源が類似していながらも、相性が悪い。相似性があるゆえ水と油のように反発することはないだろうが、互いの存在が火に油であることは火を見るより明らかだ。

「おう。三川、俺に手伝ってほしいことがあれば云え。俺の邪魔にならなければ、妨害や妨げにならないと判断すれば、いくらでも協力してやるからよ」

俺は人間が大好きなんだ。

――と、真中は狂信の祝詞を呟きながら微笑した。

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