円なる白金の月光の帯広がる天心に、赤椿の一片が落つる如く舞う異形の翼。赤き羽根の衣を身に纏い、尾鰭に翻すは叫喚の声。その怨嗟源ぬれば、頑是無き吾子、さらばえた老人、益荒男、なよたけの女め隔たりなく狂乱の体。貴賎遍く残滓となりて、人悉く仰臥し血潮泡あぶきけり。
その群集、一様に紅差し指の如く赤き指で、肉の筆走らせるは禍福の祝詞なり。一時の慰安、長き赤原に囚われる様は正しく呪と幸の交互。天蓋に黄金の日向、漆黒に白銀の夜陰を繰り返す摂理の如く、輪の流れに一度掴まれば逃れる術無し。人智及ばざるゆえ、恣、鳳おおとりの嘴にここりを裂かれる。散々転々の後は、精魂磨耗した木偶となりてさむらひて。
三輪、大蛇の座の頭上を鳳翔けては時折傾かぶく轟音の羽ばたき。あぎとを山の頂に擦り付け、兎鼠うねずみのやうに鱗をざわつかせる。その鱗模様りんもようの一処ひところ に逆鱗有り。不要に薮蛇突かさばその大縄、荒野に鞭奮いて谷を穿ち、地を削り曠野を均し乍ら不届きを罰めり。俄かにとぐろを解きつつも、罪人のように頭を垂ず。その様、鳳を何よりも恐れに危ぶむ事他ならぬ。哀れなり。
蛇の腹這いの下に一つの荒廃す学びの牙城あり。一夜にして矢種付き、兜を下ろす。乱立する土饅頭の新墓にともがらを憂い、白衣の人、黒衣の君、涙化粧さんざめく。頻りに後の祭りと呪い、妄りに自責せども夜鷹のやうに天昇る赤き両翼限り無き。飛翔する羽、飛来する嘴、如何にして止まるか。
白衣と黒衣のつぶねたち、云ふ。
「雛を装い騙し討つ鳳。幻影使いて目晦まし、始まりは鳳を識る人の孫娘。幼子不知であるにも関わらず赤鳥を識る人の血脈の流れに乗り、子を啄む。諏訪忽ちにして、骨が立ち肉を纏い羽でそら、翹り」
仇討ち願えども、右手左手みてゆんでには鳥の如き羽無し。敵討ち渇望せども、背骨に龍の如き鰭無し。者共、地に上げられし鯉のやうに絶え絶えの気焔呪詛うそぶく。悪戯に地から跳べども僅か虚空を離れるのみ。知恵のある猿他ならぬ。
あうらを踊る人、云ふ。
「陰陽の作法に従い候。一二三さてみて、かしこみかしこみ。あな願え。舞ひ舞ひはふり。鎮まり給え、鎮まり給え」
うほの足並み揃えども、鳳一切構わず高殿にて赤き羽の後光を背負う。比翼東の方に伸ばし、片翼西の方に翳すと鳳を境に淀み広がる朱殷。黒白を眩く汚し、緋あけしまき天照らす。
ある無辜の母、狂う。
「綺麗ダナー。奇怪な翼ダナー」
女、かこち顔で赤き鳥を見ゆ。その女の鳥見知らぬ懇ろの子、眼前に振る無数の羽を見る如く、閉した目蓋の黒き眼に赤き亀裂が迸る。血の流れ脈々繋いで子々は餌えに果てよう。諸人喰らいて野晒しの後は、根の国にその嘴を伸ばしたり。御霊全て尽きるまで、深奥地獄の釜に首こうべを垂りけり。または芙蓉の水鏡、澄み清らかなる天上を血溜りにす。
狩人曰く、
「いざや、平仄を合わせるが如く射て。矢に限らず鉛玉、石礫、刀身構わぬ。殺めよ」
鶴の一声。赤めくらの山犬の間を走る白馬あおうま。蹄鉄の足音響かせ土を蹴り。狩人が手にするは、かつて鵺を屠りし頼朝の弓なり。
狩人、猛る。
「鷹無し。恐るる事なかれ。鳥無き島の蝙蝠ぞ。酉の夕刻を没めよ」
その刹那、彼方此方から飛びし幾千数多の矢。或いは礫、或いは弾の迅くよ。然れども狩人共の黒き眼に、紅一点の如く火影がいずる。その火種、燻り僅かの間に火柱の如く騎乗の狩人狂わしむ。白馬も同じく狂いにひたぶりて嘶く。
人馬もんどり打つ近くに赤めくらの山犬。四方の狩人に喰らい掛かる阿鼻叫喚、殊に羽ばたきの音に身をふるわし戦慄かす。尾を隠し、耳横垂れども逃げ場なし。鳳が嘴打つたびそれが見えぬども眼前の恐ろしさを解す。やがて人馬が木偶と化し地に臥す僅かな間に、鳳、山犬の鼻先にぞ舞い佇む。山犬共、咽喉を震わし助力を乞う。しかし、何も助けに入ぬことやむ得なし。