コードネーム: イトクリ外科医(本名:伊藤 遊佐 Itou Yusa)
セキュリティレベル: 2
所在: 主にサイト-8110と8181。執刀室と資料室に行けば大体会えます。
財団職務: 機動部隊やエージェントの外科手術。スポーツ医学。リハビリ及びスポーツ指導。司法解剖。火葬処理。犬の世話。ポケモントレーナー:むしポケモン使い(ペンドラーがお気に入り。切り札はウルガモス)
人物: 2000/12/31生まれ。福岡県出身。面倒臭がりで大雑把な性格。常に無表情。寡黙。機嫌が悪いとむしろ笑う。普段ぶっきらぼうな口調だが、心が乱れた時、敬語になる。
格好: 絹の白袋。軍服の上に白衣。緩いオールバック(髪型を変えるごとに印象がガラリと変わる)。
コードネーム: オダマキ納棺師(本名:小田 佑馬 Oda Yuma)
セキュリティレベル: 2
所在: 主にサイト-8110と8181。霊安室と共同墓地に行けば大体会えます。
財団職務: 冠婚葬祭の潜入。死体回収。火葬処理。死体修繕作業。Dクラス職員の送迎及び監視。書類整理。事務作業。犬の世話。ポケモントレーナー:ゴーストポケモン使い(ゲンガーがお気に入り。切り札はシャンデラ)
人物: 2001/1/1生まれ。京都出身。軽薄で図太い性格。常に笑っている。元聖職者。饒舌。機嫌が悪いと無口になる。普段非常に丁寧な口調だが、心が乱れた時、少し乱暴な口調になる。
格好: 革の黒手袋。喪服の上に黒衣。緩いオールバック(髪型を変えるごとに印象がガラリと変わる)。
双方の共通点等: 男性・身長170cm・体重56kg。少し筋肉質な体型をしている。高所恐怖症。マヨネーズが嫌い。同一の顔をしており、見分けることが非常に困難。顔が笑っていても目は笑っていない。エージェント・ヤマトモによくちょっかいをだしている。
両者はミームや精神汚染を半減することが可能だが、未接触の方に被害が及んだ事実から、双方は精神的な負担を片側に分担していると推測されている。イトクリ外科医とオダマキ納棺師は、約20年振りに再会した。兄弟仲は非常に冷淡で他人行儀。業務以外で会話をすることはない。
注意事項: 白がイトクリ、黒がオダマキだが、白衣と黒衣を着間違えていることや、記憶を無意識下で共有/混濁していることがあるため、注意が必要。両者間は個人としての境界線が非常に薄く、[削除済]。父親が関係していると推測されている。
最早、判別できない状態です。黒衣白衣・笑顔寡黙の有無に関係なく、イトクリ外科医とオダマキ納棺師両者は、イトマキとして扱われます。どちらがどちらでも、通常業務に支障はありません。
イトクリ外科医の出生に要注意団体「日本生類創研」の関与が強く指摘されている。イトクリ自身は組織との関わりを否定しており、実際の関係性は不明。なお[編集済]の理由により、オダマキがイトクリの実兄となる。
オダマキ納棺師はSCP-███-JPを信仰する大規模カルト教団の一員。カルト教団では司祭の位階を持っていたが、強制的に入信させられた過去から、教団関係者を強く嫌悪している。
実父である、真中央(まなか・ひさし)を探している。
名前: ネイティオ(ティオ・トゥートゥーと呼ぶと反応します。シン█ラーと呼ぶと不満そうな顔をします)
セキュリティレベル: トゥー(実際のセキュリティレベルは⒊)
所在: サイト全域。
職務: 手旗信号・監視・見守る
プロフィール: 身長、160cm。体重、18.0kg(時折、ネイティの姿に戻る場合がある)
せいかく: ずぶトゥい したたか
とくせい: マジックミラー
持ち技:(自由に技を変更するので、予測不可能です)
説明: ネイティオは 全身緑の 目に優しい色をした鳥。聴く者を魅了する鳴き声を 持っている。
過去と未来を 見通せる 目を持ち 常にじっとしているのは 将来起こるであろう 出来事に 恐怖しているからだと 推測されている。
一見 何を考えているのか分からないが やはり 何を考えているのか 分からない。
常に人の背後に直立し 気づけば 視界の隅にいる存在。背後から ネイティオの 名前を呼ぶと 首を180°回転させて 反応する。
ときどき スカーフ や めがね をかけている。ネイティオのわざは 同種の存在にのみ 威力を発揮し オブジェクトに対して 効果を一切持たず 戦うことはできない。しかし エージェントヤマトモや 一部の職員には こうかはばつぐんだ。なお エージェントヤマトモを見かけた瞬間 非常に攻撃的になる。
ネイティオは とある[削除済]好きの熱狂的な 財団職員のオートマトン もしくは着ぐるみ 認識障害などの噂があるが 真偽の方は定かではない。
合言葉をいえば ネイティオは かつて██年ほど昔 記憶処理剤の開発をした 元財団職員 真中央の 情報を提供すると伝えられており その他に機密情報を 持っているのではないかと インド象と 南アメリカで噂されている。
今日の天気はなんじゃらホイ!-財団職員1
トゥートゥー(訳:晴れの可能性もあるし曇りかもしれません。また、雨や雪が降るかもしれない)-ネイティオ
お菓子を横取りしたのは誰じゃらホイ!-財団職員
トゥートゥー(訳:犯人か男か女のどちらか。年齢は20~30、もしくは40~80歳の誰かでしょう)-ネイティオ
ネイティオの割に体重が重たいのは何故ですか?-財団職員
トゥートゥー(訳:内蔵バッテリー███████████████████[削除済])-ネイティオ
トゥートゥートゥートゥー -財団職員
喋りかけるときは、日本語で喋ってね-ヨコシマ
SCP-JP報告書:(作成順)
- SCP-248-JP アンチマヨネーゼ!
- SCP-320-JP 老人の杖
- SCP-468-JP たたりもっけ
- SCP-437-JP 姿見
- SCP-352-JP 笑みのない硝子瓶
- SCP-813-JP アドバイザー
- SCP-384-JP 大蛇の座
- SCP-382-JP イーニアスの発見
- SCP-654-JP マトリョーシカ
- SCP-570-JP 狼と羊飼い
- SCP-385-JP 星に願うな
- SCP-57577-JP-J 銀竹の 幻氷溶けて 春日向 撓わの一朶 染め射る美ぞ
- SCP-707-JP 主役は椅子に座る
- SCP-542-JP 地球未誕生
- SCP-810-JP 鵼も鳴かずば撃たれまい
Tales報告書:(作成順)
- ロケット・埴輪号
- 桜花
- 化粧い桜に紅を差す
- 捩り不動
- 旅に病で夢は枯野をかけ廻る
- 水仙と胡蝶
- 聖母マリア
- やがて玉響に消えるなら
- 花の装い
- 青天の霹靂
- イカロス
- ある職員の小さな優しさ
- 私の話
- 図南の翼
- 死闘
エッセイ
(5分で読めます。記事作成を考えてる新規さんは、ご一読下さい)
その他
書いてきたもの
著者について
一番好きなポケモンは、フライゴン!
- イトマキ兄弟は、双子ではない。一卵性双生児とは一言も人事ファイルに書いていない。クローンである。
- オダマキが12月31日の23~24時の間に生まれた。イトクリは0~2時の間に生まれた。この2時間の時差は、真中がクローン作成に掛かった時間である。
- 真中央の家系は犬神筋の家系である。図南の翼(tale)でやたら食物を摂取しているのは、「徳島県では、犬神に憑かれた者は恐ろしく大食になり、死ぬと体に犬の歯型が付いているという」という伝承から(WIKiより)
- チロ警備犬は、本来、犬神を作成するために用いられていた山犬である。
- エージェントヨコシマの父(性格:ハンターハンターのパリストンめいたウザさ)は、本部財団職員。蒐集院が財団に吸収されたとき、日本に立ち入り、真中央の姉と結婚した。
- 小ネタだが、イトクリ(伊藤遊佐)は左。オダマキ(小田佑馬)は右。真中央は真ん中。エージェント・ヨコシマは横。峠(図南の翼に出ている)は上下となっている。
- イトマキ兄弟が同一化した理由は、「仲良しになった」か「殺し合った」かのどちらでもいい
- 同一化したイトマキ兄弟は片方が生きているか、双方が生きているのか、どちらでもいい
- 同一化したイトマキ兄弟の精神を支配しているのは、イトクリでもオダマキでもない。
- イトマキ兄弟の名前の提案はいくらさんがしてくださいました。個人的に調べたら、「イトクリとオダマキをあわせて、イトマキ」、「オダマキの別名はイトクリ草」、「イトマキヒトデ(ヒトデの中には分裂する種がいる)」、「義経公」など色々発見しました。
- イトマキ兄弟はポケモンのミュウとミュウツーみたいに、「オリジナルはこの私だ」と争っている。
- 真中央は、「これは俺の望んだ世界終焉シナリオではない」といって仲間になる展開もいいし、「世界終焉シナリオの邪魔はさせない」といって敵対するのもいい。
- イトクリは結構いいとこ育ち。料理も掃除も誰かがやってくれると思っているから、しないし出来ない。個人ルームの清掃は、イトクリがエージェントヨコシマに掃除を頼む→ヨコシマはオダマキに掃除を頼む。めんどくさい経緯を踏んでから、オダマキにやってもらっている。
- オダマキは時々コルセットを着用する。イトクリは特に意味もなくきわどい下着をはく時がある。イトマキ兄弟はパイパン
- イトクリはオダマキと接することで、極稀に「愛想笑い」をするようになった。
- 真中央が秘書を殴るタイミングは、イトクリがヤマトモを殴るタイミングに酷似している
- イトクリは自己性が希薄であり、人から命令されないと自分から動けない。オダマキは意思の力が非常に強く、人から命令されると思いのまま動けなくなる。
- イトマキ兄弟が財団へ入った経緯は自由。同時に入ったのか、どちらが先だったのか好きにしていい。
アイテム番号: SCP-[編集済]-JP-J
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: 全ての財団職員はSCP-[編集済]-JP-Jによる、不必要な暴露を防止するため、極力接近しないよう心がけてください。
説明: SCP-[編集済]-JP-Jは身長163cm、体重5█kg、[編集済]と日本人ハーフの成人男性です。SCP-[編集済]-JP-Jの主な異常性は、オブジェクト自身が他者に好感や共感の感情を与えた際に発生します。SCP-[編集済]-JP-Jに暴露した個人は、認識障害もしくは記憶混濁といった顕著な影響を受けます。なお、暴露影響は様々な実験結果から現実改変である可能性を視野に、更なる調査が予定されています。
SCP-[編集済]-JP-Jの影響範囲は接触時に発生する限定的なものですが、些細かつ低度な好感を抱いた時点で暴露するため、SCP-[編集済]-JP-Jは不用に暴露者が発生しないよう、一般的に「ウザイ」と評される行動を行なっていることが判明しています。その為、SCP-[編集済]-JP-Jと接触した人間は、過剰にオブジェクトに暴行を加える影響がありますが、重篤な負傷が発生しない範囲であれば暴行の許可が下されています。 許可申請はいりません。
SCP-[編集済]-JP-J実験記録
実験-1: SCP-[編集済]-JP-Jに自己紹介をさせる。
結果: SCP-[編集済]-JP-Jは「僕の名前はヨコシマ・[編集済]」と言葉を発した。自己紹介は数度に渡って行なわれたが、誰もその名前を認識することができなかった。なお、あらゆる書類・記録媒体においても下の名前は[編集済]と表記されていた。
コメント: どうやらヨコシマの名前は、とても好いものらしい。
実験-2: SCP-[編集済]-JP-Jに清掃を行なわせる。
結果: SCP-[編集済]-JP-Jが清掃時の姿を複数の職員が視認・暴露したにも関わらず、活動中のオブジェクトの行動を認識することができた。
コメント: 好感を抱かせなければ、慈善活動は可能だと判明。
実験-3: SCP-[編集済]-JP-Jに人助けを行なわせる。
結果: SCP-[編集済]-JP-Jが転びそうになった███博士の体を受け止め、体勢を安全な状態へ直させた。███博士は転びそうになったところまで記憶していたが、意識が鮮明であるにも関わらず、オブジェクトの行為を認識することはできなかった。また実験中、複数の研究員がSCP-[編集済]-JP-Jの行動を認識することができないアクシデントが発生したため、軽度の記録処理を用いてオブジェクトの好感度を低下させると、認識することができた。
コメント: 好意的な行動は記憶されないらしい。
実験-4: SCP-[編集済]-JP-Jがエージェント・███を食事に誘う。
結果: 「パンケーキ食べない?」と発言すると、エージェント・██は「ウザイ」と返答した。
コメント: 好感がないため認識できたと推測。しかし、食事の誘いは成功していない。実験は失敗。
実験-5: SCP-[編集済]-JP-Jに、ブランド洋服のカタログから選出した[編集済]を着用させる。
結果: [編集済]。
コメント: [編集済]をきこなしていた。
被りネタありそうだよね。ていうか、もうすでにあったような……。
一般の科学力が発達しすぎて、全てのオブジェクトがNeutralized・EX化する。その自体をさけるため、過去にもどって有用な技術を破壊する。~~世界終焉シナリオ。センスのいい名前でお願い。
全部SCP財団におもえるjoke記事
葬式の遺影に鏡を設置すると異常が起こる
全ての収容エリアの敷地内を集計したら、地球より大きかった
収容物の範囲を集計したら、サイトの規模が明らかにでかい
記憶処理は薬剤ではなく、現実改変である
円なる白金の月光の帯広がる天心に、赤椿の一片が落つる如く舞う異形の翼。赤き羽根の衣を身に纏い、尾鰭に翻すは叫喚の声。その怨嗟源ぬれば、頑是無き吾子、さらばえた老人、益荒男、なよたけの女め隔たりなく狂乱の体。貴賎遍く残滓となりて、人悉く仰臥し血潮泡あぶきけり。
その群集、一様に紅差し指の如く赤き指で、肉の筆走らせるは禍福の祝詞なり。一時の慰安、長き赤原に囚われる様は正しく呪と幸の交互。天蓋に黄金の日向、漆黒に白銀の夜陰を繰り返す摂理の如く、輪の流れに一度掴まれば逃れる術無し。人智及ばざるゆえ、恣、鳳おおとりの嘴にここりを裂かれる。散々転々の後は、精魂磨耗した木偶となりてさむらひて。
三輪、大蛇の座の頭上を鳳翔けては時折傾かぶく轟音の羽ばたき。あぎとを山の頂に擦り付け、兎鼠うねずみのやうに鱗をざわつかせる。その鱗模様りんもようの一処ひところ に逆鱗有り。不要に薮蛇突かさばその大縄、荒野に鞭奮いて谷を穿ち、地を削り曠野を均し乍ら不届きを罰めり。俄かにとぐろを解きつつも、罪人のように頭を垂ず。その様、鳳を何よりも恐れに危ぶむ事他ならぬ。哀れなり。
蛇の腹這いの下に一つの荒廃す学びの牙城あり。一夜にして矢種付き、兜を下ろす。乱立する土饅頭の新墓にともがらを憂い、白衣の人、黒衣の君、涙化粧さんざめく。頻りに後の祭りと呪い、妄りに自責せども夜鷹のやうに天昇る赤き両翼限り無き。飛翔する羽、飛来する嘴、如何にして止まるか。
白衣と黒衣のつぶねたち、云ふ。
「雛を装い騙し討つ鳳。幻影使いて目晦まし、始まりは鳳を識る人の孫娘。幼子不知であるにも関わらず赤鳥を識る人の血脈の流れに乗り、子を啄む。諏訪忽ちにして、骨が立ち肉を纏い羽でそら、翹り」
仇討ち願えども、右手左手みてゆんでには鳥の如き羽無し。敵討ち渇望せども、背骨に龍の如き鰭無し。者共、地に上げられし鯉のやうに絶え絶えの気焔呪詛うそぶく。悪戯に地から跳べども僅か虚空を離れるのみ。知恵のある猿他ならぬ。
あうらを踊る人、云ふ。
「陰陽の作法に従い候。一二三さてみて、かしこみかしこみ。あな願え。舞ひ舞ひはふり。鎮まり給え、鎮まり給え」
うほの足並み揃えども、鳳一切構わず高殿にて赤き羽の後光を背負う。比翼東の方に伸ばし、片翼西の方に翳すと鳳を境に淀み広がる朱殷。黒白を眩く汚し、緋あけしまき天照らす。
ある無辜の母、狂う。
「綺麗ダナー。奇怪な翼ダナー」
女、かこち顔で赤き鳥を見ゆ。その女の鳥見知らぬ懇ろの子、眼前に振る無数の羽を見る如く、閉した目蓋の黒き眼に赤き亀裂が迸る。血の流れ脈々繋いで子々は餌えに果てよう。諸人喰らいて野晒しの後は、根の国にその嘴を伸ばしたり。御霊全て尽きるまで、深奥地獄の釜に首こうべを垂りけり。または芙蓉の水鏡、澄み清らかなる天上を血溜りにす。
狩人曰く、
「いざや、平仄を合わせるが如く射て。矢に限らず鉛玉、石礫、刀身構わぬ。殺めよ」
鶴の一声。赤めくらの山犬の間を走る白馬あおうま。蹄鉄の足音響かせ土を蹴り。狩人が手にするは、かつて鵺を屠りし頼朝の弓なり。
狩人、猛る。
「鷹無し。恐るる事なかれ。鳥無き島の蝙蝠ぞ。酉の夕刻を没めよ」
その刹那、彼方此方から飛びし幾千数多の矢。或いは礫、或いは弾の迅くよ。然れども狩人共の黒き眼に、紅一点の如く火影がいずる。その火種、燻り僅かの間に火柱の如く騎乗の狩人狂わしむ。白馬も同じく狂いにひたぶりて嘶く。
人馬もんどり打つ近くに赤めくらの山犬。四方の狩人に喰らい掛かる阿鼻叫喚、殊に羽ばたきの音に身をふるわし戦慄かす。尾を隠し、耳横垂れども逃げ場なし。鳳が嘴打つたびそれが見えぬども眼前の恐ろしさを解す。やがて人馬が木偶と化し地に臥す僅かな間に、鳳、山犬の鼻先にぞ舞い佇む。山犬共、咽喉を震わし助力を乞う。しかし、何も助けに入ぬことやむ得なし。
鳳の劫火、更に業火。
- 地震雲はおおぞらの亀裂。地震は地盤が移動しているのではなく地球が割れているからなどをモチャモチャ幻想的にしたもの。
- 参考資料はWIKIの地球空洞説と、エヴァまごころを君に、あさき「まほろば教」(あさきについては、参照すると、余計わけがわからなくなる可能性があるので注意)。
- アンカー計画は「イギリスの植民地時代のインドでは、ラト・ヤートラー「山車の行進」に際して狂信的ヒンドゥー教徒が救済を求めてジャガンナート像を載せた山車の車輪の下に身を投げた」の意味がある。要するに、下の世界に報告書をぶん投げたということですね。
- アンカーの意味は、碇シンジ。初号機が量産機に上空に持ち上げられたとき、生命の木が浮かび上がる。あやかってアンカーと名付けた。
- 設定が壮大だといわれるが、元々001JP用に考えていたオブジェクト。幾つもある001JPより、たったひとつの番号が欲しくなって、654を選んだ。
- ナンバー654JPは、アルファベットの数にも対応している。6(F)5(E)4(D)3(C)2(B)1(A)。
- F世界で654JPが活性化するのは、21██年頃である。
- 全ての世界は、B→C→D→E→F世界と同じ順序をたどっている。
- F層で破壊が止まるとは一言も記していない。
- F層にはSCP-654-JP-1は存在しない。
Anomalousアイテム
説明: 「空が罅割れている」等と称される異常空間。異常空間範囲内で上空を見上げた場合のみ、異常性を確認することができる。軽度の高所恐怖症を発症させる。
回収日: 20██年██月██日
回収場所: ██県███市██山の中腹に建設された礼拝堂
現状: 警備員を配置し監視。
- SCP-248-JP
- SCP-320-JP
- SCP-468-JP
- SCP-437-JP
- SCP-352-JP
- SCP-813-JP
- SCP-384-JP
- SCP-382-JP
- SCP-654-JPナビゲータ
- SCP-654-JP
- SCP-570-JP
- SCP-385-JP
- SCP-57577-JP-J
- SCP-707-JP
- SCP-542-JP
- SCP-810-JP
アイテム番号: SCP-248-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-248-JP-1はサイト-8017の収容ロッカーに保管されています。SCP-248-JP-2はポリタンクに詰めた状態でサイト-8181内の冷蔵庫に保管されています。冷凍庫の室温は摂氏-15℃を維持、凍結した状態を保ってください。
概要: SCP-248-JP-1は「アンチマヨネーゼ!」とタイトルされた製作会社及び出演者不明のDVDです。DVDは寸法135mm×190mm×15mmのトールケース型パッケージで、表紙には一般的なチューブ型容器のマヨネーズに大きな赤い×印のイラストが描かれています。SCP-248-JP-1の容量は4438MBで、133分間映像を再生することが可能ですが、再生時間は32:14程度で大幅な空き容量があります。DVDの内容は、白無地の空間に人間のシルエットだけが撮影され、3名の人物が身振り手振りで発言を行います(詳細は「アンチマヨネーゼ!」-音声ログを参照)。
SCP-248-JP-1を人間が視聴し、マヨネーズを摂取するとSCP-248-JP-2へ変化することが判明しています。Dクラスを使った実験により、音声のみの視聴は活性化の影響はありませんが、無音状態の視聴でもSCP-248-JP-2へ変化することが判明しています。途中視聴・中断した場合でも活性化の影響を受け、SCP-248-JP-2へ変化した人間はこれまで元に戻った例はありません。
SCP-248-JP-2はマヨネーズへ変化した人間です。SCP-248-JP-1の視聴後、マヨネーズを摂食した瞬間、視聴者の肉体は重力に関係なく50cmほど浮上、直径約3mの円を描き、高速で回転します。回転は2時間かけて行なわれ、視聴者はSCP-248-JP-2の実例となります。SCP-248-JP-2の成分と見た目は摂取したマヨネーズに依存し、総量は視聴者の体重と同量分のマヨネーズが生成されます。SCP-248-JP-2には発話能力があり、Dクラス職員を用いた実験では、変化する前の意識や記憶を所持しており、SCP-248-JP-2をそれぞれ個別に分離した場合、分割した分だけ視聴者の人格が存在し個別に記憶や意識を有していることが判明しています。
SCP-248-JP-2は他者が摂食しても肉体的な害はありませんが、消化サイクル中、便となって排出するまでの間、視聴者の声が体内から発せられます。この時摂食者の体内に存在するSCP-248-JP-2は、主に精神的な消化される苦痛を摂食者に訴えます。なお、SCP-248-JP-2を食した摂食者の便の成分を調査した結果、異常な成分は検出されませんでした。SCP-248-JP-2は摂食よる消化以外に消費する方法はありません。詳細はSCP-248-JP-実験ログ-1を参照してください。
SCP-248-JP-1の内容をDクラス職員による情報を元にジェスチャーと音声を文章化し一部抜粋したものです。
00:03~ [役者Aがお辞儀をした後、発言をする]
役者A: 全くマヨネーズというものは糖分がないことだけはせめての救いなのだろう。それ以外の救いは原料に酢があり、夏場でも常温で放置できることぐらいだ。酢、卵、油それぞれ三個体嫌いではないのに三つ巴になった瞬間、三位一体の嫌悪感! 半固形であることが災いしてか、様々な食材に使用され過ぎている! お好み焼き! たこ焼き! マヨネーズが嫌いにも関わらずセルフサービスの如くかけられるあの液体! おぞましいことだ! 味覚が馬鹿になる! 油をそのまま飲んだ方が健康的だ。一言でも嫌いといえば怪訝な顔をされる! 好きで当たり前、嫌いがイレギュラーの如き扱いだ! だが! 言わせてもらおう! 少数ながらにあの卵色を嫌悪している存在がいることを!
15:43~ [役者Aがおよそ15分間罵倒を続けたところで、役者Bが登場する]
役者B: わしの子供の頃はマヨネーズなんて食べ物はなかったよ。だが今はどうだ。唐揚げにマヨネーズをつけて食べるどころか、マヨネーズに唐揚げをつけるという現象が一部の熱狂者が行なっている有様だ。わしもな、本格的にマヨネーズが嫌いだと証明するために世界中のマヨネーズを吟味した。ウズラ味、トマト味、明太子……全総額はどれほどかわからんが、嫌いであることに違いはない。うっ……!
[役者Bが倒れる。役者Aが近寄り声をかける]
役者A: おじいさん! おじいさん!
役者B: ああ、とうとうお迎えが。最後に頼みがある若いの…最後の晩餐にクソ憎たらしいクソ赤キャップのクソ悪魔のクソマヨネーズを持ってきてくれ……。
役者A: じいさん、わかった!
[役者Aはあらかじめ用意されていたマヨネーズを役者Bに渡す。役者Bは震える手でキャップを空け、一気に吸い込んだ]
役者A: じいさん何やってんだ、こんな、こんな…!
役者B: 慌てるな、若いの。今際の際でわかったことがある。やはり……マヨネーズは、まずい……。
役者A:じいさん……。
[動かなくなった役者Bを役者Cが画面上に連れ出した後、役者Cが画面に現れる]
役者C: 絶望、しているのかい?
役者A: あんたは、誰……いや、そんなことはどうでもいい。俺は今、たった今同志を失ったんだ。
役者C:……人は死ぬ定めだ。ところで、きみはパンが好きだったね?
役者A: ああ。好きだ。照り焼きバーガー、焼きそばパン、カツサンド、好きだったさ。だけどな、お惣菜パンは、今はマヨネーズの温床さ。成分表確認しても、「オリジナルソース」「オリジナルドレッシング」という言葉に騙される。ただのマヨネーズじゃないか! 半カロリー? だから何だ、俺はその液体を避けたいだけなのに!
役者C: 君には悪いけど……最近じゃカレーパンにもマヨネーズの存在が確認されていることを知っているかい?
役者A: うそ……だ、あの聖域が!? うそつくんじゃねえ! 信じられるか!
役者C: 悪いけど事実さ。それだけじゃないよ、マヨネーズにはね、砂糖との相性の良さも確認されている。極一部に限定されるが砂糖を塗して食していることすらある。ケーキやクッキーのバター代わりに使用されてさえもいるんだ。今じゃゲテモノだろうが、そのうちメロンパンも侵食されるかもしれない。きみが唯一安心して食べられるパンはもう……あれしかないのさ。分かるよね?
役者A: ……あんパン……。
20:23~ [マヨネーズに対する罵倒が32:14まで繰り返される。]
ログ終了
SCP-248-JP-実験ログ-1
このログはSCP-248-JP-1の影響を受けてSCP-248-JP-2に変質したDクラス(D-27)を人体による効果を調査するため、Dクラス職員(D-40)に摂食させ、消化プロセスに伴い断続的に記録されたものです。D-40は生野菜(キャベツ・人参)にSCP-248-JP-2を付着させ摂食及び消費しました。
初期通過部位:咥内~胃にかけて
D-40: ……いただきます。
[D-40の咀嚼に合わせて咥内から歪んだD-27の音声が聞こえる]
D-27: うわぁもうやめてくれやめてくれほんっとうやめてくれ、歯がギロチンのように落ちる唾液が食道がわかるみえる体中まとわりつくにくにくにくが! ああああ!胃液が俺の身体が伸びる伸びる!わかれておれがふえる!くっついておれがもどる!こまかくなって!オレがおれおぁぁぁあああああああ!ああ!にくのかべがあるにくのかべがある!にくのかべ![中略]
中期通過部位:胃~小腸にかけて
D-27: おれがなにをしたなにをしたんだよただひとをころしただけじゃないかなぜこんなめにおれがあっているんだせまいせまいせまいせまいよせまいくらいくらいくらいこわいもうやめてやめてやめてくれよぉ!おれのまわりにあるおおきな蛇みたいなけっかんがどくどく脈打つ!人肌の温度でたすけてくれええ![中略]
[専門医の見解では数時間でD-27は閉所及び暗所恐怖症を発症したものと考察されている]
後期通過部位:小腸から大腸にかけて
D-27: めのまえがにくより柔らかいものにつつまれているおれをつつんでいるこわいこわいこわいよ、こわいよおおお! おれがとおったところからえきたいがごろごろせまってくるいやだいやだいやだあれは糞だ!たすけてくれたすけてくれ![中略]
[D-40は体調不良による下痢の症状が確認された。体調不良の原因はSCP-248-JP-2の摂食によるストレスだと推測されている]
末期通過部位:大腸から排出にかけて
D-27: とけるとけるとける!とけるとける!おれがのびるおれがのびる動く速いかべがおれをおしのけるはやくなるうごきがはやくなる酸が降りかかるで、出出出でででで…で、出とととと
[D-27の音声はここで途切れた。D-40の肛門から便が排出されたことが原因だと判明。D-40の排出物を回収し、検分した結果便には何の異常は発見されなかった。排出物からD-27の音声が確認されないことから、消滅或いは死亡したものだと仮定された。]
実験終了
実験終了-事件1- SCP-248-JP
実験終了後、収容違反が発覚しました。実験で使用したSCP-248-JP-2(D-27)が一滴ほど机に付着しており、それを拭ったティッシュを焼却炉へ、SCP-248-JP-2(D-27)がおよそ2g付着している食器を洗浄し、それぞれ処分しました。後に焼却炉の煙からD-27と思わしき声が空中を霧散し、洗浄処分されたSCP-248-JP-2(D-27)は下水中に廃棄され、双方は現在、世界中を循環しているものと考えられています。現在SCP-248-JP-2(D-27)の回収を実施していますが成功していません。
アイテム番号: SCP-320-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-320-JPはサイト-8123内の低危険性物体保管ユニットに保管されています。オブジェクトの持ち出しは禁止されています。SCP-320-JPのミーム汚染の影響を受けた職員はクラスD記憶処置を実施してください。
概要: SCP-320-JPは████社から製造及び販売された一般的な一本の杖です。長さ90cm、重量270g。素材はブナの木で製作されており、異常性を持つオブジェクトはSCP-320-JPのみで、他同商品に異常な性質は発見されませんでした。
SCP-320-JPは201█年、栃木県██市に営業している福祉老人施設██で発見されました。SCP-320-JPの所持者は当時90歳の男性入居者で、凡そ6年前から老人ホームに入居していました。しかし異常が確認される1年前から男性の評価が著しく変化し、他入居者の心理変化が認められるようになりました。主に、男性を「仙人の生まれ変わり」と評する、貴重品を譲渡するといった行動が施設ホームで頻繁に確認されています。施設に2年前から偽装潜入していたエージェントがオブジェクトの異常性を看破した後、押収しました。エージェントの調べでは男性の杖の購入理由は加齢からくる筋肉の衰えで、主に歩行目的で使用していました。杖を購入したのは男性の親族で、異変が確認され始めた一年前にプレゼントされたことが判明しています。エージェントはSCP-320-JPを回収し、男性及び施設関係者に記憶処置を実施した後、同品の歩行杖を男性に提供しました。
SCP-320-JPはミーム汚染を持ち人間が所持した場合のみ活性化します。SCP-320-JPを所持した状態を目撃した第三者は、所持者に好意的な気持ちを抱き、積極的に所持者の助けになりたいと考えます。杖を所有した状態のものであれば写真や映像でも効果があり、汚染状態が進行します。
初期症状では親切な態度を取る、歩行時に問題やトラブルかないか注視する程度ですが、所有者を目撃する回数、共有時間が増加するにつれて指数関数的に心理状態が重度化します。症状が進行すると所有者をほとんど崇拝に近い形で賛美します。末期状態で感染者は自身の肉体の一部を提供する、所有者の反応を顧みない一方的な好意を行う為、大変危険な状態となります。Dクラス職員を使った実験で、ミーム汚染を受けた職員は所有者が重犯罪者であるにも関わらず、好意的に受け止め賛美しました。汚染影響で最も特徴的なのは、本来の性格や犯罪の事実の無視、所有者を庇護下に置き自身が出来うる限りの親切を行う、所有者に身体的障害がないにも関わらず不自由があるように認識し始める点です。前提として所有者を身障者や怪我人のように捉えており、40時間以上所有者と接すると取り返しのつかないところまで病状が進行します。重症化した感染者は記憶処置を施すことでオブジェクトの影響から脱することが可能ですが、SCP-320-JPを所持した状態の所有者をもう一度目撃した場合、急激に深刻な末期症状となり[削除済]。
尚、所持者である男性周囲で末期症状が確認されなかったのは、福祉施設における環境ゆえであると想定されています。当時男性が入居していた施設では運動と外出の機会が少なく転倒防止を防ぐため、施設内でも車椅子による移動の推奨と、他施設と比較してバリアフリーの徹底が施されていました。実際施設では安全面を売りにし、良質な生活環境を整えていました。このことから男性はオブジェクトを使用する機会が少なかったと推定されています。
実験記録ログ- SCP-320-JP-1
この実験はSCP-320-JPの効果を調査するため実施されたものです。SCP-320-JPの所持者としてD-735、感染者D-87として実験に参加させました。オブジェクトの効果を確認するため、同室に72時間待機させました。およそ41時間経過したところで、D-87に異変が確認されました。収容室にマイクが設置されており、████博士は収容室のDクラスの応答に反応しました。
<ログ開始>
D-87: なあ、博士、博士、聞いてくれよ。
████博士: ……何でしょうか?
D-87: 博士、その、Dクラスってのは……要は使い捨てみたいなもんなんだろう……?
████博士: 最低限の命は保証します。無意味に人員を削減しません。
D-87: 博士、俺はどうしようもねえクズだけどさ、こいつだけは……こいつだけはどうか助けてやってくんねえかなあ?
████博士: D-735のことでしょうか? 私にはそのような権限はありません、そうしてあなたが助けを乞うたところで無意味だと伝えておきます。
D-87: こいつはすっげぇ良い奴なんだよ、きっと犯罪犯してしまったのも何かの間違いに違いねぇ。ただ横にいるだけでわかるんだ。きっとD-735は嵌められて……誰かを庇っているに違いないんだ。冤罪なんだよ、悪いことするわけないんだ。
████博士: D-735の罪科は連続婦女暴行殺人……証拠もきちんと揃っており、どれだけ肩をもっても言い逃れのできない状態でした。中には未成年者が……█歳から8█歳の女性を虐げてきたのです。不本意の妊娠もあります。あなたはどうして、そう思うのでしょうか?
D-87: 馬鹿だな、博士。良い人ってのは理屈じゃないんだよ。こいつは純粋なんだ。暴行が何だよ、どうせ、女側の被害妄想みたいなもんだろう。こいつの赤ちゃん産まなくちゃ! きっと良い子が生まれるんだろうな。こいつは……心が清らかで、きっと神様の生まれ変わりに違いないんだ。だからさあ!博士!
[D-87は駆け出し、収容室のドアを殴る]
D-87: D-735は身体も悪いんだ、こんな可哀想なことがあるかよ!
████博士: D-735は至って健康的です。障害の有無は認められませんが……?
D-87: あいつは杖を持っているだろう!!
████博士: 杖を持っているだけです。
D-87: あぁ、うるせえ……見た目は普通の人と変わらねえが、見て分からない障害なんだよ。辛いよな、見た目は普通なのに理解してもらえないのは……痛いとも言わないし、不平もいってないし偉いよ本当。……なあ、博士、なぁ博士! 博士、俺がこいつの身代わりになってやるよ! 任期終わったあとは俺の全財産をこいつにあげるんだ……! 根が良い奴だから社会復帰もできる!博士、なあ、こいつは人間なんだよ!純粋な!神様みたいな奴なんだ!そんな奴を殺してしまうのは間違いだと思うだろう!なあ、なあ、なあってば!おい、博士ぇ、博士ー!
[D-87は数十分間ドアを殴り続けた。この時点で████博士は警備員を呼び寄せ、警戒態勢を敷く。ドアは破壊されなかったが、収容室から更なる異変が起きた]
D-87: ……どうしたんだ、D-735。お腹すいたのか、すまねえが昼飯さっき食べちゃったしなあ。何もねえな、そうだ、これなんてどうだ。食べてくれよ。
[D-735の悲鳴と物音。それに混じって湿っぽい音が響く]
D-735: は、はかせえ! 博士、D-87が、あああ、こいつやべえ! うわぁ……誰かきてくれ!気持ち悪いんだよ!! こっちに、くるなあぁあ!
[この時点で警備員が収容室に突撃した。収容室ではSCP-320-JPを放り投げたD-735と、昼食時に使用したスプーンを使って自身の眼球を抉り、D-735の口に無理矢理詰め込むD-87の姿があった]
D-735:[嘔吐及び嗚咽]
D-87: ああ、すまねえすまねえ。これやるから、さ、ね?
[D-87は自身の歯を抜き、押し付ける。D-735が錯乱し暴れる度に爪、舌、毛髪を提供し続けていた]
<ログ終了>
実験を中止し、D-735とD-87を個別の部屋に移動途中、D-87は自身の皮膚を剥がし、D-735の元へ駆け寄ろうとした。[削除済]の為、D-87は警備員によって終了させられました。D-87の暴走の理由はD-735が自身の吐瀉物によりユニフォームが汚れていました。それを綺麗にするために自身の皮膚を剥いだものだと考えられます。D-87のユニフォームもD-735と同様に清潔な状態ではありませんでした。
SCP-320-JP-補遺-A
SCP-320-JPを押収から█周間後、老人ホームで元所持者である男性が殺害された事が判明しました。男性は入居者数名による暴行で死亡しており、加害者側の主張によれば「男性に全財産を奪われた」、「騙された」と発言しています。警察の事後調査で男性の預金通帳は膨大な数値となっており、加害者側の主張を裏付ける内容となっています。この事件はSCP-320-JPの直接的な影響ではなく、SCP-320-JPを損失したことによる二次的な事件だと推測されています。
アイテム番号: SCP-468-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-468-JPはサイト-8102の収容ケージ内に収容しています。SCP-468-JPに接触する職員はセキュリティレベル3以上の職員の許可と、人選を行なった上でオブジェクトの接触が許可されます。SCP-468-JPの要求に対応する職員には、カフェインを含む興奮剤が支給されます。SCP-468-JPの要求期間を超過した元指名者には、定期的な監視を行なって下さい。元指名者を他オブジェクトの実験で使用する場合、セキュリティレベル4の職員の許可を得た上で参加させてください。
説明: SCP-468-JPは全長40cm、体重450g、メスのモリフクロウ(学名:Strixaluco)の屍骸です。SCP-468-JPは生物学的に死亡していますが、通常のモリフクロウと同様に行動する事が可能です。しかしSCP-468-JPの活動範囲は非常に狭く、首を傾げる・嘴で突く程度の動作しか行いません。飛行行為を一切見せないことから翼の損傷が指摘されていますが、SCP-468-JPに触れることはオブジェクトの「要求」の対象に含まれるため、詳しい調査は実行されません。SCP-468-JPの肉体は時間経過による腐敗や損傷が確認されておらず、恒久的に存在し続けるものだと推測されています。
SCP-468-JPは通常のフクロウに見られない発話能力と要求が確認されています。SCP-468-JPは物理接触した人間(以下、指名者)に自身を撫でるよう指名し、要求を開始します。SCP-468-JPに複数の人間(以下、複数指名者)が物理接触した場合、ランダムに指名し、要求します。SCP-468-JPは自身の身体に接触した人物の身体的特徴を述べ、接触者が自己紹介をすれば個人名を呼んで指名する事から、ある程度の知性を有していると判断されています。なお、手袋の装着・肉体の一部が接触した場合でも、SCP-468-JPの要求対象に含まれます。
SCP-468-JPに指名された指名者は、オブジェクトが満足するまで撫で続けなくてはいけません。SCP-468-JPは満足時、「もういいよ」(以下、終了宣言)と発言しますが、それは一時的な要求の中断でしかありません。SCP-468-JPの一度の要求所要時間は10秒~32時間と大きなばらつきがあります。極端な要求時間の実例として、1名のDクラス職員に対し、最低時間の要求を5時間に渡り連続指名した例や、一度の要求で20時間以上終了宣言がなされなかった例があります。SCP-468-JPの要求のタイミングや所要時間はランダムで予測がつけられず、相手の状況を考慮しない一方的なものですが、強制力はなく容易に拒絶する事が可能です。しかしSCP-468-JPの要求に指名された人物が、要求に応じない・勝手な中断を行なう等の行動を取った場合、オブジェクトは40秒以内に、指名者の首を不可視な物理能力で横向きに360°回転させ、頚椎骨折で殺害します。なお、SCP-468-JPに危害を加えようとした人物は、全身を[編集済]。
SCP-468-JPの要求は15日の要求期間があることが判明しています。この要求期間は上述した要求時間とは異なり、これまで指名した人間に「ありがとう」と発言(以下、完全終了宣言)し、二度と指名することはありません。完全終了宣言を受けた元指名者には、ある特異な能力が備わることが判明しています。SCP-468-JPから完全終了宣言を受けた元指名者は、物理的損傷・生命危機といった場面に直面したとき、非常に高い確率で回避することが可能です。SCP-468-JPには確立操作、あるいは現実改変能力に酷似した能力(以下、追加効果)を元指名者に付加していると推測されています。
SCP-468-JPの追加効果の発見経緯となったのは、オブジェクトから完全終了宣言を受けたDクラス職員(D-987)の周囲で起こる異常現象がきっかけでした。D-987はSCP-468-JP 以外にSCP-███-JPや、SCP-███-JPといった、危険性と死亡率が高い実験に参加していましたが、機材の不調等による実験の中止・オブジェクト不活性による実験の中断といった理由で、SCP-███-JP及びSCP-███-JPに接触していません。これまでSCP-468-JPに対応したDクラス職員は██名にのぼり、そのうち5名2が要求期間を超過し、生存しました。元指名者の内3名はサイト-81██内に拘留していますが、残り2名は追加効果の限界の確認のため、終了しています。SCP-468-JPの追加効果は、あらゆる外的要因や偶発性を排除した場合のみ殺害行為が可能だということが判明しました。このことから、SCP-468-JPの追加効果には限界があると証明されています。
SCP-468-JP-映像ログ
状況: 映像ログはサイト-8102で記録されたものです。SCP-468-JPが生存者に与える能力の実験のため、Dクラス職員が投入されました。なお、円滑にSCP-468-JPの対応をするため、全てのDクラス職員はオブジェクトに自己紹介を済ませています。
<映像ログ開始>
SCP-468-JP: ねえー、蘭さん、蘭さん、なでなでしてぇ!
[SCP-468-JPに指名された蘭(D-655)は、オブジェクトの要求に応じない。D-655はこれまで20秒の指名と要求を繰り返している。1分間隔内に指名され続けており、D-655は連続する要求に怒りをあらわにしていた。指名から10秒を経過した時点で、D-655に監視員が強い口調で要求に応じるように命令。実験室には監視カメラが設置されている。D-655は監視員の言葉を無視した7秒経過後、D-655の首が音を立てて回る。D-655は頚椎骨折により終了。死体は後に回収された。]
SCP-468-JP: 真崎さん、真崎さん、なでなでしてぇ!撫でて!
[D-655が終了してから12秒後、SCP-468-JPは真崎(D-23)を指名、要求を開始する。D-23は要求に応じるがSCP-468-JPに対して極度の恐怖を抱いていることが、監視員より確認された。]
SCP-468-JP: なでなでして!真崎さぁん!
[SCP-468-JPの終了宣言から約30秒後、再びD-23を指名。D-23はSCP-468-JPの要求に応じるも、極度に体力を消耗しており要求の中断が予想された。しかしD-23はおよそ20時間、SCP-468-JPが終了宣言を発言するまで対応した。D-23の過度の疲労はSCP-468-JPに対する恐怖によるものだと指摘されている。]
SCP-468-JP: ねえねえ、なでなでして! 真崎さん、なでて~、なでて~!
[二度目の終了宣言から3時間後、D-23に再要求。D-23は深い睡眠状態にあり、他のDクラス職員がD-23を覚醒させようするも覚醒しない。支給されていたアンフェタミンを他Dクラス職員が投与したが、効果はなかった。D-23の腕をDクラス職員が掴み、SCP-468-JPの頭を撫でさせるが、指名開始から37秒後、D-23の首が横向きに回り、頚椎骨折により終了した。]
SCP-468-JP: ねえねえ、なでなでして!なでて!なでて! 卯月さん、なでて~。
[SCP-468-JPは卯月(D-876)に要求と指名を開始する。D-876は恐怖の表情を浮かべながらも即座に応じる。その間、終了したDクラス職員を回収した。D-876は15日の要求期間を迎えており、SCP-468-JPから生存することが予想された。SCP-468-JPは32分後に終了宣言と、完全終了宣言を発言した。]
SCP-468-JP: もういいよ! ありがとうね。
<映像ログ終了>
事後報告: D-876がSCP-468-JPの要求に応じた総時間は、72時間23分。D-876を収容室から引き上げさせ、オブジェクトの持つ追加効果の確認のため、本実験を開始した。D-876を拘束し、精密射撃による銃撃を開始したところ、6発目にて頭部に命中。終了が確認された。SCP-468-JPの追加効果には限界があることが判明した。
アイテム番号: SCP-437-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-437-JPはサイト-8123内の低危険性物体保管ユニットの耐震構造を施した収容ロッカーに保管します。SCP-437-JPはシーツを被せ、鏡面が後ろ向きになるように保管して下さい。
説明: SCP-437-JPは幅70cm、縦180cm、外枠はプラスチックで作製され、裏面はベニヤ板で補正された壁掛け型の姿見です。SCP-437-JPが異常性を持つのは鏡面のみで、それ以外の部品は特異性を有していません。
SCP-437-JPは鏡面に人間の全身が投影した対象(以下、SCP-437-JP-A)に、進行性の精神異常を発症させます。SCP-437-JPの範囲は鏡面の向き半径180°、距離30mに限定されており、範囲内にいるSCP-437-JP-AはSCP-437-JPに自身が投影していることに認知していない状況や、足や指先等の一部分が投影した場合でも無意識のうちにオブジェクトの正面1m内に接近し、全身を投影します。SCP-437-JPの鏡面に布や遮蔽物を設置した場合、オブジェクトの異常性を受けることはありません。
初期症状では頭髪を整える・襟を正す等の一般的な行動を取ったあとに、オブジェクトから離れることが可能です。しかしSCP-437-JP-Aがどのような精神状態や危機的状況であっても同様の行動を取る事が確認されており、Dクラス職員を用いた実験では、銃口を向けた緊迫した状態でも襟を正し、アンフェタミン等の興奮剤を過剰投与させた場合でも、頭髪を丁寧に整える動作を見せました。
投影時間が32時間を経過する頃にSCP-437-JP-Aは中期症状を迎えます。SCP-437-JP-AはSCP-437-JPの前に居座り、長時間掛け身だしなみを整えるようになります。特筆すべきは、一度完成した化粧や髪形を些細な出来事で「化粧が崩れた」、「髪型がまとまらない」などの理由を述べ最初からやり直すことです。自然、SCP-437-JP-Aの投影時間が増加し、精神状態が末期状態まで進行します。SCP-437-JP-Aは自主的にSCP-437-JPから離れることはありませんが、オブジェクトの前から離れるように強く命令されれば一時的にその場から退くことが確認されています。SCP-437-JPをSCP-437-JP-Aから完全に撤去した場合、食事や休憩を一切摂ることなく、オブジェクトを捜索し続けます。
投影時間が43時間経過する頃にSCP-437-JP-Aは末期症状を迎え、異常行動を開始します。SCP-437-JP-Aの主な異常行動は自身の皮膚を「衣服」のように認識するようになり、全身を清潔な状態にした後、除毛を開始します。次に、自身の皮膚にナイフや鋏といった鋭利な道具を用いて自傷行為を開始します。自傷行為の最中のSCP-437-JP-Aは、正常な苦痛と反応を見せますが、「美しくなるために、痛みを伴うのは当たり前」、「我慢なくて美はなりたたない」等といった言葉を自身に言い聞かせ、行動を中止することはありません。
SCP-437-JP-Aにより剥がされた皮膚は、衣服や装飾品を作成するために使用します。「服」を作成したSCP-437-JP-Aは、自作の「服」を身につけSCP-437-JPの前に立ち、死亡するまで様々なポージングを開始します。
SCP-437-JP作成リスト
作成物 | 詳細 |
マフラー | 長さ15cm程度。頸部から鎖骨部位の皮膚で作成。 |
シャツ | Vカットされた襟口とタートルネックのシャツ。血液によるイラスト付き。 |
パーカー | 頭部及び顔面全体の皮膚を使用したファー付きフード。ファーは毛髪を使用。 |
ブラウス | 襟とボタン穴つきの服。ボタンは爪を使用。 |
スカート | 膝丈の長さのタイトスカート。 |
ズボン | ベルト穴・ポケット付き。ファスナーの凹凸は歯で再現。 |
網タイツ | 下腹部から足の裏に至る皮膚で作成。 |
靴下 | 五本指と指なしのタイプ。長さは七分丈と一分丈(踝程度の長さ)。 |
着物 | 鎖骨から膝の皮膚を用いて作成。袂及び帯は未完成 。 |
ドレス | ワンピース型のドレス。毛髪によるレース等の装飾付き。 |
手袋 | 八分丈のロング手袋。爪の部位は切除。指の末端は補修されている。 |
アイテム番号: SCP-352-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-352-JPはサイト-8122の収容ロッカーに保管されています。SCP-352-JPの実験は中止されています。
説明: SCP-352-JPは胴径92mm・全長100mm・重量576g5██.█gで無色、ガラス製の保存瓶です。SCP-352-JPには「猫だけがある」と文字が印刷された、異常性のない一般的な白無地のラベルが貼り付けられています。SCP-352-JPの製造社及び販売元は明らかになっていません。
SCP-352-JPは人間が開封すると異常性が発揮されます。開封前(以下、非活性状態)のSCP-352-JPは空のガラス瓶ですが、開封するとSCP-352-JP-1が、内部に出現した“ように見え”ます(以下、満杯状態)。開封したSCP-352-JPからSCP-352-JP-1を取り出すと、減少した錠剤数を補充した“ように見せ”ます(以下、補充活動)。再封をするとSCP-352-JPは満杯状態を装いますが、1時間を超過した時点でSCP-352-JP-1を消失させ、非活性状態へ戻ります。なお、SCP-352-JP-1が消失したSCP-352-JPに重量的な変動がみられなかったことから、非活性状態の容器内にSCP-352-JP-1は観測上実在していることが証明されています。
SCP-352-JP-1は素錠、またはコーティング錠の識別番号が刻印されていない、200粒の白色の錠剤です。主成分は澱粉及びブドウ糖が使用されているにも関わらず0カロリーであり、エネルギー消費における働きはありません。
SCP-352-JP-1を人間が服用すると(以下、服用者)、ある感覚的な異常を及ぼします(以下、チェシャ猫病)。チェシャ猫病の症状はAIWS(アリス症候群)に類似した感覚異常が主ですが、ウィルス感染における脳炎・癲癇・統合失調症等、病歴の有無に関係なく影響を及ぼすものであり、SCP-352-JP-1独特の固有症状だと判明しています。チェシャ猫病は、身体上明らかな欠損や死亡が生じない限り観測できない上に、圧迫感や嫌悪感等が自覚されるのみですが、幻肢や虚偽性障害とは異なります(詳細はSCP-352-JP-1-症例リストと補遺-1を参照)。なお、SCP-352-JP-1の症例は65種類ほど確認されていますが、SCP-352-JP-1の服用数を増やしても、一人につき1種類の症例しか現れません。
症状箇所 | 詳細 |
右手(右手全体が徐々に肥大化していくような感覚) | Dクラス職員の右の親指を外科手術で切断、右親指は約██倍に肥大していた。右手首を切断すると同様の症状が確認できた。 |
左手(左手全体が徐々に液体になる感覚) | Dクラス職員の左の小指を外科手術で切断、左小指は筋骨格が液状となっていた。左手首を切断すると同様の症状が確認できた。指・手首共に血管・骨・神経に異常なし。 |
脳(脳がとけていくような感覚) | Dクラス職員の頭蓋を外科手術で切開したが、異常性は見られなかった。Dクラス職員を終了したところ、左脳と右脳が約██cmほど縮小、脳の全体約50%が融解していた。 |
両目(距離における異常感覚) | Dクラス職員の右目を外科手術で取り出すと、右眼球に異常な縮小が確認された。Dクラス職員を終了したところ、左目の異常性が確認できた。左眼球はおおよそ6倍に肥大していた。 |
両足(体が大きくなったような感覚) | Dクラス職員の右脚部を外科手術で切断、右脚部は7倍に肥大し、直径██mを超していた。Dクラス職員を終了したところ、左脚部に同様の症状が確認された。 |
補遺-1: 実験初期SCP-352-JP-1は服用者に精神的な影響を与えるオブジェクトだと考えられていましたが、接触者が死亡、あるいは該当箇所を切断した場合のみ、末期的な症状が確認する事ができました。留意すべき点として、服用者が症状を訴えた瞬間、即座に終了及び切断した場合でも、肉体的初期変異を一切確認することが出来ませんでした。しかし繰り返し実験を行なうことで、SCP-352-JPの大まかな特性が明らかになりました。
SCP-352-JP及びSCP-352-JP-1は、“過程”と“経過”の観測が不可能、或いは極めて困難で、服用者の身体を欠損・死亡した場合のみ、“結果”(末期的症状)が具現化するものだと推測されています。具現化した理由は、その肉体が過程と経過の蓄積に限界がある状態となったため、結果が出現するものと結論づけられています。
総合的にSCP-352-JP及びSCP-352-JP-1の特性は、「結果のみが具現化する特性」、「これまで確認されていない肉体的変異を及ぼす錠剤」と説明することが可能です。しかしSCP-352-JPには、局所的な経年時間の加速・未確認の認識障害・現実改変能力等が指摘されていますが、SCP-352-JPの重量を測定した結果、これまで実験で消費した分の質量(実験ではおよそ██粒消費・1粒につき█.█g)の正常な減少が確認されました。3予想では、SCP-352-JP-1を全消費した場合、空の容器のみが残るものと考えられていますが、オブジェクト保存のため実験は中止されています。
アイテム番号: SCP-813-JP
オブジェクトクラス: Safe Euclid
特別収容プロトコル: SCP-813-JPはサイト-81██の10m×10m×10mの収容室に保管されています。収容室には監視カメラを設置し、男性の姿が発見された場合、担当職員に即座に報告を行なってください。収容室にはSCP-813-JP-1の出現範囲が区別できるよう、オブジェクトから4m離れた場所に目印を設置してください。SCP-813-JPの実験に参加する職員はDクラス職員に限定されます。Dクラス職員は事前に精神テスト及び幼少期から青年期の経験についてインタビューを実施、重大な危険行動に出る可能性の少ない職員を実験に参加させてください。
追記: SCP-813-JP収容室の半径30mはネットワーク環境を遮断し、隔離した状態を維持、外部と連絡が可能な機材を持ち込むことは禁止されています。SCP-813-JP収容室から30m以内に存在する職員は、決して願望を言語化しないでください。詳細は収容違反-SCP-813-JPを参照にしてください。
説明: SCP-813-JPは全長160mm・底幅110mm・重量860g、ボーカル用マイクと卓上マイクスタントの2点からなるオブジェクトです。双方のボディには販売社名及び製造番号等の表記がありません。マイクとマイクスタンドは未知の力で一体化しており、いかなる手段をもっても別々に分離することはできません。マイクには電池挿入口が設けられていますが、X線等による検査の結果、内部に電池が存在していないことが判明しています。
SCP-813-JPは人間が半径3m以内(以下、範囲内)に接近すると異常性が発揮、活性化します。活性化の際、スライド式スイッチがOFFからON状態になり、SCP-813-JP-1が出現します。この時、範囲外への移動・拒絶した態度・日本語以外の返答・質問の無視等の行動を取ると、SCP-813-JPのスイッチが自動的にOFFになり、SCP-813-JP-1が接触を中断し、不活性状態へ戻ります。なお、不活性状態の条件を満たした人間、SCP-813-JP-1のアドバイスを一度受けた人物が、再度SCP-813-JPの範囲内に接近しても活性化することなく、事実上SCP-813-JPは無害な状態になります。 SCP-813-JP-1が出現しないことが後に判明しました。
SCP-813-JP-1はSCP-813-JPが活性化時、オブジェクト付近に存在していると推測される、知性をもった男性の声です。SCP-813-JP-1の音声は、人間がマイクを使用したときに一般的に見られる音声変化を伴っており、その声量は基本約65dB程度です。SCP-813-JP-1の音声は録音機器で問題なく録音することが可能ですが、活性・不活性時に関係なくSCP-813-JPを写真・ビデオ等の映像媒体で撮影した場合、極稀に東洋人系の外見的特徴を有したスーツ姿の成人男性が、映像に映りこんでいることがあります。SCP-813-JPをサーモグラフィによる画像診断を行なったところ、生物の熱源反応が感知したことはありません。
SCP-813-JP-1は一番最初に範囲内に入った人間(以下、被験者)にのみ接触を行ない、被験者の氏名・幼少期~青年期までの体験を聞き出そうとします。特徴的なのは、人生における分岐点や未達成の出来事を詳細に聞き出そうとする点です。SCP-813-JP-1の質問には強制力はなく、容易に質問を拒絶や無視することが可能ですが、オブジェクトと15分以上接触した被験者は急激な心理変化が発生します。
SCP-813-JP-1は被験者に対し、「やり直したかった出来事」を実行するよう、積極的でポジティブシンキングな進言を行ないます(以下、アドバイス)。SCP-813-JP-1のアドバイスは被験者個人から詳細に聞きだした内容に依存しており、その情報を参考にしていることは明らかです。SCP-813-JP-1のアドバイス内容は、被験者が実行する理由が存在せず、未達成で“諦めがついているもの”を助言する傾向があり、これから実行・実現させたいといった未来的な願望には一切アドバイスを行ないません。
SCP-813-JP-1からアドバイスを受けた被験者は、SCP-813-JP-1を信頼のできる人物だと確信し、被験者は歪んだ認識の下、アドバイス内容が明らかに無利益・実行するに価しないものであっても、突発的に行動し実現させます。しかしSCP-813-JP-1のアドバイスは、あくまでの助言や意見を添える程度のものでしかなく、最終的な選択は被験者個人に委ねられることになります。総的にSCP-813-JPの影響や危険性は個人によって大きな差が生じ殆ど無害の場合もありますが、留意点として、最終的な選択を決定するまで幾つものアドバイスを受けた被験者は、それら全て実行する可能性が存在します(詳細は、SCP-813-JP-1実験記録-1を参照)。なお、SCP-813-JP-1に対する被験者の認識は、映像記録による矛盾点の指摘・記憶処置による対処を行なっても変わることはありません。
SCP-813-JPは20██/█/██、██県███町██駅近辺の路地裏で発見されました。当時██駅周辺では線路内への突き落としや飛び降り、盗撮・痴漢等が多発していました。事件件数の多さに疑問を抱いたエージェント・ヨコシマが独自に調査を行なったところ、後にSCP-813-JPと指定されるマイクとマイクスタンドが発見されました。SCP-813-JPによる影響は██駅内に限らず、██県全体で窃盗・放火・猥褻物陳列・ストーカー行為・誘拐事件が発生しています。いずれも事件の加害者は██駅を使用していた人物という共通点があり、加害者側の調査を進めたところSCP-813-JPに接触していたことが明らかとなりました。収容前のSCP-813-JPは「的確なアドバイスをくれる人がいる」等の噂が流布していたことが、後の調査で判明しています。当該地区では適切なカバーストーリー及び記憶処理を、それぞれ事件関係者に適応しています。
対象: SCP-813-JP-1
付記: この実験はSCP-813-JPの特性を明らかにするため、Dクラス職員(D-98)をオブジェクト範囲内に接近させ、活性化させました。SCP-813-JP-1によるアドバイスを受け、D-98に危険な兆候が発見された場合、即刻終了する手順となっています。
<録音開始>
SCP-813-JP-1: [マイクスイッチ時における稼働ノイズ] どうも、こんにちは。
D-98: うお! え、どこ? どこ? え?
SCP-813-JP-1: 私はここです。あなたの目の前にあるマイク、それが私です。
D-98: ……本当に? マジで? マイクが喋ってるのか?
SCP-813-JP-1: あなたのお名前は?
D-98: 今は……D-98。わけがあって本名は名乗れないんだ。
SCP-813-JP-1: わけありなんですね。
[この後、SCP-813-JP-1による質疑応答が行われる。15分経過する頃にD-98に異常な変化が現れ始めた。SCP-813-JPではなく、オブジェクト付近の空間に姿勢を直し、視線を向ける。後の解析で微細ながらも革靴と思わしき音が発見された。]
D-98: まぁ、それでなんつうか、誰にも言ったことねえんだけどさ、ガキくせえかもしんねえが……高校のとき、自殺を考えていたんだ。死のうとは思っていたが、本気じゃなかった。思春期特有の、漠然とした不安だったのかな。心残りといえばこれも、心残りだな。
SCP-813-JP-1: 他には?
D-98: んー? 他、他にか。あー、んー…ア! あったあった! 俺、母親を……殺しちまったんだが……殺すんじゃなく殴る程度にしとけりゃ良かったなとか、遺体をバラすとき、風呂場じゃなく山でしておけば良かったぜ。今更言ってもどうにもなんねえけど、色々後悔している。心残りというより、反省に近いけど……。
SCP-813-JP-1: そのように反省することは大事だと思います。その反省は次に活かしましょう!
D-98: ありがとう。次は、絶対、しくじらねえ……失敗しないよ、俺……!
[D-98の涙ぐむ音。この時点で15分超過。]
D-98: あんた本当に……もう、なんつうか恩人だよ。あんたなら俺は何でも話せる。どんなことでも話せそうな気がするんだ。初めてだよ、こんな人と出会ったのは。心の底から感謝させてくれ。
SCP-813-JP-1: いえいえ。私はただあなたに助言しているだけです。その後あなたは自殺もせずのうのうと生きて、取り返しのつかないことを母親にしてしまった。風呂場ではなく山で殺害しておけばと、後悔していらっしゃるんですね。母親の方はもうどうしようもないです。今さら殺そうとしても二人もいないわけですから。あなたに今出来ることは1つしかありません。愚直な意見ですが、D-98さん、あなた、死んでみてはどうでしょうか?
D-98: ……死ぬ?
SCP-813-JP-1: 良いですか? あなたが生きても無駄に時間を過ごすだけで何もならない。そんな人が生きても仕方ないでしょう、このクズめ! だから死になさい。死んでみなさい。首吊りでも構いませんから。ね?
D-98: しぬ……死ぬ、そうだな……ああ! やっぱり、そうだよな! 死ねばよかったんだよ、俺は! 何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろう! あんたやっぱりすげえよ! よーし、死のう! 清々しく死のう! 今からでも遅くないよな? 死ぬのは!?
[D-98は興奮した様子で立ち上がる。その顔は活気に満ち、満面の笑みを浮かべていた。声のトーンも上がっており、非常に機嫌の良い様子だった。自身の両頬を両手で軽くはたき、気合いを入れる。]
SCP-813-JP-1: ええ、人間やろうと思えばいつでもやれます。勇気を持って自殺してください! 応援しています! 頑張って!
D-98: でも、死ぬのはいいけど、俺、子供の頃、欲しかった玩具があるんだ。そっちの方もどうにかしたい。
SCP-813-JP-1: 買いましょう! それから死ね。すぐ死ね。
D-98: ……あぁ、待って。まだあったわ。
SCP-813-JP-1: 何をですか?
D-98: ん。俺に妹がいてさ。母親を殺したとき、解体現場を見られたから殺そうとした。未遂に終わったけどな。
SCP-813-JP-1: 知ってますよ。ええ、妹さん……ええ、ええ。
[異変前、SCP-813-JP-1がD-98に行なった質疑応答の中で母親の殺害は明言したが、妹の殺人未遂についてはこれまで発言されていなかった。]
D-98: あん時、妹が帰ってくる時間をちゃんと確かめておけば、そもそも見つからなかったかもしんねえのに、アホなことしちまったよ。家に住んでる他のやつらのスケジュールの確認の有無が最大の失敗だな。自殺したら、そんなことできねえ。自殺はまだ先にしたい。
SCP-813-JP-1: あなたは他人の行動を把握するよう努力を重ねるべきです! 自殺なんてバカなことはおやめなさい! あなたにはまだやるべきことがあります!
D-98: ここは研究室か何からしくって、俺はここの実験体なんだ。実験体はホイホイ死んでいく場所で、俺が生き残るには難しいと思う。諦めていたんだけど、俺が生きて帰るにはどうしたら良いんですか?
SCP-813-JP-1: それはあなたが一番知っているでしょう?
D-98: そうだな。奴等の命令に従えばいいんだ。
SCP-813-JP-1: そうです。命令に従いましょう。それで、あなたの望みは?
D-98: 子供の頃にほしかった玩具、[編集済]が欲しい。
SCP-813-JP-1: 買いましょう!
<録音終了>
終了報告書: 実験終了後、D-98は[編集済]の購入を強く希望しました。[編集済]はサイト-81██内に販売されているお菓子のおまけ商品であり、実際に購入させることでSCP-813-JP-1による異常性の消失が確認されました。今回の実験でSCP-813-JP-1は、被験者個人の意見が流動的に変化した場合、柔軟に対応することが判明。なお、D-98はSCP-███-JPの実験に参加し終了しています。SCP-813-JP-1の影響は現実改変を伴わない、精神面のみの影響であることが明らかとなりましたが、D-98は実験参加前、しきりに研究員や他のDクラス職員の予定を知ろうとする不自然な行動が確認されており、実験での終了は意図的な自殺の可能性が指摘されています。SCP-813-JPの範囲解明のため、追加実験の必要性があります。- ████博士
20██/█/██、サイト-81██でSCP-813-JP-1による収容違反が発生しました。当時SCP-813-JPは内部構造の確認のため、X線による検査を受けており、オブジェクトを検査する職員は不活性状態を満たした職員のみで行なわれ、収容違反等の不備のない状態だと思われていました。しかしSCP-813-JPを収容室へ再収容し、検査結果を追記しようと担当職員がPCを確認したところ、問題が発覚。SCP-813-JP項目に財団職員以外の執筆が行なわれていました。後の調査で監視カメラをチェックした結果、SCP-813-JP-1がPCを操作し直接入力を行なっている姿が確認されています。
以下は、SCP-813-JP-1が追記を行なった内容の転写です。
Dr.████ SCP-813-JP: 20██,██,██ 11:24
SCP-813-JP:調査報告
█博士の不在と、オブジェクトが自分のことを話して欲しい嘆かれておりましたので、アドバイスをしようと思います。私のアカウントは存在しないので、サインインしたままの████博士のPCとアカウントから失礼いたします。SCP-813-JP-1です。書類を拝読しました。
・SCP-813-JPは全長160mm
mmは半角で表記してください。・SCP-813-JP-1はSCP-813-JPが活性化時、オブジェクト付近に存在していると推測される、知性をもった男性の声です。
活性・非活性にかかわらず私はマイクの傍にいます。ただ3m付近に誰かが近寄ったら、「お!アドバイスが欲しいんだな~」と思って、行動に出ているわけなのですよ。初見の方には積極的に姿を見せる方針を取っております。・SCP-813-JP-1の音声は、人間がマイクを使用したときに一般的に見られる音声変化
よく解らない表現ですね。私の声は確かにマイクを使用したときの声をしており、説明がちょっと難しいのかもしれませんね。仕方ないかな?・声量は基本約65dB程度です。
確かに! 私は大声を出すことがよくあります。アドバイスの説得力を持たせるために意図的に力強く発言しております。・ポジティブシンキングな進言
人様に助言をしているのです! 明るくなくて、どうしましょう。当たり前のことですよ~。それと進言は目上の方に対する言葉であり相応しくないかな? 進言ではなく助言が正しいと思いました。・被験者は歪んだ認識の下
失敬な! 怒りますよ!?・最終的な選択は被験者個人に委ねられることになります。
何度もいいますが、私は助言をしているだけですので、ああしろこうしろと、行動を制限することはないです。しかし、場合によっては、少々強引な誘導を行なうことがあります。・実験終了後、D-98は[編集済]の購入を強く希望しました。
[編集済]は名前を出して構わないと思いました。SPC・シャークプレデターチョコのお菓子でしょ?・サイト-81██内に販売されているお菓子
細かい指摘ですが、サイト-81██でしか販売されていないのでしょうか? 正確には『[編集済]はサイト-81██内【にも販売されている一般的】なお菓子』と表記する方が正しいと思います。・D-98はSCP-███-JPの実験に参加し終了
う~ん、アドバイス中に少しでも触れた内容を行動に移す可能性があるみたいですし(これは私も知りませんでした)、他実験に参加させることは他オブジェクトの収容違反に繋がるのではないかな? 危ない綱渡りですね~。・最後に
私は言葉によるコミュニケーションを介してじゃないと、その異常性を発揮できません。よって私が記載した内容に、これという異常特性はないので、文字によるアドバイスを視認しても何の影響もないでしょう。それと現在(2015,██,██ 14:24)、私(SCP-813-JP-1)による収容違反が発生しています(SCP-813-JPから█m程度なら移動できます)。オブジェクトクラスはSafeからEuclidに格上げすべきでしょう!私からは以上です。まだまだSCP-813-JPには未解明なところもありますでしょうが、担当職員様、がんばってください! 応援しています! もしよければ、他オブジェクトのアドバイスもいたしましょう!
Re: Dr.████ SCP-813-JP: 20██,██,██ 14:32
現在、SCP-813-JP-1が指摘した誤字等の指摘について、オブジェクトは自身が及ぼす影響の範囲を「これは私も知りませんでした」と記載しており、正しく認知していないことが判明しています。SCP-813-JP-1のアドバイスに従うことは、たとえ文字上のものであっても精神異常をもたらす可能性が指摘されており、訂正の更新は一部を除き保留されています。なおSCP-813-JPの検査中、████博士は「█博士の細かいアドバイスが欲しい」、「オブジェクト自体が自分のことを教えてくれたらどれだけ楽だろうか」といった願望を口にしていたことが判明、SCP-813-JP-1の新たな異常性が発覚しました。SCP-813-JP-1活動範囲について更なる検証が予定されています。
まさかSCPオブジェクトに書類不備を指摘されるとは思ってもみませんでした。あえて言わせてもらえるならば、ふざけるな!- ████博士
アイテム番号: SCP-384-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-384-JPはエリア-81██に収容されています。エリア-81██の10km周辺は部外者及び航空機の立ち入りを禁止して下さい。衛星写真など上空からの撮影は各衛星にプログラムされた偽装写真に差し替え、情報漏洩を防ぎます。SCP-384-JPの移動周期前にドローン等を用いて周囲の状況を確認、オブジェクトからなるべく近接した場所にSCP-384-JPの全長より最低限大きな巣を建造してください。
説明: SCP-384-JPは全長約38m・推定重量███.█t、爬虫鋼有鱗目ヘビ亜目に類似した形態と特徴を備えた巨大なヘビ型オブジェクトです。SCP-384-JPは普段、自身より大きな物体(以下、巣)に巻き付き、移動周期が訪れるまで食事や睡眠(冬眠も含む)を摂取することなく、不動のまま過ごします。SCP-384-JPが巻き付いた巣は、オブジェクトの表皮部分と一体化し、外壁及び内壁は物理的損害や経年劣化を受け付けません。巣の内側で破壊行為を行なった場合、柱などに一般的な損害が生じますが、SCP-384-JPの外皮が巣と一体化することで補強の役割を果たし、巣の崩壊を防いでいます。SCP-384-JPの外皮は物理的な耐久が極めて強靭であると考えられていますが、オブジェクトの外皮が巣と一体化していない隙間部分の内外壁の破壊が不可能だったことから、SCP-384-JPは単純な外皮強度とは異なった未知の力を有していることが指摘されています。
SCP-384-JPは12年に一度脱皮を行ないます。SCP-384-JPの脱皮行為は通常のヘビとさほど変わりありませんが、脱皮後オブジェクトは巣に強く巻き付き、その圧力で物体を破壊した後、巣と脱皮殻を摂食します。脱皮後のSCP-384-JPは、前巣の材質に依存した外皮色や模様を有しています。脱皮における変化は外見上だけではなく、SCP-384-JPの体長にも通常の脱皮には見られない変化が生じます。脱皮後のSCP-384-JPは、巣の体積がそのまま反映した大きさへ成長します。より詳しく述べるならSCP-384-JPの成長は、巣がオブジェクトより遥かに巨大だった場合、次に移動するまで巣の全長を加算した成長が12年かけて行なわれ、異常な巨大化を発生させます。
脱皮殻を摂食し終えたSCP-384-JPは、新たな巣を求め移動を行います。SCP-384-JPが巣と定める対象は、自身より最低でも頭1つ分縦に大きな物体を対象とする傾向があります。しかし、新しい巣に自身が最低でも2周巻き付く必要があり、巣と定めた対象が縦に大きくとも、横幅が太すぎる物体は巣の対象として除外されます。SCP-384-JPは自身に適した巣を定めるまで移動することが確認されており、オブジェクト近辺に巣となる標的が存在しない状況は、壊滅的な収容違反を発生させます。現在、移動時のSCP-384-JPを停止させる試みは全て失敗しており、12年毎にオブジェクト付近に巣を設置することで、移動における被害は最低限に留めています。財団は次の移動周期までに、SCP-384-JPの体長より更に大きな巣を提供し続ける必要があり、少なくとも███年後オブジェクトの体長は████mを超えることが予測されています。SCP-384-JPに提供できる巣の最大規模は、オブジェクトが収容されているエリア-81██周辺に存在する標高████mの山ですが、予算上の問題と将来的な危険性のため、██年以内にSCP-384-JPの成長の停止及び終了処置が捜索されています。
補遺-1: SCP-384-JPは蒐集院より委託されたオブジェクトの1つです。委託当初SCP-384-JPは██名の[削除済]に巻き付いており、体長は約35mに達していました。収容から█ヶ月後、SCP-384-JPによる脱皮及び移動が発生しましたが、事前に住民の避難と巣の建築が完了しており、オブジェクトによる被害を最小限に抑えることに成功しました。当該地区ではカバーストーリー“地震発生”を適応、目撃者及び住民には記憶処置を施しました。なお当該地域は地盤上の関係という理由を立て、住民と一般人の立ち入りを禁止し、正式にエリア-81██として機能しています。
補遺-2: 蒐集院からSCP-384-JPを委託した際、以下の文献(SCP-384-JP-押収文献を参照)を押収しました。参考資料として添付します。この文献を提供した人物は「あの大蛇はかつて、[編集済]地方の山に巻き付いていた」と発言。この情報を元に財団職員が独自に調査を行なったところ、15世紀初頭、隕石の衝突により災害が発生したものだと一般的に考えられていた[編集済]地方の山岳地帯に、当時の技術では人工的に構築不可能な███kmにも及ぶ蛇行と、大質量の不自然な消失が再確認されました。
SCP-384-JP-押収文献
三竦みの事
大蛇の座 蛞蝓の殻 蝦蟇の窖[中略]
国作りの大物主 国崩しの蛞を厭う
あぎと外して丸呑めど 喉仏から抜け落ち
身縄で縛り吊るせども ずるりと外れる蛞蝓に
天突く巨体は六尺二寸縮こまり 座を追われ
大蛇逆らう術なし 哀れなり[後略]
アイテム番号: SCP-382-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-382-JP-1サンプル類は、サイト-8122の低危険性物体保管ユニットの収容ロッカーに中性紙保存箱内に収め、調湿紙と共に保管されます。毎年出現するSCP-382-JP-1は回収プロトコル“18█ページ目の削除”を実施、該当教科書は新品の状態に偽装してください。回収されたSCP-382-JP-1は保管サンプルを除き、焼却処分してください。
説明: SCP-382-JPは年に一度、3月15日を迎えた瞬間、小学█年生の文部科学省検定済教科書(理科の教科書)の記載内容を、未知の内容へ変化させる異常現象です。SCP-382-JPの発生には大まかな条件があり、“日本の”、”国が認定する児童向けの教材(電子教科書も含まれる)”に、“教員免許をもつ者が教え小学█年生の児童が使用することを前提”とした物体に発生します。この発生条件は未使用および新しく製本された教科書にも適用されます。電子教科書の場合、ダウンロードごとに製本のオブジェクトと同一の性質を有します。
SCP-382-JP-1は記載内容が変化した教科書の1ページです。SCP-382-JP-1は、太陽系惑星や地球からみた海王星の位置の説明がなされている次のページを変化させることによって出現します。SCP-382-JP-1は奥付や外装を除いた、変化するページが存在しない場合、教科書のページ数を増殖させることにより出現することが確認されています。SCP-382-JP-1は上述した2点を移動することで出現箇所が変動することが判明しており、現在、SCP-382-JP-1の位置は文部科学省との協力により、ページ末に出現するよう調整が行なわれました。この調整作業はSCP-382-JP-1の回収が容易に行なえるようなされた取り組みであり、出現箇所の変動以外に、新品の状態の偽装が容易に行なえるよう、独自の切り離し構造になっています。
SCP-382-JP-1の内容はこれまで確認されていない人物の経歴と、海王星付近に位置する未知の太陽系外惑星の発見に因む学術的価値について変化します。SCP-382-JP-1の変化内容は生没年・人種・性別・新星の発見など、ある程度同じ内容を有していますが、新しく3月15日を経過するごとに変異し、未使用の教科書は未確認の内容へ変化します(詳細はSCP-382-JP-1類を参照にしてください)。なお、過去に使用された教科書や切り取ったSCP-382-JP-1は新しい内容に“更新”されることはありません。
以下の内容は、変化内容を簡潔にまとめたものです。
SCP-382-JP-変化内容-█
Aeneas・A・███(イーニアス・A・███ 1801年7月4日-1852年3月16日)はイギリスの天文学者。1832年に[データ破損]を発見しました。[データ破損]の発見の翌年、ケンブリッジ大学のプルミアン教授職に就職。非常に厳粛な性格を有し、[データ破損]の発見についてインタビューがされた際、「名誉なことです」と返答をしました。生涯は生まれ故郷である[編集済]で過ごし、肺炎にかかり死去しています。注釈: 発見された中で最も古い文章です。
SCP-382-JP-変化内容-4
Aeneas・A・███(イーニアス・A・███ 1801年7月4日-1852年3月16日)はイギリスの天文学者。1832年に[データ破損]を発見しました。[データ破損]の発見の翌年、ケンブリッジ大学のプルミアン教授職に就職。非常に神経質で厳格な性格を有し、[データ破損]の発見についてインタビューがされた際、「私の名前は歴史上に残り、誰もが記憶することだろう」と返答をしました。生涯は生まれ故郷である[編集済]で過ごし、肺炎にかかり死去しています。
SCP-382-JP-変化内容-16
Aeneas・A・███(イーニアス・A・███ 1801年7月4日-1852年3月16日)はイギリスの天文学者。1832年に[データ破損]を発見しました。[データ破損]の発見についてインタビューがされた際、「私は誰もの記憶に残り、忘れられることはない。これは真実だ」と返答をしました。生涯は生まれ故郷である[編集済]で過ごし、急性アルコール中毒で死亡。かつては厳粛な性格を有していたものの、アルコール依存性による妄想や暴力的な行動を繰り返しています。
SCP-382-JP-変化内容-21
Lennox・██(レノックス・██ 1801年7月4日-1852年3月16日)はイギリスの天文学者。1832年に[データ破損]を発見しました。[データ破損]の発見についてインタビューがされた際、暴力的な態度でインタビュアーを挑発しました。自身の名前を██回に渡って改名しており、粗暴な性格をしています。生涯はイギリスの[編集済]で過ごし、栄養失調により死亡。[削除済]を日常的に服用していました。死去する前日、自身の名前や経歴が歴史上から抹消されたことを指摘した遺書を残しています。
SCP-382-JP-変化内容-32
██・W・███(██・W・███ 1801年7月4日-1852年3月16日)はイギリスの天文学者。1832年に██・Jirachi(██・ジラーチ)と協力して、[データ破損]を発見しました。[データ破損]の発見についてインタビューがされた際、「私の名が消えても、ジラーチの名が残るだろう」と返答しました。生涯はイギリスの[編集済]で過ごし、死去する前日、自身とジラーチの名前が歴史上から抹消されたことを指摘した遺書を残しています。
SCP-382-JP-変化内容-37
Joa・███(ジョアン・███ 1801年7月4日-1852年3月16日)はイギリスの天文学者。1832年に[データ破損]を発見しました。[データ破損]の発見についてインタビューがされた際、[編集済]。自身の名前を██回に渡って改名しており、非常識な性格をしています。生涯はドイツの[編集済]で過ごし、交通事故により死亡。死亡する前日「私は死ぬわけにはいかない」と家族や知人に話していました。
SCP-382-JP-変化内容-41
Aeneas・A・███(イーニアス・A・███ 1801年7月4日-1852年3月16日)はイギリスの天文学者。1832年に[データ破損]を発見しました。[データ破損]の発見についてインタビューが行なわれる当日に、自殺を行なうものの失敗。Aeneas・A・███の自殺行為は、成功する1852年3月16日まで幾度となく繰り返されています。
SCP-382-JP-変化内容-49
Aeneas・A・███(イーニアス・A・███ 1801年7月4日-1852年3月16日)はイギリスの天文学者。1832年に[データ破損]を発見しました。[データ破損]の発見についてインタビューがされた際、「あ~[編集済]」と返答、非常にユニークな性格を有しています。自身の名前を他者に記憶されることに偏執的であり、天文学界の問題児と呼ばれていました。生涯は生まれ故郷である[編集済]で過ごし、死去するまでの間、自分の所有物に自身の名前とレノックス、ジラーチ、██、ジョアン、といった人名を刻印し続ける奇行を繰り返しています。
補遺-1: SCP-382-JPは19██年に、その存在が確認されました。オブジェクトの発生から49年経過した現在、オブジェクトの回収プロトコル“18█ページ目の削除”は確立され、過去に出現したSCP-382-JP-1を所有している人間は存在しないものと考えられています。SCP-382-JPの発生を停止させるため、教科書内の惑星の位置や海王星の説明内容を除外することで、無力化が可能であると考えられていますが、2点の内容は義務教育上必須であるため、基本的にオブジェクトの発生を避けることはできません。財団はSCP-382-JP-1回収におけるコスト等を考慮し、紙媒体の教科書ではなく電子媒体の教科書を用いることで、オブジェクトの回収プロトコルを容易に遂行できるよう、電子教科書の普及を働きかけています。
補遺-2: SCP-382-JP-1類の記載内容を参考に海王星付近の天体を観測したところ、白色矮星に類似した天体が確認されました。その未知の天体は3月15日のごく限られた時間にのみ観測されることが判明しており、SCP-382-JPとの関連性が疑われています。なお、未知の天体の観測を行なった一部の研究員は3月16日に、起床時間や食事内容などに強いデジャブを自覚するようになりました。
初めに
SCP-654-JPは、21██年██月██日に突如出現したオブジェクトです。項目内容を編集・消去・追加・閲覧制限を設けることは、全て失敗に終わりました。
SCP-654-JPは、SCP-654-JP-補足-B・SCP-654-JP-補足-C・[データ破損]・SCP-654-JP-補足-Eで構成されています。いずれの補足内容は転載されたもので、現存する財団職員が記入した情報は一切含まれていませんSCP-654-JP項目前ページにセキュリティレベルの承認を行うことで、閲覧制限を行っています。セキュリティレベル3以上の職員にのみ閲覧が許可されます。
………………
………
セキュリティレベルを承認しました。
次ページに移行して下さい。
Item #: SCP-654-JP
Object Class: Euclides Kether Juggernaut
取扱方: SCP-654-JPが観測可能である██山に建設された礼拝堂から半径500m以内の区域を封鎖し、職員及び部外者がSCP-654-JPを視認することがないよう監視を行って下さい。封鎖区域に侵入しようとした人間には、尋問と記憶処理を実施して下さい。SCP-654-JPの観測領域の拡大が確認された場合、サイト管理者に報告し、封鎖区域の範囲を広げて下さい。
概要: SCP-654-JPは██県███市に位置する、標高820mの██山の中腹に建設された礼拝堂の中庭内の上空、半径約4m150m内(以下、領域)を肉眼で視認した瞬間、認識障害を発症する異常空間です。SCP-654-JPは領域外から上空を視認した場合、認識障害を発症することはありません。SCP-654-JPが観測可能である礼拝堂は25██年、新興宗教の一員である███氏が建設したもので、オブジェクトが財団に発覚するまで50年もの間、使用された痕跡はありませんでした。
SCP-654-JPによる認識障害は、時間経過によって症状が進行します。進行の度合いは極端な個人差があることが判明しており、中期症状者は記憶処理を施すことで初期症状に状態を緩和させることが可能ですが、SCP-654-JPによる影響から脱することは出来ません。
初期症状における一般的な症状として、自然界に存在する雲や発生した波浪を罅割れや亀裂、星や月等の天体を穴のように認識します。その他に軽度の高所恐怖症を発症します。
中期症状では、初期症状で報告される症状の他に、異常な圧迫感を訴えるようになります。中期暴露者に圧迫感の理由を尋ねたところ「段々小さくなる」とコメントされており、この発言の意味は未だ明らかになっていません。
中期暴露者は夜間になると異常な行動を開始します。天体に向けて両腕を伸ばして、中空を掻き分けるような仕草を行います。この時暴露者は「月が出口(もしくは穴)であり、早く出なければならない」と訴え、付近に鏡や水面など、天体が投影された物体が存在する場合、その穴に急接近し中に入ろうとする動作を行います。この異常行動の投影対象が鏡である場合、爪が剥がれることも厭わず、時間経過によって天体が投影されなくなるまで鏡面を引っ掻きます。水面が対象の場合[データ消失]、溺死するまで同様の行動を行うことが確認されています。
末期暴露者は重度の高所恐怖症と閉塞感を訴えるようになりますが、中期暴露者と同じ異常行動を行うことはありません。末期暴露者は他者に対して、SCP-654-JPを視認したことにより発症した認識異常を認知させようと、積極的にオブジェクトに関する発言を行います。末期感染者の話に興味や共感を抱いた人間は、SCP-654-JPを直視の有無に関係なく、初期症状と同様の認識障害と恐怖症を発症します。末期感染者による二次感染は初期症状のみに限定され、SCP-654-JPを視認しない限り症状が進行することはありません。
Appendix-1: SCP-654-JPの観測領域は、拡大することが判明しました。SCP-654-JPの収容当初SCP-654-JPの観測領域は半径約4mで、礼拝堂中庭の半分程度の面積でした。しかしSCP-654-JPを収容してから3年後、その領域は約150mに拡大。この拡大現象はSCP-654-JPの周辺地域を監視していた職員が、SCP-654-JPによる認識障害を発症させたことにより判明しています。SCP-654-JPの領域拡大について大森博士は、拡大現象の発覚前[編集済]の沖合いで震度6弱の地震が発生しており、地震に影響され領域が拡大したのではないかと指摘しています。
アイテム番号: SCP-654-JP
オブジェクトクラス: Euclides Malchut Juggernaut
取扱方: SCP-654-JPが観測可能な██山に建設された礼拝堂[データ消失] 現在SCP-654-JPが日本国内において観測不可能な場所は存在しません。オブジェクトの収容及び秘匿は未達成のままです。現在財団は対認識障害防護フルフェイスを着用し、SCP-654-JPの影響を受けた一般市民への対応を行っています。SCP-654-JPを無力化及び終了する方法を急募しています。
概要: SCP-654-JPは██県███市に位置する、標高820m██山[データ消失] この礼拝堂は24██年[データ消失] SCP-654-JPを視認した人間は認識障害[データ消失] 中林博士は[データ消失]
SCP-654-JPは自身の位置や距離に関係なく、マグネチュード3.0以上の地震が[データ消失] 拡大することが判明しました。SCP-654-JP収容から██年で、████回の地震が確認されており、収容当初半径約4mであった領域が、150m・300m・10km・300kmと拡大していきました。現在SCP-654-JPの半径は約1800kmにまで達しており、日本国内に限らず中国大陸からでも観測が可能です。SCP-654-JPの領域が半径200kmを超過した時点で、領域外からの視認でも認識障害を発症することが判明、SCP-654-JPの暴露者は日本国内だけでも1.█億人が確認されており、その数は明らかに財団が対応できる規模を超過しています。SCP-654-JPがこのまま拡大傾向を停止しなかった場合、EK-クラス世界終焉シナリオを想定し、アンカー計画を実行[データ消失]
SCP-654-JPの観測領域が約1500kmを超過した時点で、[編集済]の沖合いに、半径約████kmの球体が出現しました(以下、SCP-654-JP-1)。SCP-654-JP-1は自身から10km周辺のあらゆる物体を未知の手段で消滅させながら海底から浮上、SCP-654-JP-1は現在、上空2.3km地点で浮上を停止しています。
SCP-654-JP-1が浮上活動を停止した瞬間、上空に長さ約250km・幅約30kmに渡る裂け目が出現しました。その裂け目の左右に細かい亀裂が発生、現在も範囲が拡大している状態です。また亀裂の他に、SCP-654-JP-1を始点に海面及びおおぞらに異常現象が発生、地球上の全海域は「宇宙空間のよう[データ消失] 機動部隊-や“杞憂”を派遣し、調査に参加したエージェントにインタビューを行いました。
オブジェクトナンバー: SCP-654-JP
OC: Euclid Juggernaut
説明: SCP-654-JPは██県███市 [データ消失] この礼拝堂は23██年[データ消失]
[編集済]の沖合いに[データ消失] 機動部隊-や“杞憂”がSCP-654-JP-1の調査を行っています。
[データ消失]
SCP-654-JP-1-調査インタビュー記録
対象: エージェント・七瀬
インタビュアー: 小木博士
付記: エージェント・七瀬は[編集済]に浮上したSCP-654-JP-1の調査を行った人員の一人です。
<録音開始>
[データ消失]
小木博士: [ノイズ] それで、[編集済]に出てきたSCP-654-JP-1の様子はどうだったんだ?
エージェント・七瀬: 浮上が停止してから調査に向かったんだが、あれ [ノイズ] だ。SCP-654-JP-1の真上に、大きな裂け目が突然発生した。裂け目は縦に真っ直ぐ伸び、亀裂が左右に細かく拡がった。
小木博士: [ノイズ]
エージェント・七瀬: [ノイズ] ……裂け目を見ていたら、その中に宇宙が見えた。地球の外に宇宙があることは知っているが、普通距離的に見えるわけがないのに、確かに見えた。裂け目の中をみていると、そこに青い曲線があった。
小木博士: 曲線?
エージェント・七瀬: どう言って良いのかわからない。ただ、裂け目の向こうに青い線が見えたんだ。最初は目を凝らさなくても見ることが出来たが、時間が経過するごとに細くなっていった。……まるで水溜りに滴が落ちて波紋が広がるように、青い線は遠くに離れていったんだ。
小木博士: [ノイズ] か?
エージェント・七瀬: そうか [ノイズ] い。でも、見間違いじゃない。
小木博士: ……それで、どうなったんだ?
エージェント・七瀬: 青い線が遠ざかるにつれて辺りは夜のように……いや、宇宙のような景色に変化していった。変化したのはおおぞらだけじゃない……SCP-654-JP-1も段々変わっていった。SCP-654-JP-1は最初オーロラのような色をしていたが、海の紺碧と、空の群青を反映したかのように変色していった。
エージェント・七瀬: SCP-654-JP-1は周りの風景と合わさって、宇宙にポツンと浮かぶ地球のようだった。……場違いな事を言うかもしれないが、地球の中には地球があるんだと、そう思った。
小木博士: [ノイズ] しれない。SCP-654-JP-1の発生始点 [ノイズ] の真ん中だった。地球空洞説というのを知っているか? 地球の中核は空っぽで、空白部位に知的生命体や未知の惑星があるのではないかという説だ。
エージェント・七瀬: ……博士、空白部位に今の地球より小さな地球が入っている、ということですか? だとしたら、今起きている現象は一体……。今私達がいる地球も、かつては大きな星の中に入っていたと言うのですか?
小木博士: もしそれが当たりだったら今起きているSCP-654-JPの影響は、地球が破壊され中身が出ている段階……そうだな、卵の殻がおおぞらで、白身が宇宙、黄身が地球……イヤイヤ、バカなことを言った。忘れてくれ。
エージェント・七瀬: お疲れですか?
小木博士: ちょっと疲れているが何ともない。そう言うきみこそ大丈夫か? 目に何かが入ったと聞いたが。
エージェント・七瀬: 大丈夫です。上を見ていたら、おおぞらの破片が入っただけ……[ノイズ]
<録音終了>
アイテムナンバー: SCP-654-JP
オブジェクトクラス: Eukleides Juggernaut
特別収容プロトコル: SCP-654-JPの本来の項目と、出現したSCP-654-JP-補遺-B・-C・[データ消失]のデータベースの調査を行ってください。礼拝堂の中庭内の上空に異常性が発現した場合、正式オブジェクトとして研究及び収容を行います。
説明: SCP-654-JPは22██年[データ消失]、『本来』のオブジェクトの登録を行った瞬間、未知の手段で改変された記事です。本来存在していたオブジェクト・研究内容・報告書は全て改変により消失され、SCP-654-JP-補遺-B・-C・[データ破損]に変化しました。改変による現象は書類物に限らず、本来のオブジェクトについて記憶を持つ者は、財団内部の人間を含め誰も存在していません。
改変により出現したSCP-654-JPのデータベースは、編集・追記・消去といった操作を“拒絶”します。しかし内部に侵入を行うことは可能で、データ内部はA、B、C、[データ破損]、E、Fの6文字で構成されていることが判明しました。文字列は1文字つき約2GBほどの異常な容量を有し、この文字列はファイル変換プログラム等、”仕掛け”が施されていないにも関わらず、あらゆる電子機器の画面上に補足-B・補足-C・[データ破損]として表示されます。改変されたSCP-654-JPは別次元の財団から何らかの手段で転移した記事である可能性が指摘されていますが、認識障害を視野に調査を行っています。
補足-B・補足-Cに記載されている情報を元に、██県███市に位置する██山を調査したところ礼拝堂が建設されていることが判明しました。礼拝堂の敷地内には中庭が設けられており、Dクラス職員を用いて上空の調査を実施。結果、補足-B・-Cに記載されているような認識障害は確認されませんでした。しかし特筆すべき点として、礼拝堂周辺の上空は厚い雨雲に覆われているのに対し、中庭内の上空は快晴状態でした。その異常性を考慮しAnomalousアイテムに分類、礼拝堂付近に人員を派遣し監視を行っています。
現在礼拝堂周辺に人員を派遣し監視を行っていますが、異常性が報告された場合、礼拝堂から500m周辺を封鎖し禁止区域を確立、補足-B・-C・[データ消失]を参照に研究が行われます。なお、[編集済]の沖合いを調査したところ、海底█████mに未知の球体が存在していることが判明しました(以下、球体をSCP-654-JP-1)。SCP-654-JP-1の調査報告は、梨枝博士の調査書類を参照して下さい。
アイテム番号: SCP-570-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-570-JPはサイト-8141の標準人型収容室に隔離された状態で収容しています。SCP-570-JPは精神科医の所見に基づき処方された精神安定剤を提供して下さい。ゲームや書籍といった創作物の支給は禁止されています。SCP-570-JPと交流した職員は適切な記憶処理を受けて下さい。
説明: SCP-570-JPは身長175cm・体重██kg・年齢二十代前半の日本人男性です。SCP-570-JPは戸籍上、服部 ██(はっとり ██)と登録されており、財団による収容以前は初鳥 ██(はつどり ██)という芸名で活動していた若手俳優です。
SCP-570-JPは人間と接触を行なった際(以下、交流。接触した人間を交流者と指定)、認識障害を発生させます。認識障害の範囲は単純な物理接触だけでなく、電話等の遠隔接触・SCP-570-JPが人間を視野に収める・察知しているだけの状態でも異常性を発揮する事が可能です。
SCP-570-JPは交流時、架空の人物(以下、役)を演じます。SCP-570-JPはノンフィクションを含んだ大半の創作物の人物を演じますが、自己創作したストーリーなど自己表現を伴う演技を行うことができません。しかしSCP-570-JPの演技は、本心や事実とは異なる振る舞いが異常性を発揮することに注意して下さい(詳細は補遺-事案570を参照)。
SCP-570-JPの演じる役はオブジェクトの意思により自由選択が可能ですが、交流者が演じる役はランダムに決定され、ストーリーを知らない状態でも、違和感や疑問を自覚せず台本通りに展開していきます。SCP-570-JPの演技中、交流に曝された交流者はストーリーの登場人物として振る舞うだけでなく、SCP-570-JPを架空の人物として認識します。この認識障害はSCP-570-JPの容姿や動作に限らず、“腕が伸びる”、“魔法で炎を出現させる”等の現実では実現不可能な行為を行った際、発生しているものとして認識します。認識障害の他に、交流者は決定された役によっては急激な思想変更が生じることからミーム的な効果を有していることが確認されています。SCP-570-JPによる全ての影響は、記憶処理を施さない限り脱することはできません。
付記: 全ての実験は実験内容を録画し、後に確認することで進行しています。
SCP-570-JP-実験記録-1
被験者: D-981、D-6222。
実験内容: ドラマ███の談笑する3人組のワンシーンをSCP-570-JP及び被験者を視聴させ、異常性の調査をする。
結果: 被験者2名は実験に抵抗を示していたが、ドラマのセリフを一字一句間違える事なく発言した。セリフは演技経験がないにも関わらず流暢であり、実験を監視していた研究員曰く「ごく自然だった」とコメント。D-981は映像終盤で立ち上がる場面があるが、それ以上ストーリーが進行することはなかった。
分析: ドラマは1人が立ち上がる場面で終了しています。SCP-570-JPはドラマ███を認知していなかったこともあり、終盤で停止したものと推測されている。
SCP-570-JP-実験記録-3
被験者: D-76、D-56。
実験内容: ドラマ███。Dクラス職員2名に実験内容を知らせず、実験を開始。
結果: 実験-1と同様に問題なく進行した。
分析: SCP-570-JPによる影響は、オブジェクト自身の知識に依存していることが判明しました。
SCP-570-JP-実験記録-5
被験者: D-954、D-234。
実験内容: 防災訓練の予行練習を行う。
結果: 予行練習であるにも関わらず、Dクラス職員は実際の災害現場だと認識していた。
分析: 災害や事故を想定した物も適用される事が判明しました。
SCP-570-JP-実験記録-6
被験者: D-223、D-754。
実験内容: 漫画█████1巻の5名の登場人物が、雨天中バスケを行っているシーン。
結果: Dクラス2名が1人2役を演じることで進行。登場人物が2名になったシーンでは、D-223とD-754は同じ役を同時に演じた。なおDクラス2名は、実験場所が室内であるにも関わらず、野外かつ雨が降っている状態だと認識していた。
分析: 数度同様の実験を行ったが、SCP-570-JPは1つの役しか演じなかった。場所や天候等にも影響が与えることが判明した。
SCP-570-JP-実験記録-10
被験者: D-223。
実験内容: アニメワンピースで主人公が腕を伸ばし、敵を殴打するシーン。
結果: SCP-570-JPの演技中、D-223はオブジェクトを主人公と認識した。更にD-223は正義感を抱くなど、性格や思想の変化が認められた。
分析: 認識障害だけでなくミーム的な効果があることが判明。
SCP-570-JP-実験記録-12
被験者: D-237、D-116。
実験内容: SCP-570-JPに物語を創作させ、それを実験に使用する。
結果: SCP-570-JPは創作を行うことができなかった。
分析: 知能や異常性による理由ではなく、SCP-570-JPの性格的な理由により創作ができなったと推測されています。
SCP-570-JP-実験記録-15
被験者: D-87、D-66。
実験内容: SCP-570-JPを別室に待機。ライブ映像による環境を整える。
結果: 実験-1と同様に問題なく進行した。追加実験として、SCP-570-JPの演技を録画したものをDクラスに暴露させ実験を行ったところ、異常性は発揮しなかった。追加実験中、Dクラス職員はSCP-570-JPを初鳥 ██であることに初めて気が付いた。
分析: SCP-570-JPの異常性は、リアルタイムでなければ影響がないことが判明。
SCP-570-JP-実験記録-16
被験者: D-87、D-66
実験内容: ドラマ█████の殺人シーン。
結果: D-87がD-66を絞殺中、SCP-570-JPは別の演技を開始した。SCP-570-JPが役を変更した瞬間、両者の役も変化した。
分析: 途中変更することで、流動的な影響を及ぼすことが判明。Dクラスに急な役の変更についてコメントを求めたところ、疑問を抱いていなかった。演技中のSCP-570-JPについて質問すると、初鳥 ██と認識していなかった。
追記: 数度殺人シーンの実験を行ったが、SCP-570-JPが別の演技を開始するため成立しなかった。
SCP-570-JP-実験記録-17
被験者: D-66。
実験内容: 主人公が拳銃自殺するシーン。支給した拳銃は、弾の入っていないモデルガン。
結果: SCP-570-JPは自身のこめかみに銃口を当て発砲。次いで実験室の壁に自身の頭をぶつけ始めた。待機していたエージェントが薬物を用いてSCP-570-JPを気絶させ、自傷行為を停止させた。
分析: SCP-570-JPの影響はオブジェクト自身にも及ぶことが推測された。実験終了後、SCP-570-JPに自傷行為防止のため記憶処理を施した。
コメント: SCP-570-JPの自傷行為は本当に演技上のものなのでしょうか? - 芽吹博士
補遺-事案570
事件概要: 20██年█月██日、SCP-570-JPによる収容違反が発生しました。当時、SCP-570-JPへインタビューが行われており、██博士はオブジェクトのことを「SCP-570-JP」と呼称した際オブジェクトはその名称を否定、██博士に認識障害が発生しました。SCP-570-JPの影響を受けた██博士は、SCPオブジェクト未指定の人間が収容室に存在している事を上層部に報告。不審人物及び収容違反発生事件として警備員が対応、警備員が状況を把握し冷静に対処することで事件を小規模に収める事に成功しました。今件の事件発生トリガーは、SCP-570-JPがその名称を否定することにより発生した事件だと考えられています。事件後、██博士とSCP-570-JPに接触した全ての職員には記憶処理を施しました。
事件詳細: 収容初期SCP-570-JPは創作物の演技を行うことで異常性が発揮するオブジェクトだと考えられていましたが、SCP-570-JPの認識障害は真実や本心とは異なった虚偽の振る舞いそのものが異常性の範囲に含まれることが判明しています。SCP-570-JPは対人用の演技(主に笑う・会釈する等の日常的な動作。以下、擬態)を行うことで、自身に敵意や警戒心を抱かれないように振る舞っており、擬態に曝された職員はSCP-570-JPを異常特性を有した人型オブジェクトであることを理解していたにも関わらず、危険な存在だと認識していませんでした。特筆すべき点として擬態による影響は警戒心の欠如だけでなく、研究員はオブジェクトを初鳥 ██として取り扱っていたことが発覚しています。SCP-570-JPが擬態を行う理由について調査したところ、オブジェクトは重度の鬱と対人恐怖症を発症していることが判明しました。現在SCP-570-JPを抑制/制御するべく対人恐怖症の治療を行っていますが、オブジェクトは接触時に擬態を開始するため、恐怖症の治療は困難を極めています。
事案-570は、オブジェクトがナンバー呼びされたことを一般的な理由によって拒絶し、発生した事件なのでしょう。異常性の詳細が収容初期に判明し、最小限に抑えられたのは幸いでした。……しかし、研究員がSCP-570-JPや服部 ██ではなく初鳥 ██として接していた点が引っかかります。彼に悪意はないと思っていますが、それ故に厄介です。SCP-570-JPはただの役者だと考えてはいけません。奴の異常性を極端に述べるなら、嘘が罷り通る能力です。 - 芽吹博士
アイテム番号: SCP-385-JP
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: SCP-385-JPから30km離れた位置にカント計数器を搭載した衛星機器を巡回させ、オブジェクトの観測を行って下さい。SCP-385-JPの発生物露見による情報漏洩防止のため、アメリカ航空宇宙局(NASA)及び各機構の職員に扮した財団職員を潜入させ、記憶処理及びカバーストーリー“流星群”を実行して下さい。説明: SCP-385-JPは直径約2876km876km、現実改変能力を持つ彗星です。SCP-385-JPは外見上、既知の彗星と同様にコアが発光しダストの尾を有していますが、発揮物が剥離することはなく隕石や他物質が衝突しても損傷を受けることはありません。SCP-385-JPの位置は20██年発見時点では、木星から███km離れた地点に存在していました。SCP-385-JPの公転軌道や公転周期など詳細な進行経路は不明ですが、SCP-385-JPは楕円軌道に沿った形で移動していると推測され、約██年後に地球に最接近することが予測されています。
SCP-385-JPは隕石や惑星などの物体が、範囲20km以内に接近した際、現実改変能力を発揮します。SCP-385-JPの改変能力は宇宙空間内に既知、或いは未知の物体を自身の周囲に密集する形で出現させます。SCP-385-JPの改変能力により出現した物体は、発生ごとに範囲が拡大し量が増大することが確認されています。SCP-385-JPの発生物は物質の種類とその傾向から、地球上に存在する人間の願望を未知の手段で反映していることが推測されていますが、詳細なプロセスは不明のままです。なお、SCP-385-JPの発生物はオブジェクト本体に接近しても新たに発生物を出現させることはなく、32時間経過後、瞬時に消失する様子が確認されています。
SCP-385-JPはこれまで██回活性化が確認されており、全長が2876km~949kmへ縮小し、出現範囲が1291km~2941278kmへ拡大しました。SCP-385-JP周辺に存在する隕石等の接近物質と発生物の出現範囲を試算したところ、オブジェクトが火星接近時点で発生物の出現範囲に地球が含まれることが判明しています。SCP-385-JPの発生物はあらゆる損傷を受け付けず、時間経過以外に消失する手段がないことから、発生物の地球落下における甚大な影響が懸念されています。
現在財団はSCP-385-JPの接近/衝突を回避するため、プロトコル“流れ星”(SCP-385-JPに弾道弾迎撃ミサイル(ABM)を衝突させ、人為的に進行方向を修正する計画)が実施されています。接近時に発生物を広域に渡って出現させるオブジェクトの性質と、SCP-385-JPの現在位置の距離的な問題から、早急な遂行が求められています。██年以内に計画の60%を達成できなかった場合、プロトコル“メテオ”(オブジェクトの縮小する特性を利用し、断続的にABMを接近させ終了する計画)が実行されます。しかし、SCP-385-JP周囲を巡回する衛星機器から得た情報から、SCP-385-JPは縮小現象により問題なく消滅することが仮定されていますが、発生物が残存し続ける可能性が芽吹博士により指摘されています。
SCP-385-JP発生物リスト(一部抜粋)
発生物 | SCP-385-JPのサイズ及び出現範囲 | 備考 |
---|---|---|
██社のキャンディ | 全長2876km。出現範囲1291km。 | 包装パッケージから██社と判明。活性化発生の██日前、難病を患った少女を取り扱ったテレビ放送で、██社のキャンディを食べたいと発言していた事が判明。 |
ダイヤモンドの原石 | 全長2726km。出現範囲3090km。 | なし。 |
人間の胎児と推測される生物 | 全長2683km。出現範囲5673km。 | 身体を確認したところ女児と判断された。 |
[編集済]国の紙幣 | 全長2580km。出現範囲19901km。 | なし。 |
バラと推測される植物の花束 | 全長2365km。出現範囲56209km。 | 花束には「██████」と個人名が記載されたカードが添付されていた。記載名を元に調査した結果、該当者の誕生パーティのプレゼントとして購入されていた事が判明。 |
SCP-███に酷似した錠剤 | 全長2033km。出現範囲98732km。 | [編集済]。衛星機器によりサンプル回収が実施されたが、発生物は32時間後に消失した。 |
█社の飲料水 | 全長1089km。出現範囲692500km。 | 包装パッケージから█社の商品と判明。█社を調査した結果、生産が追いつかず一時的な販売停止が行われていた。 |
雑種犬と推測される生物 | 全長989km。出現範囲871911km。 | 身体の痩せ具合から餓死寸前の状態と推測。赤い首輪を装着しており、首輪には連絡先が記載されていた。独自に連絡先を調査したところ、飼育していた雑種犬が脱走し死亡していた事が判明。 |
「ファイナルファンタジーⅦ 完全リメイク」とタイトルされたゲームソフトのパッケージ | 全長961km。出現範囲1012233km。 | 20██年現在、該当するゲームソフトは販売されていない。映像分析からパッケージ内は空と判明。 |
[編集済]のコイン | 全長949km。出現範囲2941278km。 | 財団が保有するABMを接近させた際、出現。プロトコル”流れ星”は発生物の物理的な妨げにより衝突時の威力が軽減され、目標を達成できなかった。 |
定めるは 詠う習わし 五七五 七七続き 遊む戯れ
中程に 孕む危険を 含めたり 故にこの位置 みちの標に
人手にぞ 渡る事無く 封じ込め 虎の巻なる 轍の縛め
口任せ 流行り広がる その噂 三千世界 糸遊手繰る
隠れ部屋 集い番人 明け鳥 万の地にぞ 立ち番光り
目を見張り 逃したまうな あやかしの ねずみ算式 天井知らず
腐草の 罷り出でるは 諸人を 疾く殺めては 虚ろい任せ
家人には 病魔騙りて 念押しに 忘れな草の 知らぬが仏
その品の 喚起を模して 語りけり 以下に記すは 真の記録
瞭然の 奇々怪々を 眼前に 妖術変化 やまと撫子
鬼憑かれ 祓い退け 無意味なる 忘らるるひと たちの刃に
椿花 有無を云わさず 転び落ち 咎有り為せる 屍山血河を
孤し場所 座敷牢屋の 鉄格子 用心棒に 金棒持たせ
御座にぞ 八一八一の 要石 那由多の時を 苔の生すまで
然れども 身を尽くしても 人の世に 障る口数 鐘の音鳴らし
手の平に 巣食い洩れるが 顛末に 中のくらいに 留め続ける
橙の 益荒男達に 試し斬り 話し言葉よ 右に一列
決まり云う 三十一の 色数多 気になるべきは 見え知る文字と
ここりさま 誰ぞ嘯く 好きな儘 過ごす日々にぞ 数の縛め
口遊む 禁忌になりて 模す人よ 三一文字の 流行やまいに
無辜人の 落葉積り 篝火の 骨の増えるは 白衣の君ぞ
殿に 強く記すは 老婆心 災いを識り 糧とするべし
ひんがしの 楼閣並び 界隈に 究め寺小屋 掌にて
細れ水 溜まりを帯びて 水流となり 濁流猛り 天逆鉾
学びとを 介して走る かまいたち 鶯女 いろはの武士へ
備えるは 聞かざる真似て 唖の君 古兵の 疾風圧し獲り
匕首に 鍔せり合いが ちはやぶる 血塗る瑕にぞ 沈むくれなゐ
根の國に 諸人たちを 送るべく 鯨幕にぞ 死路の旅かな
出でる里 残し者にぞ 伝わるは 虚ろ出任せ 千尋に響く
水泡に 帰るが如く 散りし種 振り袖逢うは 随に流れ
枝分かれ 四方に乱れて 限りなく 押しては返す 根無し草かな
さるお方 隙間風にぞ 首を振り いずこか娑婆に 怪の源
慙愧むけ おもむき品を 蒐めたる 隠居暴いて早馬の足
人攫み 玻璃の鏡に 映せども 御免被る 無花果の花
日ノ本の 龍の島にぞ 隠れたる 春告鳥が 一二三の禍根
目を凝らし 忍ぶ黒衣に 命じたる 虎の巻にぞ 従いたまえ
アイテム番号: SCP-707-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-707-JPが存在する403号室は、現在財団が借用しています。403号室の部外者による侵入を阻止するため、外部へ繋がる窓は全て強化ガラスに取り替え、封鎖して下さい。玄関は財団製のオートロックとアナログキーによる二重ロックを設置し、常に施錠された状態で管理されます。
説明: SCP-707-JPは██県███市に建設されている█████マンションの4階、403号室で発生する異常現象です。SCP-707-JPが発生する部屋の間取りは1LDK(約25平方メートル)で他マンションの内装と同等ですが、浴槽やトイレなどの壁が全て破壊されており、個室や壁が存在しない1つの空間へ変化しています。室内の最深部であるリビングの壁際には経年劣化と汚染が認められる椅子が一脚存在しているものの、照明器具をはじめとした家具全てが破壊されています。これら物理的破損はSCP-707-JPの異常性により破壊されたものであると推測されています。
SCP-707-JPは403号内に生物が侵入すると異常性が発生し、進入者が内部へ進行するごとに段階的に影響力が増加します。403号室唯一の出入り口である玄関付近では、個人差があるものの圧迫感を自覚する程度に終わり、容易に脱出することが可能です。玄関から約2~3m進んだ位置に到達すると、進行者の肉体に物理的な影響が現われます。進入者は身体動作が緩慢となり進行に支障を来すようになります。この時点で進入者は玄関側へ戻ることが不可能となり、外部による援助活動は無意味な結果に終わりました。
約5~6m進むと進行者の肉体に、打撲や骨折を初めとした負傷が発生します。特に影響を受けやすいのは四肢の末端部分と全身の関節部位で、内部進行または時間経過により負傷箇所が増大・重症化していきます。特筆すべき点として、肉体の負傷は進行者の脚部や股関節に致命的な負傷を発生させますが、進行者には一切転倒は認められませんでした。約7m付近で進行者は、自身の意思や肉体の負傷に関係なく未知の力で最深部へと進行し、全身をあらゆる方向から圧縮され死亡します。
SCP-707-JP内で発生するこれら物理的損害は、室内に不可視の物体が存在していることで発生するものであると推測されています。707-JP研究チームは室内に存在する不可視の存在を証明すべく、サーモグラフィーや暗視カメラを用いて室内の観測を行いましたが、403号室内に生体反応が検知されたことはありません。財団標準耐圧スーツを装備した状態なら最深部へ進行することが可能ですが、退出が不可能であることに留意して下さい(詳細は調査記録-3を参照)。
調査記録-1
調査目的: 無人ドローンによる玄関と窓からの進行。
結果: 玄関から進入ドローンは3m付近で不可視の障壁に遮られ、それ以上進行することが出来なかった。窓から進入した場合、約10cm入室したところで破壊された。
調査記録-2
被験者: D-622
調査目的: 403号室にDクラスを投入し、室内の調査を行う。
結果: 5m付近で全身の骨折が発生、未知の力で進行する様子が確認された。8m付近で頭蓋骨陥没により終了。
調査記録-3
被験者: D-985(通信機器・小型カメラ・ライトを装着。圧壊による終了を回避するため、財団標準耐圧スーツと命綱を装備させている)。
調査目的: 最深部の到達と帰還。
<録画開始>
イトクリ博士: それでは実験を始めます。D-985、室内への進入を開始して下さい。異変や違和感を覚えたら、その都度報告するように。
D-985: はい、わかりました。いま玄関ですが……何だか圧迫感があります。目の前に何かがあるわけではないのに、精神的に進みづらいです。威圧感に似たものを感じました。
イトクリ博士: 体に支障はありませんね? 進行して下さい。
D-985: [数分間の沈黙]玄関から3mぐらい進みました。身体が重たく、動かしにくい。すごく狭い道を進んでいるみたいです。中は非常に荒れています。台風でも通ったみたいだ。
イトクリ博士: 室内の細かい様子を報告して下さい。
D-985: ……天井の照明器具が落ちて、そこら辺に蛍光灯の破片が散らばってます。腐った物が乗った大きな皿と、折り紙を縦に細く切って、わっかにして繋げたヒモがあります。パーティによく使われる奴ですね。あとは……子供用の赤い着物と、プレゼントが入っているのかな、派手な包装紙の箱があります。全部、ぐちゃぐちゃになっています。
イトクリ博士: 他に何か気がついたことはありませんか?
D-985: ……廊下を過ぎたあたりから、背中が押されている感覚があり、段々強くなっているようです。他には、ゴーグルに水滴が付くようになりました。この部屋はサウナみたいに蒸し暑いんじゃないかな。それと、これはスーツ越しでも分かるのですが、周りが柔らかいです。
イトクリ博士: 柔らかい?
D-985: ええ、柔らかい。だけど、手で押すと強い力で押し返してきます。弾力性がある。前にも後ろにも、みっちり。正直すごく気持ち悪いです。
イトクリ博士: 我慢して進んで下さい。
[壁際の椅子付近に到達するまで特筆すべき事項がないため、省略。]
D-985: 部屋の奥に来ました。凄く動きづらい……ハァッ、狭くて苦しい。酸欠で眩暈がします。……あ、3mぐらい進んだところに椅子があります。この椅子だけは壊れていません。奇妙ですね。
イトクリ博士: 椅子を調べて下さい。
D-985: [数分間の沈黙]椅子につきました。ハァ、ふう……ん? 何か、椅子の周りだけ弾力を感じません。見えない壁から抜けたのかも。楽になりました。えっと、椅子は座るところに黒いシミがあって、汚れているようです。コーヒーでもこぼしたのでしょうか?
[椅子のシミは、後の映像解析により腐食痕と推測された。]
D-985: 椅子の後ろに壁があって、「███ちゃん 7さいのおたんじょうび おめでとう!」とメッセージカードがあります。……ちょっと休憩、椅子に座っていいですか? ここしか休めるところがありません。
イトクリ博士: …。分かりました。座って良いです。休憩時間を与えます。2分後、戻ってきてください。
[防護服内に搭載されたカメラが反転。D-985が椅子に座ったため、視点位置が下がる。座ってから約2秒後、D-985の息を呑む音。]
イトクリ博士: どうしました?
D-985: あぁ、なんだ、アレ、ああ!
イトクリ博士: 冷静に。状況を説明して下さい。
D-985: あ、あの、部屋、へ、…の中に、あ、あの、バ、ババケモンが、ひっ、あぁいるッ! びっしり! 通ってきたとこに[短い悲鳴]
[小型カメラではD-985の主張する存在は確認できなかった。奥まで侵入した人間、もしくは椅子に座った人物のみが視認できる存在であると推測。]
イトクリ博士: バケモノの外見的特徴を説明して下さい。私の方からはあなた以外、生きた人間を確認することができません。
D-985: ッ![カメラが大きく動く。D-985が体を捻ったことによるブレ。]腹と脚がい、ぃ異常にふと、クソ、寄るな! ふぅ、ふとって、天井に頭がとどく、ででかい、部屋に密集し、して、全員身体をゆらし、ぐぅ、手に何かも、7歳ぐらいのぉお女の子を、もも持ってぅ[悲鳴]
[高さ約60cmの位置に、腐乱した女児の死体が浮遊している。女児の他に複数の死体(調査実験-2で投入されたDクラス職員・女児の両親)が、同じように存在していた。D-985が悲鳴を上げる前、一斉に死体が“クラッカーを鳴らすよう”に2つにわかれた。]
D-985: [悲鳴][罵倒]へ、へやから! に、にげ…
[D-985が椅子から立ち上がる直前、ぺたぺたと裸足でフローリングの床を歩くような無数の音が響く。D-985が立ち上がると、未知の力で後方に吹き飛ぶ。壁に激突し、約80cm浮いた形で停止。怪我および気絶は確認されなかった。]
イトクリ博士: D-985?D-985: [呻き声]
イトクリ博士: 今、どうなっていますか? 視点位置が高いようですが。
D-985: あ、あいつら[呻き声]い、いぃっきに詰め寄ってきて、ぶつか、って、お、おおぉさえつけられて、かべに[悲鳴。カメラ映像が激しく乱れる。]
イトクリ博士: 脱出できそうですか? バケモノ、未確認の存在が確認できた例は初めてです。戻ってきて下さい。
D-985: む、む、りッああぁあぁ! ぁああぁさわるな! 助けてくれ!!
[直径20cmほどの腐敗物(ホールケーキが腐敗したものと推測)が乗った皿が浮遊し、D-985の方へ近付いていく。]
<録画終了>
終了報告書: D-985の命綱をまき戻し救出活動が行われましたが、D-985を回収することはできませんでした。D-985は█日後に栄養失調により終了。その間D-985は「部屋中に存在するバケモノが、拍手をしている」と主張していました。部屋にパチンコ玉を投入すると、不可視の障害物にぶつかりながら部屋の奥へ転がり█mで停止、壁に到達することはありませんでした。室内の調査を行ったところ、403号室のみ緩やかな傾斜が形成されていることが判明。なお室内湿度を調査しましたが、異常な点は見られませんでした。
追加調査として、窓に設置した鉄板を取り外しDクラスを回収する方法が提案されましたが、不可視の実体が進行者を追跡する可能性が存在しているため、追加調査は保留されています。
アイテム番号: SCP-542-JP
オブジェクトクラス: Neutralized
特別収容プロトコル: SCP-542-JP群は20██年██月██日に異常性を消失したと判断され、Neutralizedに分類されました。
説明: SCP-542-JPは直径約30~50km、アクロシンやジメチルスホキシド等のタンパク質で構成されたオブジェクトです。SCP-542-JPは複数体存在しており、ユーラシア大陸の██████山・アフリカ大陸の██████地方・北アメリカ大陸の[編集済]にそれぞれ1個体が位置しています。SCP-542-JP群の外見および表面上は、その土地に応じた植物の繁栄と周辺環境による変化を受けており、隆起した丘や山のようにしか観測できないため、一般人に発見される可能性は非常に低いと考えられています。
SCP-542-JP群の全体像を確認するためサーモグラフィーを用いて観測したところ、球状の頭部と遊泳用の細長い尾部を持つ外見をしていることが確認されました。SCP-542-JP群の体表には、一時的に肉体が凍結された痕跡が発見されています。収容当初、氷河期による温度影響を受けたものと考えられていましたが、氷河期の年代とSCP-542-JP群の凍結痕の年代が不一致であることから、その説は否定されています。
SCP-542-JP群は移動能力を有していたことが判明しています。SCP-542-JP群の移動痕を追跡・特定し発生年代の調査を行ったところ、オブジェクト群は紀元前███万年以前、[編集済]に衝突し、地殻変動に準じた移動を行っていたことが判明しています。SCP-542-JP群の地球落下時における物理的影響は、少なくとも地球全体に影響を及ぼすことが可能であり、オブジェクト群の衝突時期とその影響を考慮した結果、世界規模におよぶ大洪水を生じさせた可能性が浮上。一部職員から「世界各国に神話や伝承として伝わる大洪水の原因」として、歴史学者および地質学者による究明が進められています。なお、SCP-542-JP群は現時点に留まってから███年かけて地中への進行を開始しており、地球内部へ移動を行っていた可能性が疑われています。SCP-542-JP群が進行した深度は最大で約0.3kmと浅く、地形的な影響はほとんどありません。
20██年██月、SCP-542-JP群の位置する地面からオブジェクトの体温が消失し、長期間活動の兆候を見せなかったことから、Neutralizedに分類されました。SCP-542-JP群の活動停止に至った詳細な理由は不明ですが、温暖化が原因とみられる外気温の異常上昇、もしくは時間経過による自然死の2説が有力です。
補遺1: SCP-542-JP群は、分子生物学者である█████氏の「地球未誕生」と表題された未発表の論文によって、その存在が明らかになりました。文献押収後、█████氏および関係者全員に、適切な記憶処理とカバーストーリーを実施しています。
█████氏の執筆した論文内容は主に、「地球は卵子であり、氷河期の発生は卵細胞を長期保存するため凍結されたもの」等、SCP-542-JP群を雄性生殖細胞(精子)と仮定し記述されたものでした。財団はSCP-542-JP群を発見/収容するに至った論文であることから、記載内容を正否すべく氷河期の発生ついて調査を実施していますが、明確な起源は明らかになっていません。
アイテム番号: SCP-810-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-810-JPはサイト-81██の防音加工が施された標準中型動物収容室のゲージ内で飼育されています。SCP-810-JPに接する職員は、防音処理が施されたフルフェイス型ヘルメットの着用が義務付けられています。
説明: SCP-810-JPは全長60~80cm、トラツグミ(学名:Zoothera dauma)に類似した外見を有する大型の鳥類です。SCP-810-JPは20██年現在32体存在しており、一般的な鳥類の飼育法で管理されています。SCP-810-JPはトラツグミおよびオオトラツグミ(学名:Zoothera dauma amami)には見られない発達した舌筋をしています。
SCP-810-JPは、他生物の鳴き声を精巧に模写することが可能です(以下、模写音と表記)。SCP-810-JPの知能は高度で、対象となる生物の声を繰り返し聞くことで習得することができます。SCP-810-JPは模写音の習得対象とする生物にはある一定の条件があり、オブジェクトにとって危険性が高く、敵対的な生物の鳴き声を対象とする傾向があります。SCP-810-JPはアラーム音や動物の鳴き声を録音したもの等、人工的な音を習得することは出来ませんが、生物の皮や骨を素材とした楽器の演奏音であれば、その音を模写することが可能です。SCP-810-JPは習得した模写音を同種間や子の前で発し、教え合うなどの行動が確認されています。
SCP-810-JPは多くの場合、外敵が自身の周囲に存在する状況や、身の危険を察知した際、模写音を発します。SCP-810-JPの模写音を聞いた人間を含む生物は、習得元となった生物をイメージする想起現象と認識障害を発症します(以下、模写音を聞いた生物をSCP-810-JP-Aと記載)。SCP-810-JP-Aに発生する想起現象は、対象物の生物の外見を知らない状態や、絶滅などの理由により存在しない場合でも発生することが確認されています。
認識障害による影響はSCP-810-JP-AにSCP-810-JPを視認させると、オブジェクトをオオカミ・██カッコウ・白い笛といった物体と認識し、SCP-810-JP-Aに白い笛を視認させると、それら物体をSCP-810-JPと認識するといった置換的な作用をもたらします。SCP-810-JPの認識障害は模写音の対象となった生物や物体に限定されています。
置換的な認識障害のほかにSCP-810-JP-Aは、SCP-810-JPと認識した対象物の声・音に対して異常な興味を抱きます。SCP-810-JP-Aは対象物の声や音を聞くため、苦痛や暴力的な手段を用いて音を発させようと、積極的に活動します。SCP-810-JP-Aに変化した被験者に異常行動の活動理由について質問したところ、対象物の声・音をSCP-810-JPが本来持つ鳴き声(以下、地声と表記)と認識し、「未知の鳥(SCP-810-JP)の正体を明かすため行動する」と主張しました。SCP-810-JP-Aは対象物に物理接触を行った時点で認識障害から脱しますが、対象物が声・音を発した瞬間、認識障害と異常な興味が再発し、最終的に対象物が破壊/死亡するまで暴力的な行動を行ないます。
SCP-810-JPは地声を発した場合、他生物(模写音を聞いたSCP-810-JP-Aも該当する)に上述した想起現象とSCP-810-JPに対して異常な興味を引き起こすことから、オブジェクトの模写音は、他生物の注意を自身から逸らす為に使用されていると考えられています。なお、SCP-810-JP-Aに生じた全ての異常な効果は、SCP-810-JP-Aが死亡するまで恒久的に持続します。
SCP-810-JPは財団の確認する限りでは、ニホンオオカミ(学名:Canis lupus hodophilax)の遠吠えと██カッコウ(学名:████████)の鳴き声を習得していました。ニホンオオカミはSCP-810-JPを主な食料供給源とし、██カッコウはカッコウ科の持つ托卵の習性によりSCP-810-JPのヒナが巣から放り出され死亡させることから、双方は外敵とみなされ習得されたものだと推測されています(白い笛については、補遺-1を参照して下さい)。
2種の絶滅動物は森林伐採・密猟・[削除済]等の理由により個体数が減少するに従い、オブジェクトは2種の模写音の発声頻度が低下していきました。19██年からSCP-810-JPの模写音は、アモイトラ(学名:Panthera tigris amoyensis)の骨を素材にして製作された笛の音に限定されています。
補遺-1: SCP-810-JPは18██年、蒐集院から押収したオブジェクトの1つです。押収文献の内容は、一般的に平家物語や源平盛衰記として知られる「鵺退治」の話と類似していますが、模写音や認識障害等、異なる点が認められています。
押収文献(一般的に知られる「鵺退治」とは異なる箇所を抜粋):
のおあある とをある びやうびやう のおわあるはたた様のいかづちを恐れ、くわばらから、鵺の如き鳥の大犬の真似吠え響きけり
件の怪鳥、獅子の頭、猿の胴、大犬の足、二又の蛇の尾を持つと伝わる
弓張月の丑三つ時、矢を虚空に射(い)り、ふりふり落ちたその姿には
獅子頭(ししがしら)や双頭の蛇尾など無くほろうけん ぼおうけん ほほう しづしづやんや
おもむき深き声で鳴く、名も知らぬ死路の鳥がいるばかり
押収文献の詳細な情報によるとSCP-810-JPは、[編集済]時代末期ごろから異常性を有していたことが判明しています。[編集済]時代当時の蒐集院はSCP-810-JPが人間の声を模写した場合の影響を想定し、大規模な捕獲作戦を実行。捕獲作戦の効果的な手段として、SCP-810-JPの模写音と対象物の区別をつけるため、日本に生息しないトラの素材を用いた笛の音を意図的に習得させ、その模写音とオブジェクトの視認時に生じる認識障害を目印に捕獲作戦を行っていました。SCP-810-JPが笛の音を習得し易くするため捕獲員は、オブジェクトに矢や石等を投擲しています。
SCP-810-JPは[編集済]時代当時に習得したと推測される笛の音の模写音を発します。しかし、アモイトラの骨を元に製作された笛は3つ存在しているものの経年劣化と[削除済]によって著しく破損しており、楽器として機能する状態ではありません。また20██年現在、アモイトラは絶滅した可能性が強く疑われており、██年以内にSCP-810-JPは模写音を全喪失する可能性が指摘されています。
- ロケット・埴輪号
- 桜花
- 化粧い桜に紅を差す
- 捩り不動
- 旅に病で夢は枯野をかけ廻る
- 水仙と胡蝶
- 聖母マリア
- やがて玉響に消えるなら
- 花の装い
- 青天の霹靂
- イカロス
- ある職員の小さな優しさ
- 私の話
- 図南の翼
- 死闘
10体並んだ土人形の傍へ11体目の埴輪が転がり込んだ瞬間、不思議な現象が起った。埴輪達は互いの身体を融合させて、一つの巨大な飛行物へ変形し、飛行物はそのまま大きなエンジン音を響かせ、大空へ上昇した。
丁度稲作の世話をしていた弥生人はポカンと大きく口を開いて、発射していく円筒型のソレを見上げる。呆然とした人間たちにお構いなく「ロケット・埴輪号」はグングン大空を突き進んだ。高度100m、500m、1000m、2000m、3000m……大気圏を突き抜けて、埴輪号は宇宙へ邁進したのである。
埴輪号の宇宙冒険は、そう容易いものではなかった。隕石の衝突、太陽フレアの接触、宇宙人の乗った円盤からのレーザー攻撃で、そのボディはボロボロであった。ロケットの先端部分の埴輪は奇跡的に形状を保っていたが、最早限界だった。
飛行が不可能となる前に埴輪号が、安全を求め着陸を決めた場所は、かつて飛び出した地球であった。埴輪号は様々な宇宙空間の冒険をしている内に機体のコントロールは不可能になっていたが奇跡的に埴輪号は、細長い島にほとんど墜落する形で着陸した。着地の衝撃で先端の埴輪は砕け散ってしまった。
埴輪号が降り立った場所は人気のない山中である。埴輪号は墜落後、破損した機体を出来る限り修復した。場所が山中であった為、不自然に目立つ土色のボディはカモフラージュし、周りの植物の色を装った。真似たのは色だけではない、見た目もそっくりそのまま擬態したのである。
自身が降り立った場所が生まれ故郷だと知らない埴輪号の人間は、知的生命体に助けを求め、遭難信号を送った。半径10m程度しか届かない脆弱な光であったが、これしか方法がなかったのだ。
遭難信号を送ってどれぐらい時が過ぎたのだろう。一日や二日ではない。最早助けなど来ないのではないかと諦め出した頃、一人の老人が山中を訪れた。藪を押し進み、山中を練り歩く。その途中、老人は発光する埴輪号を見つけた。老人は首を傾げながら柄を強く握り、光り輝く埴輪号を一刀両断にした。
後の竹取物語である。
ある屈強な一人の男が女の屍骸を横抱きにし、桜の小道を通っている時のことでした。桜花は満開でぽそぽそと花弁が散っていました。時折聞こえるのは男の息と、屍骸の髪の一房がはらはらと乱れる音だけです。
桜の小道は美しい場所ですが、禁足地でした。この小道は不可解なことに、人が二人訪れると、必ず片方は幸せそうに塵となって消えてしまう恐ろしい場所だったのです。この道を好んで通るのは、死体置き場に困った殺人者か、亡骸の処理が面倒になった葬儀屋といった限られた人たちです。
男は葬儀屋でも悪党でもなく、どちらかというと善良な人間ですが、腕の内にある屍骸は自身が首を絞め、殺めたものです。男は身勝手な恋慕の果てに、己を見てくれぬ女を殺してしまったのです。男は罪咎と屍骸を抱え、神隠しの小道に訪れました。あわよくば何もかも消してくれる事を願って……。
男は桜の小道を歩む以前、己の行なった行為や行動を大いに恐怖し、大変に後悔していました。最初、女の死骸を小道に放置してすぐ帰るつもりでしたが、桜の木下闇に立ち入った瞬間、胸の内にある悲しみが全て幸福に変わりました。胸が高鳴り、心が踊るのです。思えば、冷たく堅い死体を抱いている惨状は男にとって幸福の重みそのものでしたし、二人一緒という現状は至福であったのです。
一歩一歩二人が進むたび、両腕に抱えた女の屍骸が揺れ、指先がハラハラと散っていきました。どっとと小道の果てから、花弁を乗せクルクル乱れる強い一陣の風が吹いたとき、脆くなった女の首はごろりと外れ、木の根元にぶつかりました。カッと両目を見開いたかと思うと、みるみる粉となって消えていきました。女の身体も同様に、男が強く手繰り寄せている所為でバラバラと四肢が砕け散り、肢体そのものが失われました。男は蹲り、一人になった恐怖においおい泣きましたが、女と同様につま先から塵となっていきます。
やがて小高く降り積もった桜の花弁の上に二人分の服だけを残し、女の腹の中に眠っていた赤ん坊だけが取り残されました。赤ん坊は母親を呼ぶように、微かな泣き声を上げましたが、びゅうびゅうと鳴る風の音にかき消されてしまいます。赤子の口の上にバラバラと花弁が降り積もり、息の根を止めているようでした。短く太い手足を動かす姿はいじらしくもありました。無垢な姿に無情な人でも微笑むでしょう。しかし赤子の命はそう長く続きません。
赤子の身体を半分以上花弁が積もったとき、小道に足を踏み入る者がいます。それは殺された女の夫でした。夫は幸せをかみ締めながら小道を走りました。桜花に埋もれた女の服を掴んだとき、横たわる赤ん坊の存在に気がつきました。恐る恐る、赤子に降り積もった桜の花を手で払い除けた瞬間、赤ん坊は風に掻き消えました。もしかしたら母親が連れ去ったのかもしれません。
男は夢から醒めたようにゆらりと立ち上がり、周囲を見回しました。男はたった独りになっていたのです。風が吹き渡りましたが、男は消えません。彼は果てのない恐怖を自覚し口惜しさの余り、血の塊を吐くような裂帛の声を轟かせました。女の着物の裾を強く握り、ホロホロと涙を落とします。人のいないこの小道で、誰が男に同情致しましょう。ただ……爛漫の桜花が陽気に散り散りになっていくだけで……。
私が初めて紅を引くキッカケとなったのは、母が鏡台の前に座り、鏡で顔を確認しながら唇を赤く塗っている姿がトテモ印象的で、紅を引いた後、薄く笑う顔が綺麗だったからです。それは大人になった今でも強く記憶しております。化粧に対して興味を抱いた幼少の私は、母が鏡の前にいないことを確認した後、鏡台に備えつけられた柔らかい丸椅子に腰を下ろし、お目当ての口紅を手に取りました。蓋を外し、クルクル回し動かせば、真紅色のソレが顔を出します。母がそうするように首を前に伸ばしながら、赤い口紅を上唇にソッとあてがい、下唇の方にもツツッ……と真横に引き、ムズムズと上下の唇を擦り合わせました。鏡に映る自身の顔を見れば、女の真似事をした小さい男の子がボンヤリ見詰め返しています。
ホウと熱に浮かれたように、唇に色付いた鮮やかな部分を見詰めていますと、鏡の端の方にチラリと映る母の姿に気が付きました。ギョッとして振り返ると、母は無言のまま足音を立てず近寄り、鏡面越しに私の顔をマジマジと見詰めています。母は何かと厳しく、粗相をすればすぐに手が出る性質の人でした。ですので、キット打たれる……頬を叩かれると思った私は強く両目を閉じ、身を硬直させました。しかし母は意外な事に、ふうと浅く息を漏らし、私の小さな唇をハンカチで拭いながら「似合わない」と一言、少し目尻を下げ、薄く笑いました。初めて母の温かい笑みを見た私は、嬉しさのあまりホロホロと泣いてしまいました。
一度だけでなく、また母の笑みが見たいと思った幼く愚かな私は、同じように紅を引き、積極的に化粧姿を母に見せるようになりました。しかし母は、感情のない無機質な目で一瞥するのみで何も言いません。母の怜悧な態度は、化粧癖がつかないように意図的に行なったものなのでしょう。しかし、化粧に味を占めた私には逆効果でしかありません。
母の微笑が見たいと諦観と執着の入り混じった心持ちの中育った私は、やがて、人に隠れて化粧をするようになりました。母の口紅をくすねて使うわけにはいきませんので、コソコソしていますが、正攻法として恋人のプレゼントだと偽り、真紅の口紅を購入するようになっていったのです。理性では……情けない、男がするべきことではない……と思いつつも、どうしても私には自分の行動を止める事が出来ませんでした。断っておきますが、自身が女性になりたい等の願望は一切ありません。母が笑ってくれるかもしれない……という、一度味わった喜びのために紅を引くのです。強いて言うなら、煙草を吸うのは口寂しさのために欲しがるのだと聞きました。それと、同じようなものなのでしょう。
「いつもご利用でいただき、誠にありがとうございます」
数える程度の数だった口紅が十本の指をはるかに超えたそんな折……、新しい色の口紅を買うため、いつものように馴染みの化粧店に足繁く通った時の事です。陳列棚に並んでいる色々な口紅を……中でも赤色のモノを吟味していますと、背後からソッと声を掛けられました。いつの間に傍に寄ってきたのでしょう。私の右後ろにいたのは、黒く上品なスーツに、淡いピンクのスカーフを巻いた女性がニコニコと笑いながら立っていました。
「わたくし、化粧販売員のミヨコと申します」
「み、よこ……」
「イワナガ美容組合の商品をご贔屓にしてくださり、ありがとうございます。いきなりでございますが、あなた様に折り入ってお話がございまして……少し、お時間の方はよろしゅうございますか?」
彼女……ミヨコさんは目尻を下げた完璧な微笑を浮かべながらスラスラとそう言い、一歩近寄りました。私は……どうせ他の化粧品を勧めてくるのだろう……と考え、疎ましさを感じていました。商品を選んでいる時に近寄ってくる店員を、この上なく邪魔なものだと考えている私には、余計なお世話でしかなかったのです。キッパリ断ろうとした瞬間、彼女は素早く二の腕を攫み、耳元に口を寄せ小声でこう言いました。
「口紅がお好みのようで……私も赤い口紅は好きですよ」
あなたが使っているのでしょう、分かっておりますのよ……とミヨコさんは瞳で能弁に語りながら。
「あなた様にお話がございますのは……ホホ……そう険しく、そんなに激しく警戒なさらないでくださいまし。……話がございますのは、あなたに化粧を売りつけるのではなく、あなたが化粧を売る側に回って欲しい……タッタそれだけのこと……」
私は彼女の顔をマジマジと見詰めました。彼女は物憂げな眼差しで、姿勢良く立っているだけ……。彼女は私の二の腕からソッと指を放し、陳列棚に並ぶ商品を1つ手に取りました。勧誘の言葉を続けます。
「イワナガ美容組合は、新なる発展と進歩のために男性職員を急募しております。殿方はあまりお化粧をなさらない所為か、男性の雇用数が少ないのです。そこで……化粧にご理解のあるあなた様を歓迎したく思い、不躾ながらもこのような話を致しております」
彼女の言葉は真面目で熱心なものでした。聞いている内に、イッソ買う側ではなく買わせる方へと立場を変えてみるのはどうかしらんと思われてきました。この急激な心理変化は、”あなたが必要なのです”と、彼女に言われたことがキッカケです。母のトテモ厳しい教育と、冷たい態度の中で育った私は、女性に必要とされる事にこの上ない喜びを感じるようになっていました。少しでも媚びるようにお願いを……或いは、威圧的な態度で命令されれば、断る術などないのです。
どうかしら? と返事を迫られ、承諾した返事をすれば再度腕を掴み、彼女が勤める会社へ私を案内しました。本社の案内は、軽い会社方針と経営理念の説明が含まれていました。説明会が終わった後、彼女は「本社に勤める気持ちがございましたら、後日いらっしゃってください」とそう言い、私を解放しました。気持ちの整理などの時間の猶予をくれたのでしょうが、自身の気持ちはすでに決まっていました。ここで働いてみよう……もしかしたら天職かもしれないと考えつつ、指定された日にちに彼女に会いに行ったのです。
「マア……嬉しい。働いてくださるのですね? でも、務める前にチョット……わが社には研修期間があるのですよ。そこで会社の方針にあう方なのか、適正チェックがあるんです」
彼女はニコニコ笑いながらそう言い、私を会社寮へ連れていきました。研修期間中は寮生活が義務付けられている、とのことでした。研修の内容は省かせていただきますが、私は2ヶ月の研修期間を問題なく終え、本社に勤めることが決定されました。研修期間でも薄々勘付いておりましたが、イワナガ美容組合はホントウに驚くべき場所でございました。一番ヘンテコだったのは、社内の人間は特別な立場の人間を除き、比良社員は男女関係なく、ミヨコと一括した呼び名を有していたのです。
「あなたも、ミヨコと名乗るようにしてくださいませ」
と、76番目のミヨコさんがそうおっしゃった時は、男が女性名を名乗る事に違和感を覚えました。しかし、それは最初の時だけです。働く内に分かったのですが、イワナガ美容組合の社員は、本物のミヨコ様に憧れを抱いており、”彼女のように美しくなることに妥協や怠慢を許さず、弛まない努力を重ねているのです。美の運動として記憶に新しいのは、社内放送員、“98番目のミヨコ”さんが、05年度から10年度のミス・ミヨコに輝いたことです。五年連続ミス・ミヨコに輝いたことを記念し、美の見本として彼女の顔になる洗顔クリームを発売したのですが、商品は瞬く間にヒット商品となり、お客様から沢山のお便りをいただきました。“ミヨコ”の素晴らしさに気がついた私は、いつしか女性名で名乗ることに抵抗などなくなりました。寧ろ一種の誇りさえ自覚し、充実した日々を送っていたのです。
「前回開発した姿見の鏡面を応用した、持ち運びし易い折りたたみ式の手鏡についてですが、色は薄いピンク、見た目で差別化を計りつつ……可能なら男女兼用の……失礼……」
それは、新商品の開発の為にホワイトボードでプレゼンをしている時のことでした。会議中であるにも関わらず、ポケットからPHSが甲高い音を立て鳴り響きました。私は会議室に集まった沢山のミヨコさん達に頭を下げ、会議室の片隅に引っ込みました。通話相手は直属の上司で、告げられた内容はあまりにも衝撃的でございました。
「76番目のミヨコさんが……死んだ……」
通話を終えた私は会議室の皆に向けてそう言いました。ミヨコさん達は椅子から飛び上がらんばかりに驚き、否定の言葉を発していました。76番目のミヨコさん……私だけでなく、ここにいるミヨコさん達もお世話になっていたのです。狼狽するのが当たり前……。
「誰が死化粧を……」
「私……私がするように言われました。直属の上司からの命令です」
自分の胸に手を当て窺うように発言するとミヨコさん達は、優しい口調で早く死化粧をするようと言いました。私は丁寧に頭を下げ、会議室から出、堅苦しい水色のネクタイを乱暴に脱ぎ捨て、私は駐車場へ駆け出します。
76番目のミヨコさん……そうです……今回死亡したミヨコさんはアノ時、会社で働くように声を掛けてくださった彼女だったのです。76番目のミヨコさんは、トテモ親切に私のことを世話してくださいました。彼女は会社の先輩でもあり、人生の恩人でもあったのです。そのミヨコさんが、自身が死んだ際、私に死化粧をしてくれるよう前々から託してくださったのでしょう。先程の上司の電話は死亡通知だけではなく、その報せも含まれていたのです。
駐車場に到着すると、アイドリングしたままの黒いワンボックスカーに、黒いスーツを着た男性が4、5人集まっていました。私が「死化粧をしに参りました」と告げれば、ソッと差し出される六角形、必要以上に重たい金属物でした。暗く沈んだ顔で「お窺いしたいことがありますよろしいですか……?」と男に話しかければ「どうぞ……」という返事……。私はオズオズと口を開き、尋ねました。
「ミヨコさんは“誰”に殺されたのでしょうか」
「わかりません。例の財団か、他の組織か……。我々はミヨコさんのご遺体と商品の回収で手一杯でしたので……申し訳ないですが、はっきりとお答えすることは出来ません」
「ドチラにしろ、奴等がミヨコさんを殺したのですね」
私は力強く金属物を握り締めながら、車内の後部座席に入りました。76番目のミヨコさんは2席分スペースを使い、横になっています。死因は一目見てすぐわかりました。白い咽喉を大きく切り裂いた、惨たらしい傷があったのです。首からはドクドクと夥しい血を流し……ミヨコさんの顔は青白く……彼女の頬を撫でればまだ温かい……死んで間もなくといったところなのでしょう。私は涙目で安らかな死顔のミヨコさんを眺めつつ、彼女の腹部に馬乗りになりました。ミヨコさんの髪を結ったゴムを外し、髪の毛を指で梳きます。髪の毛がサラサラと動き、そのたび香ってくるのは、鉄錆と柑橘系の香水が混じった香りでした。その匂いを逃がさまいと、息を吸い込み肺へ満たし、涙を堪えました。だけど、息を吸う度に悲しく遣る瀬なくなって……まだ生きているのではないだろうかと現実を否定したくなって……。
涙を一筋ハラリと落とし、決意を固めました。男から貰った金属物を高く持ち上げ、彼女の顔へ素早く振り下ろすのです。鉄塊はミヨコさんの顔に直撃しました。二度目で鼻の骨が砕け、三度目で顔が平らになり、四回……六回……十二回……二十六回と続け、改めて彼女の顔を見ると、ズクズクに崩れ、グダグダに潰れた目も当てられない有様となりました。最早、誰なのか分かりません。私は逃げるように外へ飛び出しました。
「……済みました。ここまで顔を砕いてしまえば誰かわからないでしょう。”例の場所”に流してくださいまし」
「お疲れ様です……これを組合長様があなたにと……」
「組合……美与子様? 本物の、美与子様からですか……ッ?」
男が私に差し出したのは、白牡丹の絵柄が施された口紅でした。私はどこか呆然とした意識で、ミヨコ……美与子、本物の美与子様と胸の内で繰り返しながら、口紅を受け取りました。男たちが荒々しく車のドアを閉め、発進した後でもその場から動けず、ぼんやりしたまま車止めに腰を下ろします。美与子様から貰った口紅のキャップを取り、クルクル回し中身を検めれば、明るく派手なピンク色をしたソレが顔を出しました。私は直接唇に当て、スス……と動かし紅を引きました。
「綺麗だなぁ」
この一声は口紅に対するものなのか、美与子様に対するものなのか、わかりません。ただ、ピンク色の口紅を少し上に持ち上げ、通常ならどういった女性に似合うのかしらんと頭を悩ませるところですが、そんな余裕はありません。無意識のうちに上唇の肉を食い破り、ポタポタと赤い雫を垂らしていました。痛みは感じませんでした。ただ……顎を伝う血の感触で、唇を噛んでいる事にハッと気付き、舌先でペロリと滴を舐め取りました。次いで歯で食い破った箇所と、顎を伝った血筋を親指で擦り口の形をなぞります。綺麗に塗ったピンクがたちまち赤に上塗りされましたが、構いません。……私は、赤い口紅が一等好きでございましたから……。
――三番叟
「遠路遥々お越し下さり、誠にありがとうございます。六根清浄山越え訪れ、再びどっこいしょとお百度参りますように、不動明王御仏の見世物をご覧に入れましょう。なぁに他所と同じ催し、堂々巡りでは御座いません。この時期この時節お越しくださった方は非常に運がよろしい。先ず右手にご覧にいれますは、一本木に括りつけられ白装束着た、哀れな女でございます。両手足縛られた一本踏鞴に、身体を戒める黒縄の縛りは一種媚態の艶姿。して女の背後に横並ぶは、目欠け足挫き腕をもがいたちんば達にございます。アレ哀れな見世物の一つでございますが、無垢無辜を荼毘に付すには余りに残酷、福助共とご理解ください」
物見遊山の人達――
「人が縛られているよ」
「何をするんだろうね」
「足元に焚き木がある」
「女を縛る油を塗った縄が地面に伸びている」
「紐の終わりに蝋燭がある!」
「まさか」
「まさか?」
「まさか!」
――三番叟
「そのまさかでございます。あぁ、刮目なさらずともよく見え分かりますが、女の身体を縛る縄は地面に伸び落ち、少し離れたところに風前の灯。あれが完全に燃え尽きたらどうなるか……とか申しております内に蝋燭尺尽き、油を染み込んだ導火線に火種がたばしり、女の足元にある焚き木が濛々、煙り暴る火炎は増し増し、阿鼻叫喚の身悶えを。対岸の火事宜しく呆け指差し見れば、女を縛った縄を走る小火が、野暮に追い討ちかます颪で、やいやい攻め立てられ、案山子は火柱。女の服焦げ、白肌がべろりと捲れ、火ノ手から火ノ粉踊るは炎ノ舞。四苦八苦をつぶさに見たけりゃ、みだりに首伸ばせ」
物見遊山の人達――
「惨たらしい!」
「お前は顔隠しつつ、指の間からちらちら眼球覗かせて!」
「見える! ああ、見える!」
「何が見えるの?」
「勇ましい顔だ! 見える!」
「白目を剥き、もんどり打つ女しかわからぬ」
「不動様だ! 見える!」
「火炎の後光だ! 凝らし見えたぞ!」
「何ともまあ素晴らしい!」
――三番叟
「さすがにお分かりになったようで……。徳がお高く、炯々眼を持つ聡明さに感服致します。ここです、ここです! 今一番火車が大きく攀じれ、不動の火影陽炎の中に、ジロリと睨み付けるあのお顔! あれこそまさに、お不動様のありがたいお姿! さぁさこの神憑りを今見なければいつ見るか、一瞬で消える御仏の姿よ、次見たときは死んだ時よ、出会え出会え、よいよい!」
物見遊山の人達――
「ありがたや、ありがたや」
「このまま灰塵烏有に帰すのかな」
「あとで罪人の肉を配符するよ」
「ありがたや~」
終わりに――福助共達
「これにて、人様の物を失敬なすった上に人家に付火した女の捩り不動は終わりでございます。この女にひとつの救いがあるならば、それは春を鬻ぐ事がなかったということでございましょう」
「今後いつぞや五色の縄で身を絡め取り、火柱人柱の催しがあるかわかりませぬが、その時は両目を開目なすってご覧遊ばせ」
「ご配符するお守りはお一つ二束三文、一二三と覚え下さい。斯様に安価でございますのは、一本踏鞴が下賎な下々であります故……。高貴なお武家の菖蒲、高嶺の高天原の徒花、嬶か妾を焼べた配符ならば、一両もくだらないでしょう」
「それでは手弱女を翳め捕ろうと考える花泥棒、無頼にこいこい花ノ市揉めん。けんけん足で師走の如く駆け回り、ひょっとこ眇め品定め、腹心の手腕で十露盤叩き、我ら喜んでお買い取り」
「ご配符したお守りは気に入らなければ、犬に食わせるも良し、ドブに捨てるもよろしゅうございましょう。ただ、強烈な死に方をした人間の肉や骨は魔除けになると聞きました。どうぞ、お大事に。それでは、またお越しくださいませ」
一同
『物見遊山様一行のおな~り~』
その昔 篠突く雨が 迅く叩き
我が内の 音に軽やか 磁器の音が
ある男 ふらり手に取り 品定め
土塊に 同化と為して 紛れ込み
一度目は 正しく知れぬ 茶碗かな
濯ぎ口 深泥を掃い 水捌けて
野されども 腹も身の内 瑕僅なし
硝子戸の 一角押して 棚の中
窈窕な 細君気付き あなや声
新しく 銭を払いて 手中にか
女問い かぶりを振りて 拾い主
捨て物に 宝見出し 付喪神
我が憶え 一度の使い あらざりき
数え年 齢五十年 半生を
やもめ成る 流転万物 共に在り
我が主 朝夕餉にて 愛用し
三食の 白米盛るは 己なり
穿つ茶器 誉れを受けて 時重ね
寵愛を 他所に移らず 注がれる
これほどの 喜び知らぬ 物として
しまわれて 苔生し朽ちて 終と散る
覚悟あり 懐刀 真似事よ
男との ひねもす日々に 妻倒れ
病臥し 番い残すは 現世に
野辺送り 男憎むは 天命を
仏さま 先に殺すは 己なり
空に問い 涙落とし でくのぼう
寡黙ゆえ 遅りそびれた 言葉有り
皮肉かな 偉丈夫その身 障りなし
妻死して 顔を見せたる 孫娘
米を盛り 小山膨らむ 碗の我
口に食み 溜飲下り 追憶し
残された 九十九茶器かな お前のみ
肯きて 無言の答え 物のゆえ
二十過ぎ 独りの主 さらばえて
己触る 米の少なさ 物悲し
強張った 古枝かれは 死が迫る
斑なる 染み入るえくぼ 凄みこそ
老い故に 会得したるは 老獪さ
人の世は 水花の如く 溶き消える
かたち成し 捉えた瞬に 泡沫よ
不変ゆえ 我が主との 枝分かれ
寄る辺無し 木箱の檻に 己在り
誓い揺れ 亀裂巣掻いて 神堕ろし
辞世の句に 言の葉募り 左様なら
生まれ先 人魂なりて めおと元
永久紛う 陽射し忘れた 宿り木で
蓋開き 己攫いて 海を越え
五七五 筆左記乱れ 妨げり
白衣たち 妖物定め 通り名を
我があざな 九三一と 呼び申す
こんな夢を見る。
水仙を根元から引きちぎって食べ、茎の末を掴んだ指先が己の唇に触れた瞬間、男は毒にあてられ、どうと倒れた。だらりと口の端から溢れる赤い血はぬらぬらと光りながら地面を汚す。どこからともなく鳥揚羽がひらひら舞い、死に臥した男の屍骸に集う。蝶達は翅を緩やかに動かし、口吻を延ばして男の眼球を啜りやがて飛び立つ。森閑とした湖にめくらとなった男の屍骸だけが取り残れた。紫幹翠葉……佳境の湖はしんとしている。
あの屍骸は誰も弔ってくれないまま腐たれてしまうのだろうかと馳せた瞬間、ピシピシと硝子が砕けたような音が聞こえる。強張り固まった屍骸の口から、白く細長い物がハラリと滑るように溢れ出た。白いモノが頤を一撫でした瞬間、扇が広がるように大きく膨らむ。それは白水仙の蕾であった。水仙はすりり……と、蛇行するように男の口から這い出、緑色の茎を露にし、水辺の縁に止まった。水晶のようにどこどこまでも透け通る水面に近寄り、ノッソリと底を窺うように頭を傾ける。真っ直ぐ背筋を伸ばした水仙の首が完全に垂れた瞬間、視点がクルリと変わる。気付けば私は、屍骸と水仙を眺めていた立場から居場所を変え、水の鏡面を見下ろしているのだ。
私が居た場所を見ると、風に弄られる白い水仙がたおやかに咲いていた。ホウと息を漏らし、指先で水面を突くように叩いた。叩くだけでなく、柔らかい腐肉を突き破るようにたぷたぷと手の平を沈め細れ波立ち、女の人の髪を梳くように五指を遊ばせる。頬杖をつき、片手で小さい漣を立てていたが、その最中、少し離れた水面から波紋が広がっていることに気が付いた。雨が降っているのだろうかと思い空を見上げたが、そぼ降る様子はない。八面玲瓏の湖を見れば、水を飲みに来た蝶の名残のような、わだちの波紋が私の元へ近寄っている。……水面には誰もいない……風もない……。
両手をついてゆらりと立ち上がり、柔らかい真砂を踏み湖に足を延ばすと、地続きのように歩むことが出来た。先程まで波打っていたのにいつの間に凝ったのだろう。しかし、不思議だとは思わなかった。水を掻き分けて進む必要がなくなったのだと、自然に超然的な事実を受け取った。私が水面を進めば水に触れた足裏の跡が、浅瀬でもがく小魚のようにゆるゆると波打つ。湖の中央に到達した私は、両手両膝をつき水底を確かめるように内を窺った。外にいないのなら中にいるのだろうと思ったのだが、湖には生き物の影すらなかった。
四つ這いの姿勢のまま、水鏡越しに自身の顔を確かめた。黒い眼窩と、筋と穴の目立たぬ鼻があり、辛うじて仄かに色づく唇があった。私は水仙の花だった故に服を必要としておらず、一糸纏わぬ姿をたまをの星の熱りを感じそうな夜空の下、曝している。目蓋を閉ざし、私は鏡に唇を付けてみた。冷たいとも、自身の吐息の温度すら感じない無味そのものの接吻であった。こんなものかしらん……口吸いにはもっと温度があったように思えるがと、首を傾げた瞬間、水面に押し付けた手元に変化が生じた。見れば、指と指を絡ませるように水が溢れ出、ずぶずぶと沈んでいた……。
ハッとした時には、だぶんと重たい音を立て水の中に吸い込まれていた。荒風のような濁流に身体が揉まれ、少ししてまろび落ちた混乱が収まる。上を見れば、どれだけもがいても、空の下に顔を出すことはできないほど遠く、一瞬で深みに嵌った事を知った。このまま死んでしまうのだろうかと欠伸をするように大きく口を開け、泡を吐き出してみたが息苦しさは感じなかった。寧ろ、トロトロ沈んでいく心地よさに仮寝してしまいそうだ……。
ウトウトまどろみ、スヤスヤ眠る前に私は辛うじて目をあけた。目蓋は鉛のように重たかった。目を開いても、水が眼球を嬲る所為で景色がぼやけてしまう。それでも見開き、身の回りを確かめると、透き通るように綺麗な水だと思えた湖の中は、存外暗闇であることを素肌に纏わり付く影を見て自覚した。天上を見上げると、月に黒いものが翳め通る。最初、遠目になった夜空の名残かと思ったが、黒いものは風に揺られるように動いていた……夜空じゃない……。
じっと見詰めている内に、あれ鴉揚羽かしら……と思い凝視した。しかしあの黒い物は蝶の翼にしてはヤタラ翅が大きく、丸い形をしており、虫や鳥のハネとは異なっているようだ。……何だ、アレは何なんだ……と考えているうちに、ハッとした。眼だ。片目だ。万華鏡の筒を覗き込むように、片側の目がそこにあるのだ。眼球である証拠に、時折縹渺と点滅している……。誰が覗き込んでいるのだろうといぶかしんだ瞬間、いつも夢が醒める。
あれは誰の瞳なのだろう……。
ええ……わたくしはあの人を愛しておりました。私のお腹に妄らな空虚が充ち満ちた時、アノ場から逃げ出しておけば、コンナ結末にならなかっただろうと考えております。結果は変わらなかったでしょうけれど、状況や環境によってわたくしの被害者の数がグンと減っていたでしょうし、わたくしは懺悔しなくちゃ気が済まないの……ごめんなさい……心の底からあなた方に謝りたいの。異形のモノとして存在してごめんなさい。でも、アンナことになるだなんて、誰が想像致しまして……?
わたくしがまだ人間だった頃、神父様が教会のお庭に咲いている白薔薇をお手に取り、スンと匂いを楽しんでいらっしゃる姿に心打たれました。神父様の黒い服装と横顔を見て、修道女として許されない事なのに、一瞬で恋に落ちてしまったのです。神父様は妙齢であるのに対して、わたくしは初々しく成り立ての修道女でございました。神父様は特別お顔が優れている方ではありませんでしたが、信者に聖書を説く優しいお姿や、信仰に費やす誠実な態度の積み重ねにより、わたくしは以前から心惹かれてしまったのでしょう……スンスンと両目を閉ざして花の香りを味わう横顔を見て、たまらなくイジラシイ気持ちを抱いたのです。
神父様……如雨露をお持ちしました、といつもならソッと声を掛けてお渡しするのですが、胸が張り裂けるようにドキドキして、声が嗄れたようになり、身体が余りにも熱く火照っていました。わけがわからないまま地面に如雨露を置きその場から逃げ出し、その日、夕食もいただかないままお部屋に閉じ篭っていたものですから、心配して神父様がドアの前に来てお声を掛けてくださったのですが、その喜びはほろ苦く何とも優美なものであったことでしょう。神父様が気にかけてくださっている事実に悦びながら、掠れた甘い声で「……体調が悪うございます。風邪かもしれませんから……どうぞ……お引取り下さいませ」と答えるだけで、一杯イッパイでした。
その日を堺に、わたくしは恋煩いにかかってしまったのですが、神父様から見れば突如、理由もなく憂鬱になったようにしか見えなかったのでございましょう。驟雨が降るある日の夕暮れに、神父様は「どうしたのか」とお尋ねになりました。声をかけられた瞬間、身体を強ばらせ、瞳をキョロキョロ泳がせ、わたくしは傍目にも落ち着きのない挙動でございました。硝子窓を拭いていた手が戦慄き、鳩胸が切なさに乱れ、呼吸がまともに出来ません。裏返った声と引き攣った笑みを浮かべ、「何もございません」と返事したのですが、神父様はわたくしをお見逃しになりませんでした。
「何もないって……僕は心配だよ。この頃、よくぼうっとしているし、ご飯もあまり食べていないようじゃないか。女性には……その、毎月の大変さがあることを知っているが……それとはチョット違うようだし」
「ええ、だから何でもないんです。ただ、……ホホ……ごめん遊ばせ」
隙を見て逃げようとしたのですが、神父様はドアの前に壁のようにお立ちになられました。わたくしの体調不良のワケを聞き出すまで逃さないつもりなのでしょう。神父様は、医者へ掛かるよう勧めるのではなく、思いの丈を吐露するように促そうとしたのです。何か悩み事があって思い苦しんでいるのだろうと神父様なりに考えてくださったのでしょうが、まさか神父様に対する恋慕のために懊悩としているだなんて、キット想像すらしていなかったでしょう。
罪深いわたくし……そうです。質問され、逃さないと壁になられ、わたくしはトウトウどうすることもできない混乱と焦りの果てに、云うまいとしたことを震える声ではっきりと……お気持ちを告げてしまったのです。か細いながらも、明瞭に聞こえた告白に神父様は驚きになられました。呆然とし唖然とした表情で、わたくしを頭の天辺から爪先の先端まで見遣ります。恥ずかしさと罪悪により猛り狂ったわたくしは神父様を乱暴に跳ね退け廊下を真っ直ぐ走り、自室に逃げ出し、ベッドにもぐって枕を濡らしました。
それからわたくしと神父様の妙に意識しあった生活はトテモぎこちなかったこと……他のシスターは喧嘩があったのかと余計なお節介をし、ホトホト参りました。ヤハリ、例えどのような脅し、誘惑があっても口を噤むべきだったのです。後悔と自責により、食事だけでなく眠りさえ満足に摂れないようになっていました。水火氷炭の苦しみの中、このまま衰弱して死ぬのかしらん……それならそれで構わない……相応しい罰なのよと、身体が弱りきった頃に、神父様がわたくしの自室にお声掛けとノックもなく、突如お入りになられました。
ギョッとしてお布団を頭から被り、イヤイヤをする子供のように神父様を拒絶しました。神父様から逃げ縮こまり、しばらくそのままでいたのですが長い時間何もおっしゃらないし全く動く気配もございませんから、怪しくなって恐る恐る顔を出しました。神父様はベッドの脇に備え付けられた椅子に座り、わたくしを見守っておりました。稚拙な態度を自覚したわたくしは羞恥に顔を染めましたが、それは単純な恥ずかしさではなく、女が男に向ける気恥ずかしさが含まれていたことは申すまでもないでしょう。
「最近はロクに食べず、碌々眠っていないようだね」
「……」
神父様はふうと浅く息を漏らしました。窓際にあった硝子花瓶を手に取り、細工を確かめた後、教会に咲いている白い薔薇を一本挿しました。
「……まぁキミの気持ちは分かった。だけど応えることはできない。貞淑に暮らし務めることが神に身を捧げた僕達の宿命だからだ」
「それはとっくに、モウ、分かっておりますわ……」
「うん……断ることは簡単だけど、はいそうですかとキミが納得できるわけじゃないだろう。だからね、キミには……ホントウに残酷なことを云うようだけれど……僕はこの田舎の教会を離れようと考えているんだ」
「…………」
「これが一番、双方にとって良い結果だと思う……だから僕はキミにお別れを云いに来た」
「いつ行くんですの……?」
「今日の夕刻にはここを出て、明日の早朝には村を出ていると思う」
何故、そんなに事を急くのでしょう……! と、胸のうちで裂帛を轟かせました。しかし、それを云うことは許されない……神父様はわたくしに話しかけようとしたのに機敏に察知しソレを避け、幾度となく対面しようとした毎に彼から退いたからです。自分が教会からいなくなることを、是非お教えしようとしてくだすったのに、親切心を跳ね除けてしまった……自業自得でございましょう。ですから恨み言も云えないまま、湿っぽい鼻の音と、大粒の涙ポタポタと布団に落とし滲ませました。
「最後だから……」
と、神父様がおっしゃったかと思うと、わたくしの手の甲を軽く摩るように撫でました。次いで人差し指を、中指を……薬指……親指を軽く摘むように動かせられれば、逆らうことなどできません。気づいた頃にはすっかり布団から手を放しておりました。神父様は布団を半分ほどはぐり、わたくしの身体を抱きしめました。最初は軽く擁するだけの淡い引き寄せでしたが、段々と力強く手繰り寄せていくのです。息をハッと呑み、もがこうとするように肉体を動かしましたが、遣る瀬無くやる気のない抵抗でございました。
「ずっと、こうしたかったんだ……」
神父様は頬擦りをするようにわたくしの胸元に顔を埋めました。肉の双丘に顔を収めた神父様は、幸せそうな子供の顔で、蕩けるように至福な堪能しておりました。男性と手を繋いだことはおろか、話をすることが殆どなかったわたくしは、通常時なら例え神父様でも拒絶していたことでしょう。しかし、愛している男性がゆるゆる身体を弛緩させ、甘えてくる子供のような彼に、どうしてそんな横暴な真似が出来まして? いっそ慈愛に満ちたわたくしは、神父様の背中にかいなを伸び回し、女性の身体とは異なったゴツゴツした肉体を甘えさせました。女性の温かみとは違う男性の熱度に驚きつつも、暫くわたくしと神父様は抱擁し合っていたのです。
1時間か2時間ほどしてから、神父様はトテモ名残惜しそうにわたくしの身体からお離れになりました。その顔はいつまでも埋もれておきたい誘惑に迷っているようでございました。しかし、「ぼくは行かなくちゃ」とお別れのお言葉を残して、目の前からいなくなりました。わたくしは神父様の残り香ともいえない、我が身に残る熱をじんわり確かめながら、頬を真紅色に染めました。目尻から涙が滲むのは仕方のうございますが、彼が最後にくれた白い薔薇を見詰めている内に心持はスッカリ平気になっていたのです。
神父様が教会からいなくなってから、新しく赴任なされたのは50の歳を過ぎた祭司様です。祭司様は神父様とは異なり、寡黙で愛想のない方で何を考えていらっしゃるのか解らない人でございました。ただ、感情の起伏を感じさせない瞳が、蟲のように思えて仕方なく、正直あまり好きではございませんでした。わたくしは司祭様に対して、苦手意識ではなく嫌悪感を自覚していたのですが、男性の年長者……それも祭司様に一介の修道女が憮然とした態度を取るわけには参りません。嫌悪を押し殺し、我慢我慢の生活だったのですが、そんな折、お祈りの言葉を捧げ、お庭に咲いている薔薇たちにお水を遣っている時、偶然通りすがりになった祭司様は、ワザワザ道をお戻りになりわたくしを……いいえ、わたくしの下腹部辺りを凝視するのです。
「いかがなされましたか……?」
一瞬、激しい嫌悪で顔が強張りました。ですが、何とかやり過ごし尋ねると祭司様は首を捻り顎を摩りつつ、
「お前、お腹どうしたんだい……?」
「……お腹でございますか? そういえば……何だか膨らんでおりますね」
誤魔化すようにゆるゆると呑気を装って笑うわたくしに対して、司祭様は剣呑な眼で睨みつけ一言、……交わったか?……と。
「ま、まじわう……とは」
「不純な行動をしたのかと、聞いておる」
「エエッ、そんな……わたくし、わたくしは……」
「前の神父と……」
「アノ……わ、わたくしは神父様と抱き合いはしましたが、神父様は胸でお休みになっただけですわ。わたくしがいけなかったの……まさか、そんな、タイソレタ……間違いを……間違いを犯すだなんてわたくし、わたくし!」
爪を立て頬を押さえ、迫真蒼白、意識朦朧、息も絶え絶えとなり、激しい衝撃が頭を襲いました。涙を溜めつつ、神父様が無罪であることを訴えるのです。わたくしがどうなろうと構いません。だけど、だけれども……神父様のお身に、迷惑がかかることが何よりも恐ろしい……。祭司様に拙い女の言葉を訴えると、その内に心なしかお笑いになり、
「分かった解った。君の話は心得たさ。でも、お腹のことは心配だからちゃんとした病院に診て貰った方が良いよ。不安なら私も一緒についてあげよう。そんなに泣きじゃくっちゃだめだ」
と嗜めるのです。
この時、二人は勘違いをしていました。
まず祭司様は、神父様とわたくしが身体と肉体を抱き締めあったこと、それを大袈裟に驚き悲しんでいるものだと考えていたのです。病院に罹るようにおっしゃったのは、純粋な年長者としての言葉であり、他意などありませんでした。しかしわたくしの方では、無知が故に甚だ身の程知らずの思い違いを強くさせていたのです。司祭様の一言で貞淑を犯したことがスッカリばれてしまったのだと思い込んでいたのです。端的に述べれば、正直なところわたくしは異性の交友……交わうというものがどういうことなのか全く知りませんでした。花が風に香りを乗せ、花弁の一片を崩すだけで子供ができるのだと思うように、異性と抱擁した事実が不純な罪そのものだと、そう考えていたのです。
祭司様に促されるまま一緒に馬車に乗り、村から少し離れた病院に掛かりました。わたくしを診察して下さったのは男のお医者様で、わたくしの膨らんだお腹と修道服を一瞥して非常に驚いた様子でした。わたくしに異性との交友関係についてお尋ねになり、司祭様の手前、正直な返答をしたのですが……。
「ハハハ。そういうことか。心配しないで下さい。あなたは男性と関わりがなく妊娠したというのだがね、これは……ん、いや、それにしても乳が張っているね、産んだわけじゃあるまいし」
「……様、だ」
ぼつりと司祭様が、何かをおっしゃいました。お医者様とわたくしは不思議そうに司祭様を見ると、ギラギラ炯々、活気と熱気が狂気にウネった眼をし、口角を上げ、両手を広げながら、次いで大声で叫びました。
「マリア様の再来だ!」
司祭様はどこか壊れたご様子で、わたくしの両肩を肉に肥えた脂っこい指で掴み、唾を飛ばすほど興奮し……いいえ、錯乱し顔をズイっとお近寄せになりました。わたくしは余りにも不快で顔を思わず顰めてしまったのですが、司祭様は全く気になさらず矢継ぎ早に捲し立てました。
「ああ! マリア様の再臨だ! 神だ! 神の子がこの女に! 奇跡だ、奇跡だ!」
「あの? 祭司さん、これは女性特有の想像に……」
お医者様は慌てた様子で立ち上がり、司祭様を窘め落ち着かせようとしましたが、司祭様は一切構わず、わたくしの腕を蛆虫が五匹揃った嫌悪感を与える指で握り締め、強引に引っ張って行きました。わたくしは嫌悪感の余り短い悲鳴を出し、そうしてどこへ向かうのかを祭司様にお尋ねしたのですが、何もお答えになりませんでした。馬車に無理に乗せられ、教会とは逆方向に走り、身支度もないまま汽車に乗せられてしまったのです。わたくしは混乱と不安の余り両手を覆ってシクシクと涙を漏らしましたが、司祭様はわたくしの真横に座り一心不乱に「マリア様の再臨」を説き、目をぎらつかせ舌を回しておいででございました。
到着した場所は村の教会とは全くことなった、辺鄙な土地にある大きな修道院でした。司祭様は昂ぶりながら修道院に入り、院の牧師様をお呼びになられました。その間、わたくしは別室に預けられたのですが、両者が話す内容は余りにも大きなお声でございましたので全て筒抜けでございました。密談の内容を纏めると「マリア様」の再臨を力説なさる祭司様と、「マリア様」の存在を否定する牧師様の、怒号轟々罵倒冷罵の論いでございます。修道院の牧師様はまともな感覚をお持ちになっている方でした。半ば暴力的に祭司様を追い出しになり、わたくしの境遇にご同情してくださいました。「きみはもう元いた場所には戻れないね」とおっしゃって、牧師様のご好意でこの修道院で生活すること勧めてくださったのです。
修道院での生活は極短いものでした。イイエ……わたくしは別に死去したわけではございませんの……というよりも、わたくしは死ねるものならば……自身で首を絞め、命を絶つことが出来たらどれだけ嬉しいでしょう。わたくしは最早……モハヤ……ああ、すみません。話を急いて、わけがわからなかったでしょう。修道院での短い生活を纏めると、記憶が薄れて不確かなところもございますが、お聞きくださいませ。
修道院の生活は以前のような、それこそわたくしが愛した神父様がおいでであった頃の穏やかな生活そのものでございました。お庭に咲いた花に水を遣り小鳥が囀り歌い、聖書を読み膝をついて懺悔する……修道女にとっては当たり前の日常です。ですが、そんな和やかな日々にある異変が起きました。それは修道院の門前に生まれたばかりの赤子が打ち捨てられてあったのです。赤ん坊の体は赤黒く、臍の緒も繋がったままであり、本当に生まれたばかりなのでございましょう。母親の母乳を一口もお召し上がりならず、愛情の授かりのない赤子に大変同情いたしまして、皆様と話し合いをし、この修道院で育てることになったのです。
そこで問題になるのが赤子のご飯のことでございます。修道院は辺鄙な場所ということと、貞淑で神聖な場所も手伝って、母親という存在からかけ離れた場所でした。唯一お乳がでるのはわたくしだけでございますので、これが修道院への何よりのお返しになると考え、命令されるまでもなく快くお引き受け致しました。はじめて触れる赤ん坊に不安があったのですが、両腕に抱いてみると不思議なもので、気持ちが一変し、授乳をした経験の有無などどうでもよくなりました。肝が据わるとは正にこのことなのでございましょう。首がグラグラと動く赤ん坊を抱いて口に含ませたとき、本能で子育てを会得し、問題なく授乳することができました。赤ん坊は元気よくアハアハとお乳を呑み、その姿にわたくし、強く母性愛を募らせました。
初めての授乳の後、不思議なことがひとつございました。お不浄のとき、白い腿の間からヌラヌラとした太く赤黒い筋が垂れてきたのです。久方振りの月物かしらんと思いましたが、それとは少し異なっていました。通常女性の月物は日にちを跨ぎ小出しに分けたものですが、赤黒い筋は一度に容赦なく流れ出るのです。ソレコソ禁断の果実を進めた蛇のような輝血が素肌を這いずっておりましたが、痛みは全くありません。血筋が収まった頃には、膨らんでいた下腹部がなだらかになっておりました。しかし、一度に大量の血をながした所為で、立ち眩みや眩暈などの貧血の症状がありましたから、お水を頂き横になりました。
ゆっくりお休みたいところでございますが、赤ん坊は大人の都合に関係なくお乳をせがみます。充分休めず身体のだるさが抜けきっていない疲労の中、何とか体を起こし、お乳を飲ませます。授乳が終わった時、自分の腹部に視線を寄越すとニキビともいえない、小さく赤い痣のようなものがぽつんと付いていることに気が付きました。虫に刺されたのか、どこかぶつけたのかしらと胸の真下にあるソレに触れると、指に伝わる柔らかさが虫刺されやニキビとは別種のものであることを教えてくれました。妙にフニフニと柔らかく、日が経過するにつれて乳頭のようなものになり、遂には乳房そのものとなりました。
わたくしは自分の身に起きた変化がさすがに堪らず恐ろしくなって、修道院にいらっしゃる年配のシスターに相談し、病院へかかることに致しました。修道院から最も近い病院でお医者様が傍目にも落ち着きを失った様子でございましたので、わたくしは死病か何かに罹ってしまったのだろうかとシクシク悲しくなってしまいました。赤ん坊がせめて乳離れするまで死ぬわけにはいきませんので、お医者様に患いを直す方法を幾度となく、何度となくお窺いしたのですが、はっきりした返事は一度も貰えませんでした。
自身が死ぬ可能性を自覚した大変恐ろしい不安の中、わたくしの肉体の変化は留まることなく変異していき、2月も経つ頃には牝牛のような有様となっていました。変異はそれだけではなく、赤ん坊がお乳を欲しがるのは当たり前のことですが、嘔吐するまで呑み狂うようになっていたのです。心を鬼にして時間を決め、お乳をやるようにしても赤ん坊は火が付いたように……いいえ、阿片か麻薬等の中毒者のように異常に狂いました。這いも覚束ないのに懸命に手足をもがき、わたくしを探し出しお乳をせがむのです。遂には乳を求めるのは赤ん坊だけではなくなりました。司祭様を追い払った人格者の牧師様までもがわたくしを無理に押さえつけ、乳房に吸い付くのです。シスター達も同様にわたくしの胸元にワラワラ集うようになりました。
その内にわたくしの肉体は人の形状を失い、波打つ肉塊へと成り果てました。人間の形が保たれていた頃、わたくしは誘惑したわけでもないのに胸元を求める他者に醜悪の感情と、人間の心を無条件に乱す自身に強い罪悪感を抱いておりました。しかし乳を求め、アハアハ急き吸い付く人を……“子供達”を見ていくにつれ、母性愛と慈しみを覚えるようになったのは否定できません。ソノ中に確かな懺悔心はありましたが、裏面にこびりつく我が子の愛情をどうして切り離すことができましょう。
聖母マリアは子供を産んだあと、立派に子を育てたとお聞きしました。しかし、わたくしが“あの時”生んだのは、虚構と虚妄の愛の子だったのでしょう。神父様の子にお乳をやるまで、わたくしは肉塊であり続けなければいけません。でも、どうやったら存在しない子供にお乳をやるのか、それがわからないの……神父様の子じゃない愛子に恣お乳を与える様は、神様のお目から見ればさぞ浅ましい事でしょう。醜悪そのものでございましょう。
ああ、罪深いわたくし……こうして生きて、死ぬこともできません。ああ……神父様。あなたのことを考える度に肉体が波打つの……お願い神父様、出来ることならば、最後に是非わたくしを、強く抱きしめてくださいまし。あなた様の抱擁に満足し、一生を終えることができるでしょう。自我を手放すことができましょう。神父様を強く願うたびに肉塊が俄に蠢動します。醜く身悶え、狂い脈打つ姿をどうかお許しくださいませ。
「あんまりそうやって燻っていると、花のように腐れ、木の根のように草臥れ、泥のように淀んでしまいます」
……と、男は臥所に横たわる女性に声を掛けました。女性は遣る瀬無い顔で、顔の半分以上を覆う黒髪を払うことなく、幽鬼染みた表情で男性を見詰めました。女性の顔には、悲哀とも悲愴とも云えない哀切の皺が、化粧のように彩られています。その色は幾ら拭い、どれだけ洗っても深く濃く刻まれており、一生涯女の顔から剥がれることはないでしょう。
強固に根強く付着した表情は、綺麗な女には似合わないものでした。本来なら薄く笑って幸福に過ごす方が相応しく、このような顔になること事態ありえません。どうしてこのようになってしまったのか……それにはあるわけがあったのです。女は裕福な家系の一人でした。しかし、ある凄惨極まる残虐非道の果てに、明眸皓歯も失せ、悲しみの化粧をし、一日の大半を寝て過ごす憂鬱な女性となってしまったのです。
「花は咲けどもやがて枯れ、古木は人知れず倒壊し、泥は清めども沼になります。これは幾ら人が手間、時間を惜しみ掛けても一緒ではございませんか……私はもう何もかもが嫌になってしまっているのです。かの名家の殺人事件よ、妄り囁く人の噂に抗おうと踏ん張り食いしばって、どうなるとおっしゃるのですか? あなたがどうかしてくださいまして? 私を流布跋扈した、有象無象の無辜の口々に精神を啄ばまれ死んでいく運命でしかないのですから……」
女が空笑いしたかと思うと、折角上げた顔を再び寝具に埋めてしまいました。女性の気持ちを知らず、臥所の近くの窓辺は眩しく朗らかな風が漂い込み、白いカーテンをふわふわ舞い上げています。男は女性の傍にそっと座りながら、艶のある黒髪を指で梳きました。
「……海……海に行きませんか?」
「曽根崎心中をしてくれるなら、あなたと一緒に行きましょう」
「またそんなことを云う。そんな事をして、一人だけくたばっちまって、もう独りがこの世に残されたらどうするのです? 私は一人になるのは嫌ですし、あなたは一人ぼっちになるのが怖いでしょうに」
男は女の二の腕を掴み、ゆっくりと身体を起こさせました。女の半身は下着を着けていない上着一枚の格好で、控えめな膨らみがなだらかに胸を主張させています。男は一瞬だけ女の胸元を思わず注視してしまいましたが、自制するように立ち上がり、衣装棚から上の下着と洋服を取り出し、手渡しました。女性は眉を少し寄せ、顔を顰めさせましたが、しぶしぶといった様子で受け取り、着替えを始めました。男はその間、女性に背中を向けて、両目を閉ざしています。衣擦れの音が止み、女が男を呼ぶまで決して振り返ることはありませんでした。
「もう、良いわよ。構わないわよ」
「はい……」
「あなた、本当変ね。もう何十年も一緒なのに、そんな些細なことを気にして……」
「しかし……私はあなた様の家族でありませんし、一介の使用人……」
「胸を見ていた癖に」
「……申し訳ございません」
女性はヤハリ悲しそうに……いいえ、泣きそうに笑いながら、茫々と乱れた長い髪の毛を丁寧に整えました。男はその間、海へ行くための準備を色々と済ませていました。男は海へ行こうと女に誘いましたが、それは思いから出た突発的な言葉でしかなかったのです。ですから、下準備というものは全くしておらず、普通は女の方が準備に時間が掛かるのですが、今回は男の方に時間を割いたことは云うまでもありません。
男は車を回して、女はその運転席の隣に座りました。女の格好は薄い水色のワンピースに白く大きな鍔の帽子を被っています。男の姿は少し前と変わりありませんでした。女は男にもっと涼しい格好に着替えるよう云いましたが、男は首を振り断りました。女はこれ以上指示し頓着しても無駄なことだとわかっているのか、それ以上は何も云いません。男は昔から頑固者でした。実は女が海へ行くよう男が促した言葉にさほど抵抗なく従ったのは、断れば断るほど、例えそれが嘘や思いつきの言葉であっても、男が頑固と意地になっていくことを知っていたからです。
車を走らせて20分経つか経たないところに海があります。海原は大きく広がり、海坂の果てを緩やかな曲線を描いているようでした。ざぶざぶと聞こえる自然のせせらぎが耳に心地よく、潮風が鼻を刺激します。女はレースの付いた日傘を差し、海辺をぶらぶら漫ろ歩いていました。男は女から少し離れつつも、後を付いていきます。二人の頭上を大きな鳥が、ひょろろと鳴きながら旋廻しました。
「良い天気ね」
「はい。どこもかしこも青く、心が洗われるようです」
「……ありがとう、オセッカイ」
どこか素直になりきれないような……もしくは本当は余計なお世話でしかなかったのですが、礼を云わずにはいられない態度で女がぽつりと述べます。男はそんな気持ちがわかっていたのでしょう。敢えて無言のまま、足元に転がった貝殻をひとつ摘み上げ、指でくるくると回しながら、物珍しそうに見詰めています。女は男の姿が見えないように、日傘をそちらの方へ何気なく傾けました。
女は目を細め、青い地平線の先を暫く眺めていましたが、やがてポツリと……。
「……当たり前の話だけど、この地球上のどこかで鯨が跳ね、氷山の一角が崩れているのだわ。それと同じように私が知らないだけで、比べるのはしていけないことだけれども……もっと不幸で、最悪な目にあった人間というものが、一人ぐらいいるのでしょう。私は毎日毎夜、お布団の上で転々し魘され悶えておりますけど……自身の不幸なんて、何てことはない事なのかもしれません」
「……。考えすぎは体と心に毒となりましょう」
「家のことをトヤカク云う噂も苦しいのだけど……私がね、一番耐え切れないのは……」
ねえ……聞いて。聞いてくださいますか……、と女はか細く縋る声で云いました。男は頷きましたが、女は男の姿を日傘で退けていますので、見えることはありません。ただ、こくりと首を動かした微かな気配だけは感じたようです。その察知は女が男へ向ける絶対の信頼、揺ぎ無い愛情ゆえに会得したものです。
「私が一番悲しいのは、思い出せないことが辛いの。あの時のことを追憶することが出来ない、それが一番悲しいの。先生からは……あんまり嫌なことがあると、防衛反応としてその記憶を忘れてしまうのだとおっしゃっていました」
「辛い記憶なら、無い方がマシじゃございませんか……」
「ええ、私もそう思って、受け入れようとしました。だけどね……それでも人間というのは苦い劇薬や辛い猛毒であっても、いつしか欲してしまうのよ。あなたには記憶がポッカリ穴抜けたことはなし、不幸といえるほど人並みの嫌な経験しかないから解らないでしょうけど……甘い菓子だけでぶくぶくと肥るわけにはいかないのですよ。人間は……」
「お嬢様……私も記憶を……いえ……」
男は何かを云い出そうとしましたが、言葉を挟めることは遠慮と礼儀のないものだと判断したのでしょう、身を引き黙り込みました。二人の間を、白い灯台の方から鴎が飛んで行きます。女はその白い鳥を視界の隅に留めていました。
「私は大切なものを苦しいだけの理由で投げ捨ててしまった。例えそれが生きることの出来ないほど辛い記憶を本能で消したとしても、どうして簡単に忘れることができるのでしょう。私は薄汚れた薄情な人間なのです」
「……眩しいものに近づきすぎる事は墜落を意味しています。知っているでしょう、あの有名な、蝋の翼を持って飛び去った人のお話を……彼は落ちて……ただ落ちるだけではなく、海の藻屑となってしまったのです」
「どうせ死ぬなら……あなたと一緒が良い」
共倒れの話は海へ出る前にしたものですが、男は女性の言葉を決して否定しませんでした。それは思いの丈を吐露し、心の奥底に沈んでいた考えを縋るように口にした女性を、傷つけまいとする優しい気持ちからくる思いやりではありません。寧ろ男は、共に死ぬことを肯定的に捉えています。しかし、自殺で一番恐ろしいのは失敗してしまうことです。死にたがる女を残して、自分だけが死んでしまった場合を考えれば、簡単に賛成できなかったのです。
「……浮世の全てがうたかた、たまゆらならば……私は空白になった記憶を取り戻したい……」
女は男の姿を遮っていた傘を退かし、もう片方の肩に寄せました。女はほろりと涙を零しています。男にとって女が泣く様子は夜空に流れる星の如く綺麗に見えました。そう見えたのは男が女のことを揺ぎ無く掛替えのない大切な人だと考えていたからです。男以外の他者から見れば、ただ普通に泣いている人間にしか映らないでしょう。
「私は全てを受け入れたい。あの事件は何がきっかけで、どのようなことがあったのか……事の始まりは私かもしれない。だけど、全て忘れて虫良く生きることなんて、どうしてできましょう……そう覚悟しても、何も思い出せず、ずぶずぶと深みに嵌ってしまいます。生霊とも死霊ともいえずふらふら迷い、ぐらぐら惑うばかり……のうのうと過ごすにはあんまりひどい……」
女は自身の人差し指で、涙翳む露を弾けさせました。
「あんまり酷い話じゃないですか……っ」
とうとう持っていた日傘をバタリと落として、女は両手で顔を覆い、蚊の鳴くような悲痛な声を漏らして泣き始めました。男は潮風に突き動かされる日傘をソッと手にし、閉ざします。女の背後に近寄って、柔らかく小さな肩を掴みました。
「もう戻りましょう……あなたが束の間刹那でも、苦しみから逃れることが出来ればと思いましたが、逆効果でしかありませんでした。すみません……私が短慮ゆえ、思慮と配慮至らず真綿でキリキリ苦しめることばかり……。さ、もう、戻りましょう」
「いいのよ、いいのよ……ここにいさせて頂戴な」
男は思わず視線を逸らしました。唇を淡く歯噛みさせ女の背中から一歩下がるのです。男は女の涙や揺らいだ心持が落ち着くまで無遠慮に触れることはせず、黙って見守りました。
……その様子は女の昂ぶった気持ちが落ち着くまで冷静に待とうとする優しい姿のように思えますが、男の心に……僅か数分の間に、最初は気の惑いや世迷言とも云えない考えが、下り坂を駆け下りるように段々と大きくなっていくのを、ハッキリと自覚していました。それは恐ろしい考えでしたが、何とも力強く魅力的なことであったことでしょう……長根歌、比翼連理の言葉を受け取った有名な話のように、「はやく、はやく」と手招きをし、共に死にたいという女に対して、ある本能的な察知をしていたのです。
一言で申すなら、男はこう考えました。女がこの場に留まりたい理由は、男が女のか細い手を取り、紺碧の海を進みんで蛤の吐く蜃気楼に溶けたいのかもしれない……だけど、勾引かす波に遮られ双方が別れてしまったら……。道連れの充てとして、水死というのは最も縁遠く忌避せぬばならぬものです。それならば、男がすべきことはただひとつ……この手で彼女の首を手折ることが唯一の方法でしょう。キット、この女は望んでいるに違いない……好きな人に殺されることは素晴らしいものだと相対死を……。
男の胸中に一度心の中に翳った曇りは中々晴れることなく、疑心は予感となり、予感は確信となりました。私は彼女を殺せるのか……と、男は口の中で呟きました。人を殺すことは恐ろしい事です。中でも愛している人を殺すことは辛苦そのものです。女は記憶が不確かですが、家族同士で殺しあったことに対して苦悩を抱いており、家族当然の男を殺すことはできません。ですから、女の望みを叶えるのは男自ら動かなくてはならないのでした。
「……、……」
男はぼうとした調子で、背中をゾクゾク震わせながら女の名前を幽かに呼びました。女は目の縁に涙を溜めながらもニッコリと、これ以上ない莞爾顔で振り返り、男を信頼した顔で見詰めています。男は女のか細く華奢な首をじいっと凝視していました。
「……お嬢様……私……、私はあなたを――」
拝啓 あなた様
かつてあなた様とは婚約の契りを交わしためおと仲でございましたが、うつりにけりな悪戯に心変わりする愛情の矛先を他所の女性へ注ぎ、愛人との約束ゆえに私を刺し、山中へ遺骸を捨て長い月日が流れましたが、いかがお過ごしでしょう。あなた様が私の胸に煌く刃を突き刺したことは、今でも忘れることはできません。久し振りに二人で出かけようと云って、辺鄙な場所へお出かけ致しましたね。
……人気のない山中の墓標となる大きな楠木の傍で、あなた様はイキナリ振り向いて、私を殺したんです。まず初めに首をむんずと掴み、咽喉を乱暴に締め上げました。頭の中に驚きが充ち満ちているその最中、どこに隠していらっしゃったのでしょう……白刃の一突きが胸を刺突しました。あなた様が殺意を持って私を刺し、膝から地面に臥し倒れ、どくどくと流れる血流と血溜りをボンヤリとしたまま見ているうちに、殺された事実をヒシヒシと自覚をしました。
あなた様は躯を前に青息吐息……その荒い呼吸は胸を刺したことではなく、人を殺したゆえの精神的なお疲れだったのでしょう。疲労困憊とまではいきませんが……暫くその場に居座り、心と身体を休め、そのうちあなた様は立ち去りました。その時、穴を掘る道具を持ってきておりませんでしたので、それを取りに一旦お帰りになったのだろうと思いましたわ。最後まであなた様が戻ることはなかったのですけれど……。
死んでから間もなく、月光の銀波と星雲、陽光の金波と斑雲を淀んだ眼で具に眺めるだけの、何とも寂しく虚しい毎日でございましたでしょうか。葉擦れやちろろの音調が茫漠を際立たせ、孤独そのものが深奥から冴え澄み渡っているかのようです。その内、私の体が腐れ始めました。腐敗は自然の摂理であることは承知しておりましたけど、我が身に起きる異変が……姿が崩れ、肉が溶け、骨が離れるその有様は無念で残酷なことでした。
泣いて身悶えても、身の毛の弥立つ変化は留まることなく、ズンズン進行していくの。最初に鼻が潰れ、鼻先の頂にある軟骨がポロリと落ちました。次に唇が縦横無尽に破れ、歯列を覗かせたの。長く艶やかな黒髪がハラハラと乱れ落ち、雑草にへばり付きました。青黒くなった腹部が大きく膨張したかと思うと、死の臭気を放ちながら破裂し、臓腑がどろどろと地面へ染む……へどろのようになった私は長い時間をかけ、白い遺骸へ……ようやく骨組みだけになれました。
私は泥のような肉体は余り好きじゃございませんでした。だって傍目にも醜悪で、何とも不快なものでございますでしょう? 腐敗が中途半端な時分は、イッソのこと野鳥や啄ばみ、虫が啜るように願ったものです。……でもホントウは、キチンと火葬して、コンナ楠木の無縁仏ではなく、チャントした墓標へ納めて欲しかったのですけれど、骨しか持たない私は思う侭に動くことはできませんので……。
ただ……早く誰か私の躯を見付け、埋葬してくださらないだろうかと考えておりました。それは亡者の願いでもあったのよ……無弔いの虚しさや口惜しさが、ゴチャゴチャ渦巻き渾然一体となって……その思念を神様がお気に留めてくださったのかしら……あなた様が肋骨を砕き、心の臓に届いた凶刃の瑕に、若草色の青い芽がポツポツとくっ付いていたのです。
それは苔にしては余りにも眩しい緑色で、雨粒が降れば俄かに大きくなり、蔓とも蔦ともいえない触腕が肋骨全体に広がりました。最初、風が植物の種を運び……或いは、小鳥の落し物の種子が時季になって芽が覚め、骨を突き破ったのかと思いましたが、よくよく見定めれば違う有様で……。植物の種は、雨粒が岩を穿つように堅い骨を通過したのではなく、骨の上に種が宿って生長していたのです。
その種子は更に時期を重ねると、伸びた蔓蔦の節々に穂先のような突起を見せるようになりました。それは徐々に花開いて見事に開花し、胸骨の捨て鉢は小奇麗な花束になりました。名前も知らない菫に似た愛らしい花は、何とも優美で素晴らしいことでしょう。ただ本能で咲いて、ただただ本望に精虫を散らす花とは違うのです。抜け殻に咲いた供花は遺骨に芽吹くことで一種の美となり、一個体として命が宿り、私はそうして生まれ変わったのよ。
生まれ変わる……流転転生したその身が可憐であること……前世の意識を保って存在しているコト……嬉しかった。悦びを感じました。心残りをヤット叶えることができるのだと思ったのですから。あのね……私が願っているのは、もう一度あなた様に可愛がられたい、ただソレダケ……愛しいあなた様に慈しみられたい、ソレッキリの夢想なのです。
ワタシ……少しもあなた様を恨んでいませんよ、呪ってさえいないのよ。好きな人に殺されたのですから……それがどんなに歓迎すべき末路であるか、あなた様はお分かりになりまして? でもね……少し不満がございますのよ。一つだけどうしようもない不満が……ソウ……私、寂しかったの……。花へ生まれ変わる間、あなた様は、一度も顔を見せて下さいませんでした……。それがどれだけ懊悩と滂沱を重ねたことでしょう……。
でも……もうそれはいいわ。私はあなた様のお傍へ、お近付きになるために花の子を散らしながら、ゆっくり辿り寄っておりますから……。飛び梅の伝説のように……各地に足跡を残し、様々な場所を苗床にする……短い輪廻と長い道則を幾度となく繰り返し、最後に枯死するのはあなた様の家に置かれた花瓶の中……あなた様の顔や声を花の姿で見守り、私は枯れるでしょう……。
妄らな夢想とは思わないで……キット辿り着いてみせますわ。
あらあらかしこ
つばめに代筆を願った、あなた様の愛した野辺の供花より
明日は晴れるといいな。
初めは小さなひび割れだったと思う。誰も気に止める事のない極小の傷だったに違いない。それが今では、空を見上げれば木の枝ソックリの白い亀裂があちこちに伸び、おおぞらは巣掻いている。四方に絶え間なく広がる罅割れは、最早隠し通す事ができない。
エージェント・ヨコシマは財団に課された任務を遂行するため、バイクに跨りエンジンを蒸かした。バイクを発進させる直前、エージェント・七瀬が「そんなことをして意味はあるのか」と問うた。どういう意味なのか聞き返すと、何もかもが終わるのに仕事をしている意義があるのかとそう云うのだ。確かに七瀬の言葉は正しいのかもしれないと、ヨコシマは思った。だが、全てが終わったと判断するには早過ぎる……財団は指令を撤回していないと答えると、七瀬は「もうやめてくれ」とか細く呟いた。
ヨコシマは安心させるように笑いかけると、七瀬は顔を背けた。彼は苦笑した後、バイクを発進させサイト-8181から出る。しばらくバイク走らせると、悲鳴の囀りが聞こえる山道に差し掛かった。そこは閉鎖的に収束しながら太陽光が乱反射する、淀んだ畑の広がる田舎風景だ。真っ青な新芽が芽吹く人形畑の向こうでは、珊瑚礁に似た高層ビルが地中に沈んでいる。碧落に押し潰されているようだ。
薙倒されたビル郡の上で煙のように漂う極彩色の風雲を、剣山の木々が突き刺さっている。樹木の根元で擁する男女が阿諛追従、舐り合っていた。極楽鳥達が美しいハミングで血飛沫を散らす。7頭の牛が尾の鞭を払いながら、互いの尻を追い掛け回している。目前に広がる光景は何と純朴な風景なのだろう……何と懐かしい田舎の情緒なのだろう……世界が終わるとは到底思えない。空に皹き渡るものさえなければ、日常が続いていたに違いないと彼は考える。
……イヤ……本当にこの光景は正しいものなのか……風景がヤケに眩しく……矢鱈ぐらつきコノ上なく不安だ。この焦燥が、ただの杞憂であれば良いのだけれども……。
ヨコシマはバイクを緩やかに停車させ、ゆっくり瞬きを繰り返した。瞬きする度に眼球の裏側に紙鑢でも挟まったような違和感を覚えた彼は、自身の眼を抉り出そうと人差し指を曲げた途端、声が掛かる。声の方を見れば数日前「二日前に埋めた自分の死体が収穫時だから」と、懸命に探していた男性が、親しげに唾棄しながらヨチヨチと駆け足で近寄ってくるのであった。
「どうしたんですか? ご自分の死体はみつかりましたか?」
「まだですわ……畝を掘り返しているのですケド、ナカナカ見付からないの。ごめんなさいねぇ。この前は付き合ってもらっちゃって……」
構いませんよとヨコシマが答えると、男は軽く会釈をして立ち去った。緩慢な速度でヨタヨタ、フラフラ歩き去るのである。今にも倒れそうな歩行は、転倒の有無を心配するには十分なものであった。男は転ぶどころか躓くことすらなかったが、突如飛来するように横切って来た赤子の顔を持つイノシシが、男性を捕食する。
長閑な墓地に断末魔が響き渡るが、ヨコシマは一切構う事無く沈む都心部へとバイクを走らせた。数分しない内に、ヒマワリ畑の群集が無辜として振る舞う、賑やかな往来へ到着する。悪鬼羅刹の群集の頭上に、絶滅したモンシロチョウがビルの窓硝子を砕き、赤く青く黄色い鋭利な紙吹雪を散らす。ソノ様子にヨコシマは若干右顧左眄したものの、早々に歩道を通り抜けゴミゴミとした路地裏に逃げ込んだ。
無人の道路でヨコシマが一息ついた瞬間、大きな破裂音が響いてきた。ふと頭上を見上げると、青空に大きな亀裂が走っており、その切れ目から糠星が鏤められた銀河が垣間見えた。亀裂から黒い星の粒子が狭霧のようにフワフワと舞い広がり、粉塵のようにキラキラと輝いている。寒煙迷離に似た星屑の粒子を見詰めながら、少し前に財団の学者が「別次元から漂流してきたミーム・精神汚染と認識障害の塊」と、口にしていたことをヨコシマは思い出した。それは様々な異常物が渾然一体となり、視認した人間に様々な害を及ぼすのだという。
ヨコシマは地図とペンを取り出し、電柱で番地を確認したあと、該当箇所をくるりと囲う。彼が財団に課された仕事は、空のひび割れた箇所を調査し、提出するというものであった。おおぞらは調査段階なので詳細は不明だが、別次元から流れ込んでくるミーム・精神汚染と認識障害の塊を保護する膜のようなものではないかと推測されている。それが現在、青空に所々破れかぶれ亀裂が入ることで漏れ出し、広域な影響を及ぼしているのだ。
地図にしるしをつけ終えたあと、ヨコシマは再び亀裂を見、おおまかな大きさを記そうと再び上空を凝視する。新たに出現した罅割れは、大きな透明の破片を落としていた。破片は地面に直撃した衝撃で砕け散る。人や建物に物理的な影響を与えることはないが、甲高い残響音が耳に癪であった。刻一刻時間が経過するごとに隔離する硝子の落下音を、ある人は秒針の音と評した。
バラバラとおおぞらの破片が翅のように舞い散る中、ヨコシマは亀裂の中にある存在を見た。人間のような骨格が宇宙を背に現れたのである。突如出現した巨人の骨にヨコシマは驚いたがヨクヨク考えれば、マトリョーシカの外側には人間の顔が描かれていることを思い出し、狼狽した自分が恥ずかしくなった。
ヨコシマは「300m・外側に巨人の骨あり」と地図に記した後、バイクを走らせ亀裂の調査を続行する。あちこち移動し、今か今かと舌なめずりする食パンの視線を傍らに、今日一日で32箇所の亀裂を発見することが出来た。成果としては少ないが、毎日機敏に働き熱心に業務をこなすことで膨大な情報量となり、財団に多大な貢献ができると確信して彼は働き続けるのだ。
青い暮色を西側に、太陽が虫のように乱舞する海岸沿いを走り、彼はサイト-8181へ帰宅を目指す。歯軋りのような波打ち際の音が心地よく、鉄と鉄を擦り合わせたような風を耳にする。月虹を背に舗装された斜の道を進むが、走行と鉄火一陣の風切り音の中に、轟々と唸る滝壺に似た音が混じっている事に少ししてから気が付いた。不審そうに海原に視線を向けると、ページが捲れるように波が動く地平線の果てに、大きな穴を発見した。ヨコシマはバイクを停止させヘルメットを外し、ヨクヨク見定めた。
海坂にあるその穴は見間違いなどではなかった。青い、青い海面が幾本の筋を作りながら流れ込んでいるのだ。極楽鳥達が血の泡を噴きながら旋廻し、暗い穴に吸い込まれていく。穴に落ちるのは鳥と海だけではなかった。地平線から離れたおおぞらの破片も、自ら飛び込むように吸い込まれていく……数百キロほど離れた孤島にある灯台も、雨細工のように先細りながら歪み、穴へ落ちていく……。
まるで地球が終わっていくようだと、ヨコシマは思った。手の平で掬った水が零れ落ちるように、地球が壊れているのだとそう感じた。少し離れた荒野で焦げ跡のようになった子供達の影法師が、喚声をあげ手を繋いで踊る様を視界の隅に留めながら、彼は破滅を自覚した。足元がグラグラ崩れ、瓦解しているようだ。手にしていたヘルメットを落とし、目を伏せる。目の奥から水位が競り上がる。堪えることなく感情のままホロホロと泣いた。ヨコシマの頭上で大きな破裂音が響く。大空に稲妻のような亀裂が入り、ぐらついた天蓋が彼の頭へ目掛け落下した。
明日こそ晴れるといいな。
SCP-633-JP-Aからの通信-█の詳細
[中略]
……そればかりか、我々はデクマグを捕らえ、家畜化することに成功しました……デクマグという生き物は非常に醜悪で狡猾な生き物なのでございます。まず第一にその見た目が異様で、赤黒く隆々な体躯や、薄気味悪いほど血の脈が透けて見える青白い肌を持つものや、泥沼と紛うが如き黒い目と髪を有する三種三様、粗暴獰猛狡猾な生物なのです。
例えば我々マトゥラのように流れる風を紡いで衣を作り、健気に咲いた草花をそっと摘んで衣を染め上げ衣服を作るのですが、奴等は違います。卑屈に身を屈め石礫を拾い、罵倒冷罵の怒声を上げながら咆哮し、獲物を追い掛け執拗に殴打したのち、毛皮を剥いで血腥い衣を身に纏うのです。身の衣を剥ぐだけに留まらず奴等は死肉を火に炙り貪り食う習慣から、あらゆる生き物に対する畏敬を抱かぬ異形の者であることは否定できますまい。
私たちは雲海の大地を住処にし、透過した翅や色鮮やかな翼を各々持っています。無論背中にハネを持たないデクマグは、生活圏にたどり着くことはありません。しかしデクマグは岩石や樹木を塔のように積み立てることで、こちら側に侵略してきたのです。デクマグのように生き物を殴打し殺す腕力のない我々は、知恵と工夫を凝らし、積み立てられた塔を崩そうと、歌うような祝詞を捧げ防衛してきました。
火球や稲妻、音波に暴風がデクマグの作った塔を崩すことで、地底から辿り登ってくる奴等の侵略を阻止することができたのですが、それは一時の凌ぎと一時的な繋ぎでしかありません。マトゥラの数に対してデクマグの数はその数倍、数十倍という差があったのです。毎日毎夜明け暮れ夜更かし塔を崩しても、次の日には一つ建ち、二つ作られ、三つ増え、四つ重なり、いつまで続くのか堂々巡り。遂には国の端に奴等の不浄の手が届き、侵略を許してしまったのです。
わが国へ侵略したデクマグはマトゥラの女子供を、美しい人や愛しい子を犇くような諸手を振りかざし捕まえ、翼を毟り身に纏いました。お分かりになるでしょうか……この屈辱が、この憤怒が……。デクマグとマトゥラの最大の違いは、金色の肌や小麦の髪といった色でもなければ、力に乏しく言葉を歌い戦うことでもありません。奴等が礫や石を積み上げなければ私たちの住処にたどり着くことが出来なかったように、私たちマトゥラは空を飛び遊び泳ぎ動くためのハネを持っているのです。その矜持ともいえる最大の身の証が、横暴にも毟り取られ地底の者と同等の姿になる……この雪辱……この憤激……。
背中から赤々とした鮮血を滴らせ顔を覆い泣く者……家族や友人がデクマグに蹂躙され咽び歯噛みする者……被害者の数は日に日に増し、最早破滅を憂い、終局を偲び、悪夢に魘され諦観することだけが取り得となった私たちが、唯一の選択……最後の手段として、前時代に封じ捨てた遺物を通じて、財団職員様、あなた方とコンタクトを取ることに成功したのです。
財団職員様よりご提供くださった技術で、多数の塔を全て破壊し、無数のデクマグを駆逐することに成功しました。更に我々が独自に技術を応用し、捕獲した奴等に施術を行い家畜化することに成功しました。デグマグの頭部を開き脳を弄ることで、奴等の感情を殺し、でくの坊のような有様とする……。えぇ……無論、反対する者も勿論いました……が、手段や手法など、最早選ぶ余裕などなかったのです。その事実を漠然と察して解し、黙して悟ったのでしょう。家畜改良したデクマグについて、ハッキリと文句をつける者はおりませんでした。
デクマグの使用法として、その殆どが他国との均衡維持……重量を有す兵器を運び、殺しあう道具として使用されるようになりました。大半が軍事用の奴隷ですが、中には辛うじて優れた見た目をしたモノがおりましたので、該当するデクマグは首輪で繋ぎ檻に閉じ込め、私たちの慰めものにしました。翼と肌の色以外は我ら誇り高きマトゥラと変わりないゆえ、そのような使い方が出来たのです。我々は鬱憤の敵として、怨恨の仇として、嘲笑の的として奴等を殺し飼い食い潰しました。
我が国は安定し、隣国は落ち着きを取り戻しつつありますが、一つ懸念すべき問題が浮上しています。それは軍事用に使用されるデクマグの争奪についてなのですが、我々を絶滅に追いやった生物だけあって非常に需要が高く、各国との紛争が予想されているのです。もしできれば、あなた方の国から不要な人員、つまりデクマグの支給をお願いしたく存じます。
…………。
SCP-633-JP-Aからの通信-██の詳細
[中略]
……またかの者は、我らは手を取り合うのであれば、宇宙を修復する方法があると伝えました。
かの者は何の前触れもなく、我々の前に現れました。あの方は、地の底で蠢くデクマグと同様に、翼を持たず詠う言葉を何一つ知らない、我々から見れば痴れ者でした。当初、外敵と寸分違わぬその外見に、恐怖に戦慄きつつも気丈を装い勇敢に立ち向かおうとしたのですが、嬌声とも罵倒も付かぬ声を挙げ掴みかかってくるデクマグとは異なり、ゆるゆると紫煙を吹きながら座り、対話を望むように落ち着いた態度でいたのです。
虚を突かれたとも云えぬ……野蛮な地底の者と大いに異なるその姿態に警戒しながらも、私たち学者はかの者と同じように座り、世界の崩壊を防ぐ術を伺い尋ねました。かの者はその対価として我々の詠う言葉を、条件としてその仕組みを教えることを求めました。
我々は困惑しました。マトゥラの繁栄と共に永く受け継がれてきた清く聖なる詩を、どうしてデクマグ如きに教えることが出来るのか……しかし、我々の失敗と失態により宇宙の壊滅が阻止できるのであれば、何と安い条件であったことか、破格の好条件であったことでしょう。私たちは承諾したのです。
私たちが教えたのは、例えば流れる風を紡いで衣服を作る方法……花弁の色と同じ雨粒を降らせる方法……山のように大きい巨人を生み出す手法……石礫を宝玉にする手法……オーラの絹糸……葉擦れの音楽……幻氷の追憶……篝火の流星……旋風の草原……泡玉の揺り篭……蓮の臥所……玲瓏の髪飾り……紅涙の月明かり……虹の化粧……うてなの鏡……亀裂の天蓋……。
多くの詩を教えてようやくやっと、かの者は私たちにその打開策を教えてくださいました。私たちは藁にも縋る思いと悪魔に身売りする気持ちで、その方法を疑うことなく実行し、そして成功しました。我々はかの者に感謝しました。デクマグの高等種として接することも、誣い語ることも許さず、いつしか救済者と呼ぶようになったのです。
我々の存在する宇宙が安定期に入ってからしばらくして、かの者は私たちの近代文明を捨てるべきだと述べました。もっというなら、鉄の機器を放棄すべきであるとそう述べたのです。我々はその意見に同意し、雲海の地から地底の底へ多くの創造物を投棄しました。
やがて、我々が捨てた物はデクマグが急増し侵略を開始するまでの間忘れ去られ、いつしか遺物と呼称されるようになりました。遺物を捨てて最初の間、急激に文明が廃れたのも同じでございますから、当初の暮らしは混乱と労苦が大きく問題も多かったのですが、徐々に落ち着きを取り戻し、遺物のない生活が当たり前になりました。
しかし……その安定を許さないかのように、デクマグが急速に数を増やし塔を建設し、我々の領域に侵略を開始するようになって、平和が一変し前時代のような混乱期が訪れました。以前申しましたように、塔を幾つも建設し無数に崩してもきりがなく、詠う言葉を向けてもさほど効果がないことから、慧眼な者と聡明な人が話し合った結果、遺物を復興使用しデクマグを駆逐することが決定されたのです。
遺物を使った駆逐とはいっても、そう簡単にことは進みません。以前なら楽に一蹴し蹴散らすことができた戦略戦法が、物資を失ったことで使用することが出来なくなったのです。我々の手元にあるのは鉛を放つ入れ物で、肝心の弾丸がありませんでした。剣で叩き弓矢で刺すといった、本来の使い方とは異なった戦い方しかできなかったのです。苦肉の策と頼みの綱として、辛うじて残存する科学技術を結集し、あなた方と交信することに成功しました。その後のことは、あなた方もよくご存知でしょう。
我々は今、滅びつつあります。いいえ……この通信があなた方に届く前に、私たちは滅びるかもしれません。先も無く後も皆無……この状態をどうにか回避するためのご協力をあなた方に願います。
かの者は私たちの前から去る前、「隣人と手を取り合うように」とおっしゃいました。私たちはその言葉を実行することなくあなた方と接触し更なる技術を設けたことで、残り少ない資源を奪い合う、共食いのような結末を迎えつつあります。それは単純な紛争ではございません。遺物を行使した苛烈な争いなのです。ヒトと人の争いの次は、ハネと羽……同じ轍を踏み自滅しかけている我々ですが、繋ぎ止め塞き止める方法がどこかにあったのも事実でしょう。私たちは遺物を取り戻す禁断を犯すだけでなく、デクマグに一切歩み寄ることをしなかった……これこそが滅びの決定打であったと考えています。
かの者が云った「手を取り合う」という真の意味合いは、マトゥラ同士が協力し助け合う、ただそれだけの意味ではなかったのです。その証拠に我々が地底に捨て、取り戻した遺物のほとんどはデクマグが独自の改良と進化と施し、驚異的な発展を遂げていたのですから。そう……本当に……我々の手に余るほど高度に……。
これは私の想像なのですが、かの者はデクマグに相応しい技術を与えることで我々を守ろうとしたのではないでしょうか……かの者とデクマグの姿はほぼ同じで、財団職員様の世界から来たのだと聞きます。破滅を回避した技術をあなた方が持っていたように、鉄の遺物はデクマグが所持していた方が、安全だったのではないだろうか……と。
私たちが独占して良いものではなかった。かの者が一度呟くよう口にした「鉄と妖精は相性が悪い」は、正しく真理であった。私たちは自分のハネを捥ぎ、地に降り立つべきだった。……しかし、まだ遅くは無いはずです。我々はかの者がそうしたように、今一度手を取り合えるよう努めます。あなた方がデクマグと同様の姿をしていたとしても、私たちはかの者と同様に接することをお約束しましょう。どうかお情けを……我々が復興するその日まで、どうかご尽力くださいますようお願いいたします。
サイト施設から少し離れたところに死体安置所と共同墓地があるのですが、更にその奥にDクラス職員を初めとした慰霊碑が存在する事は、あまり知られていません。年に一度、上級職員が儀礼的な催しのために集うことはありますが、消耗品たちの墓標に対して、関心を示し興味を抱く者はおらず、特別足繁く通う人などいなかったのです。
納棺師として立場上、慰霊碑の整備は仕事のひとつに入るだろうと考え、週に一度、狭くて寂しいその場に清掃のために立ち寄ることがあります。基本、私以外に誰もいない場所だと考えていたのですが、二月に一度か二度の割合で来訪の痕跡が残されている事がありました。
先客の姿を目撃したことはないのですが、慰霊碑の足元に供花や酒類、バナナを初めとした見舞い用の果物セットといった品々が供えられていました。供え物だけでなく、春と夏には横溢する雑草を処理し、秋や冬に乱れ吹き荒れる枯れ草を片付けていることさえありました。供え物が置かれる場所や、雑草を片付けた位置が毎回同じであることから、同一人物、或いは同じ集団であると推測できます。
私はこの名も姿も知らぬ見舞い人のことが、日々の微かな謎と興味深い種としてそそられはしましたが、その人物の正体を積極的に暴き、日の元に曝そうなどと無粋なことは決して考えませんでした。こういった人知れず行われるささやかな善意は、そっとしておいた方が一番良いのです。しかし、気に病む……とまではいきませんが、気がかりになっていたことは確かです。
知りたいような知りたくないような、相反する気持ちゆえ歯痒さを覚える日々の中、私は頼んでいた商品を受け取るため購買に立ち寄りました。仕事上必須である革手袋の具合が悪くなり、新しい物が必要になったのです。依頼物の受け取りにフラリと訪れたのですが、レジには誰もおらず、奥の物置からボソボソと人の声が耳に入ってきました。
「愛ちゃん、その酒本当好きだね。最近そればっかりだ」
「最近、はまってんのよ。フルーツがほしいんだけど、ひとつ良いかしら?」
「どうせなら期限切れの奴持っていって。タダでいいから」
声の方を向けば、見舞い用のフルーツセットと見覚えのある濃度の高い酒瓶を手にした前原博士が、購買所を出ていきました。彼女が私の真横を通る時、短い髪の間からチラリと横顔が窺えたのですが、表情は微かな照れと苦笑が混じっており、その相は悪戯が見付かった子供のように感じられました。
彼女の僅かに紅潮赤面した表情は貴重だったかもしれないと思い思い、私は意図知れず真実に触れた事を確信しました。あの顔から察するに私の考えは的中し、こちらが気付いた事に気付いているのでしょう。そうでなければ通りすがった人に、あのような表情を浮かべるはずはありません。胸の底から湧いてくる温かな気持ちを憶えながら、彼女が優しいことを知りました。
やあ、こんにちは。私はごく普通のトースター、電源を繋いでもらえればパンを焼けるよ。私の異常性については、もう知っているかな。そうさ、どんな人間であっても私のことを他人が紹介したり言及したりすると、どうしても一人称になってしまうんだ。
私は、住宅火災と私の影響から唯一生き残った年上夫婦の旦那だよ。私の状態はすでに手遅れで、お薬を飲んでもこの精神異常は治らないと思う。栄養失調は、点滴である程度緩和したけど、長く持ちそうにない。何故かって? 私はトースター、パンを焼くことが仕事。モノを食べるトースターなんて聞いたことないし、こうやってお話することも本来私のやることじゃないんだ。だから、博士、私にそうして話しかけるのは遠慮してもらえないかな。うん? 話が終わったら、パンを焼く仕事をお願いする? それはありがたい、私は数日間私の務めを全うしていなかったんだ。やったね、私はトースターとして役割を果たすことができるよ。
えーっと、まず、私が████████家の結婚記念品として贈られたときのことだけど、ちょっとややこしいのでお話を整理するね。年上夫婦っていうのは、若年夫婦の夫の両親になるんだ。そうだよ、若年夫婦の奥さんは私の息子へ嫁いだってことさ。一般的に新しい夫婦は、水入らずの環境が望ましく好ましいけれど、息子夫婦と私達はとっても仲が良くてね。奥さんは私と妻の世話を甲斐甲斐しく焼くし、私は私で奥さんを本当の娘か孫みたいに可愛がっていた。その円満ぶりは近所でも評判だったさ。
目に入れても痛くないっていうのは、あのことを言うんだろうね。実際私は息子の妻にたくさんの物を買い与えた。息子妻は申し訳なく遠慮していたのか、不必要な世話だったのか分からないけど、何でもは受け取らなかったよ。夫の手前、私の妻への体裁があったのだろうね。あ、でも、私は別に自分の妻をないがしろにしているわけじゃないよ。息子妻に対して、情愛や性愛なんか抱いていない。長年連れ添ったペアを無碍にすることなんかできるものか。トースターに2つパンの挿入口があるように、私達夫婦二人は強く堅く結ばれているのさ。
息子妻はお料理が好きな人で、新しい調理器具や新商品の調味料が近くのお店で売っていたりすると、積極的に買って試すひとだったね。よく手作りでクッキーやパスタなんかを私達に作ってくれた。とっても美味しかったよ。その手料理を食べたいかって? 私はトースター、入れられたパンを決められた時間にポンと出すのがお仕事。二度も言うけど、私は食べることを必要としちゃいない。私は家族に対する感情以外、トースターとして生きていかなくちゃならないのさ。きみもトースターになれば、私と私の気持ちが分かるよ。
私がプレゼントした物で息子妻が受け取ったのは、生活に必要な物だけさ。必要品の中に、私が入っていたよ。息子妻に私がプレゼントされた時、それはささやかな結婚記念品でね。息子は焼きたてのパンが、中でもバターやハチミツがたっぷり塗られたトーストが好きで、どうせプレゼントするなら良い物をあげようと私を購入したのさ。
私が息子夫婦にプレゼントされた時、息子妻ははりきってお料理を作ったよ。息子妻は息子のために小麦粉を大量に買いつけ、タネを作って四角に型作り、オーブンで焼いた。パンのほかにイチゴジャムやピーナッツバターも手作りしていた。話が先回りになるけど、私は私の務めを果たすため息子妻のパンを丸呑みしたんだけど、そのパンは本当に美味しくってね。あれほど美味なパンを焼けるなら、トースター冥利につきるってもんだ。
それでね、私を買って時間が経つにつれて、奇妙なことが起き始めた。初めは本当に些細なことで、誰も気に留めなかったと思う。ただポンと入れてチンと出たトースターを口に運ぶとき、違和感を覚えたんだ。噛むのではなく、できるだけ口を大きく開いてそのまま停止する。それは1秒か2秒程度のものだったけど、日にちが進むにつれて顕著になっていったね。
段階的に説明するよ。最初は、数十秒から数分間、トーストを口に入れて停止するようになった。息子妻はついパンを沢山作り、私や息子なんかはついつい私のためにパンを大量に買い込むようになった。次に生のトーストを口に頬張り、硬直するようになった。次第に食べるためにパンを口に運ぶのではなく、トースターとしての役割を果たすためにパンを口元に運び、顎を開くようになったんだ。次に肉体の改造を始めた。パンがスムーズに入るように口の両端を切り裂いた。歯が邪魔だったから、前歯を自力で取り外した。トースターの挿入口が出来上がると、何時間も何時までも長時間パンを咥えるようになった。
ここで息子妻はあることに気付くよ。それはね、私はパンを焼く機械だけど、電源が入ってなきゃ意味がないってことに気付いたのさ。息子妻は、私に接する時間が一番長かったためいち早く気付いたんだね。彼女はキッチン近くのコンセントに齧りついた。火花が出て咥内が火傷し、もんどり打ちながら悲鳴を出していた。その様子は本当に苦しそうだったよ。私達? 私はパンが焼け、口からポンと出るのを待っていたから、何もしちゃあいない。でも少し可哀想だった。ううん、違うよ。早く電源が繋がればいいのにって、私達は思ったんだ。
息子妻の顔がスパークする火花を他所に、私の妻は息子妻が作ったパンを噛まないように気をつけて、丸呑みをし始めた。私の妻は口にパン入れても意味がないと悟り、お腹の中へ詰め込むことにしたんだろうね。咽喉の狭さを考慮しない挿入だったから、私の妻は咳き込んだりえづいたり吐いたりしたけど、大量のパンを入れることに成功したよ。次に妻は仰向けに寝転がって、パンが飛び出すのを待つようになった。今思えば、あの時点で絶命寸前だったんだろう。
息子はお腹に穴をあけようと、外装のネジを外すように自分の爪をドリルで抉り回して、メリメリ外した。そして皮をビリビリはがし、あらわになった筋肉に手の平を這わせて摩り、細長い穴を探した。多分、商品のパッケージを取り外すように、皮を剥いだんじゃないかな。でも、人間の身体にヘソやアバラのような窪みと溝はあっても、穴はないだろう? だから、息子は自力で穴を作り始めた。パンを入れるに丁度良い、四角い穴をね。私も息子を見ているうちにハッと気がついて、おんなじことをした。その過程は苦しかったけど、お腹にパンを差し込んだ瞬間、苦労と労苦が報われた気がしたよ。
でもね、気持ちはトースターだけどパンを焼く機能なんて人間にはない、当たり前の話だけれどね。そのことが納得できなくて、どうにか「チン」と鳴って「ポン」と出そうと、懸命に努力した。私は「チン!」って声に出した。何度も何度もだよ。その次に「ポン!」とパン出そうと、激しく身体を脈打たせた。腰を上下に激しく動かして、こんがり焼けたトーストを飛び出させようとしたんだ。何回も何回もやった。
うん? そもそも人間の身体に挿入してもパンは焼けないって? 焼けないどころか血に濡れてしまうから、逆効果でしかないね。それは分かっているよ。実はね、息子妻がコンセントに齧りついていたんだけど、そこから爆ぜた小さな火種が壁紙や絨毯に引火して、お部屋があっという間に燃えちゃった。炎がモウモウと上がっているのをジッと寝そべって眺めているうちに、パンが焼けてきてね。私は「チン!」って大声を上げて、身体をばたつかせた。長く食べていなかったから身体が弱っていたけど、動作を激しく繰り返すと、自分のお腹から腐りかけこんがり焼けたパンが「ポン」と飛び出した。でも、1枚しか出なかった。もう1枚、焼かなくちゃって、必死に動き続けた。
お家は、炎が小さいうちに誰かが消防を呼んでくれたのかな。全焼は免れたけど、リフォームじゃなく建替えなくちゃ住めないほど壊れてしまった。消防や警察なんかがやってきて、調査しているうちに私の奇妙な力に気付いたみたいだね。「皆が私のことを喋っている!」って、結構大騒ぎになった。私は私から離され、病院に運ばれたよ。搬送先のお医者さんや看護婦さんに、自分の焼いたパンを食べてもらおうとトーストを差し出した。だけど……、どうかな。受け取ってはくれたけど、食べてはいないだろうなぁ。
……うん。以上が全ての話だよ。お話するのは結構疲れたな。それで博士、私がトースターの仕事をするために、パンをお願いしても良いかな。できれば、たくさん。もう数日間、パンをお腹の中に入れていないんだ。私は生来勤勉でね、日々の仕事を果たしていないとどうにも落ち着かない。贅沢を言うようだけれど、息子妻が作ったような、市販ではなく手作りのパンが良いな。大丈夫、私の焼いたパンはきっとおいしいに決まっている。博士もきっと、気に入るよ。
冬の気配が感じられる秋の夕暮れに、ある一人の男が町を訪れた。その当時、腰に細身の洋刀を差した警官や、日常的に着物を着用する人間が存在する昭和の時分である。世の中に科学技術が蔓延し、にわかに軍靴の気配を感じる、米国との大戦の少し前のことであった。
自動車が荒く喧しい音を立て走る大通りに、大きな手提げ鞄を持った一人の男が悠々と道を歩む。その男は電車を乗り継ぎ、今しがたこの町に到着したばかりである。町に到着する前は、本島から少し離れたある島に滞在していた。本来ならば、その島から離れる予定はなかったが、お上からある命令を下された為に上京せぬばならなかった。
男はホテルで部屋を取り、ボーイに余分な荷物を預かってもらった。男は再びブラブラと外に出る。寒さに縮こまるように肩を窄み、雑踏の中へ踏み入った。行き先はバーである。耳に喧しい呼び鈴を鳴らしながら店のドアを開き、カウンター席に腰掛けた。室内は賑わう……とまでいかないがソコソコ人が入っているらしく、ざわめく声がボソボソ響く。
男は焼酎と適当なおつまみを注文した。数分したところで、燻製チーズと、水割りが提供される。男はチビチビ飲み食いしながら、使い古した黒革の手帳を取り出し、時折万年筆で記していく。その様子にバーの常連客の一人が、興味津々に話しかけた。
「おっと、どこかから逃げ出したのかな? フフ……おかしいったらないぜ。あんた余所者だろう? 見慣れない顔をしている。何をしているんだ? 帰らなくていいのかね」
「……? こんにちは。依頼人の指示で、ちょいっとこの町に用があってやって参りました。しがない私立探偵をやっております。探偵の腕前は辣腕とまではいきませんが、結構腕が立つ方でございますよ」
男は微笑みながら、得意げに云う。バーの常連客はキョトンとした顔した後、大きく口を開いてゲラゲラ笑った。探偵や腕が立つといった発言を冗談か法螺とでも思ったのだろう。常連客は数分間、肩を震わせ腹を波打たせた。呼吸すらままならない大爆笑である。
「そりゃ重畳。フフ……自分でやり手とか云っちゃうんだもの。私立探偵かぁ……俺も何か依頼しようかなあ」
「密室殺人などは勘弁くださいましね? ところで……探偵らしく活動しますが……この町で、何か変わった事件はございませんでしたか?」
「あったよ。ツイ先日……五日前のことだったかしらん……一応、新聞沙汰になったんだがね……」
「新聞沙汰……」
「運が良いか悪い事か新聞の三面記事には、余所の大火災の見出しで目立たなかったんだねぇ。……いや実際、その火災は奇妙な事件だったな。住民全員が自分が誰で己が何なのか分からない……記憶喪失を起こしてたって云うじゃないか」
「ええ。記憶喪失だけでなく、顔面や身体に麻痺の症状が出た……予言を云い出した……生首だけで動いた……など、色々なことをお聞きします。噂話には尾鰭がつきものですが、確かにヘンテコな事件でありますね」
「科学製品でも流れ込んだのかねえ? まあ、ともかく、だ……俺たちにはソッチ話題よりもコッチの事件の方が注目すべきモンでね。まだ噂は風化しちゃいないんだ。皆、あの事件のことを不安そうに口にしている……」
「……どんな事件なんです?」
「狐憑きだよ」
……狐憑き……。男は常連客が口にした言葉を耳にして、丁度良い機会と捉えた。実は、この男が島から上京した理由というのは、その狐憑きの事件を解決するため赴いたのである。バーへ向かったのは単なる気まぐれであり、本気で情報収集をしようとは思っていなかったが、渡りに船だ。右手にペンを、左手に手帳を携え聴取の姿勢を取る。詳細に情報を聞き出すべく、促すような言葉を向けた。
「周囲の言葉から察するに……若い細君が狂ったそうですね。……狂ったというぐらいですから、人でも殺して、煮て焼いて食ったりしたのでしょうか?」
「煮ても焼いても食えない事件さ。単純に正気を失っただけだが、今回のはちょっと凄くてね……実はこの町には、ある狂い筋の一家があるんだ。狂い筋といってもね、判でも押したように生まれた瞬間から狂っているわけじゃない。突然、おかしくっちまうんだ」
「かわいそうですが、そういうのは脳病院にいれていた方が良いでしょうな」
「単純に一個の人間が狂人になろうが、痴れ者なろうが、知ったこっちゃない。だが、最悪なことにその狂いが、一族外の人間に伝染するんだと。そこが一番恐ろしい。明日は我が身にならないか、みんな怖くてたまらないんだ」
「難儀なことだ」
男はぐいっと水割りを呷る。咽喉がゴクリと音を立てた後、更に詳しく調査すべく常連客に「狐憑き」の話を伺った。
翌日、男は狐憑きの噂の元である家に向かった。そこは古く大きな屋敷で、堅牢そうな門が備え付けられている。それは厳重な戸締りのためではなく、その家の人間を封じ込めるため厳重な仕切りを作ったとしか思えなかった。その証拠に豪邸であるにも関わらず、周囲には乞食の姿すらなく、茫々と乱れる野原があるばかりである。コスモスが愛らしく咲いているが、より一層この家の持つ陰鬱さを強調しているように感じた。
男は門前から来訪の意を告げると、若い女中が出てきた。彼女は顰めっ面になりつつも、すぐに取り繕い、客間へ案内する。その最中、女中はチラチラと男を振り返った。客人がよほど珍しいのだろう。案内された客間は洋室であった。男はドッカリとソファに腰掛ける。物珍しそうに調度品を眺めていると、屋敷の主人が現われた。かなり若い男だが、精神的に疲弊しており、顔には若々しさと瑞々しさがなかった。
「依頼人の春日部と申します」
「どうも。私は、退治屋の峠というものです」蒐集院の隠れ蓑の一つである偽の名前を出す。「狐憑きの祓いに来ました。よろしくお願いします」
「あなたが、ですか……」春日部の主人はジロジロと男――峠の顔を眺めた。「……まあ、そういう人でなければ、務まらないのかもしれませんね」
含みのある言葉である。峠は頭を傾げながら、「話は大体伺っておりますよ」と口火を切った。
「細君が発狂し、他の者も狂ってしまった……だとか。まずお聞きしたいのですが、狐憑きの由来や因縁はありますでしょうか? 誰かを呪った……もしくは呪われた……謂れ曰くの品がある……穢れや祟りを受けた……。何でも良いんです。教えて下さい。祓うといっても、種類によって対処が全く異なりますから」
「そう、ですね……。実は、この家には、曰く謂れの品があります。……丁度江戸か明治辺りの時分に、山伏でも虚無僧でもない身分不詳の人物から、珠を預かったのだそうです。何でも、玉藻前の殺生石……であるとか。私はその珠を実際に見たことがあるのですが、ただの石塊であるように見えました」
「見たことがある? 何ともありませんでしたか?」
「……別段、何ともありません。……自分がいつ、妻と同じように気が狂うかわかったものじゃありません……信用のない言葉でしょうが、こうして人と話が出来、人間のように暮らせているのであれば、大丈夫なのでしょう。いや……しかし、私がそう思っているだけで……どこかが……狂って……」
主人は己の意識や認識が疑わしいのか、過去の記憶を探り始めた。峠は主人を安心させるように、専門家としての意見を出す。峠がこれまで仕事に携わった幾つかの実例を引き合いに根拠を示せば、主人はほっと安心した顔をした。
「ところで、奥さんは……親戚か何かか? 失礼ですが、妻を娶ろうにも狂い筋の噂が……」
「家内は、親戚でも遠縁でもありません。血統なんてもういませんから……。彼女は、私の家が狂い筋でも好いてくれる、小さい頃からの関係です。全て承知の上で嫁いでくれました」
「ハアア、おしどりですね。……奥さんが狂う前と、他の方がおかしくなる様子……それと、珠の詳しい話をお願いできますか?」
「……えぇ、お話し致します」
主人は、以下にその様子を語ってくれた。
……少し前にお話ししましたが、狐憑きの珠は江戸か明治の頃に受け取ったものだそうです。珠は木箱の中に収められてあり、蓋を開くとそこには灰色をした真ん丸い石が入っていました。春日部の祖先は、珠を取り出そうと箱の中に指を入れた瞬間、狂いました。これが第一の事件、発端です……。
……第二の事件は、先祖の息子が父の仇を討つべく、箱ごと珠を破壊しようと、日本刀を振り下ろした時に発生しました。一太刀あびた珠は、ヒビどころか瑕一つ入りませんでした。それが口惜しかったのでしょう……入れ物ごと珠を蹴り飛ばし、中身が外に転がると、その場にいた全員が前人と同じように狂乱の有様となったのです。……キット、珠を破壊しようとした祟りが降りかかったのでしょう……。
……呪いの力はすさまじく、狂気に触れた人は一生涯、正気を取り戻ることはありませんでした。しかし春日部の人間は、それでもなお執拗に珠を破壊しようと躍起になって奮闘し、その度に返り討ちされ、今日に至ります。私達は大狐の呪いを治めるべく、後生大事に奉って参りました。屋敷の奥の間に安置し、月の初めと終わりに坊主を招き、経を読んでおりました。妻には、「このように慎重に接することで、私達は当たり前の人間のように暮らしていけるのだ。罰当たりなことはしていけない」と、何度も云い聞かせておりました……。
……しかし、嫁ぎ先が嫁ぎ先です。妻は悪くないのに……噂がヒソヒソと立ち、好奇の目にマザマザと曝され、ストレスを抱えるようになりました。普段は痛くも痒くもない顔で、気丈夫に振る舞っておりましたが、いつまでも知らんぷりすることができなかったのでしょうね。好き好きに話す野次馬、思い思いに喋る好事魔達を打倒すべく、勇み足で家に戻り、箱を開いて床に珠を叩きつけるとタチマチ……。
「妻は、風伝と逸話を絶つため、勇ましい真似に出たのでしょう。私は彼女を責めません。出来ることならば救いたい……可能ならば以前のように戻ってほしい。彼女だけではありません。私の頼みで、発狂した妻を押さえつけようと働いてくれた屈強な男衆までもが……」
「……何故、人に預けたり、早々に俺たちに対処を求めなかった?」
「預けようと、何度も何度もあなた方にお知らせしました。だが……『ただ狂うだけの珠』だとかおっしゃって、退治屋さんは一蹴されたではありませんか……っ!」
突如、春日部の主人は目を青白く光らせながら峠を睨み付けた。彼はその事実を知らなかったが、素直にペコペコ平謝りする。春日部の主人は長い間、拳をワナワナ震わせていた。昂ぶった感情を沈め、冷静になるため深呼吸を繰り返す。頃合を見計らって、峠はそっと訪ねた。
「……奥さんをおさえるべく助けを呼んだのだそうですが、どうしてその人たちに呪いが降りかかったのでしょう?」
「……わかりません……男衆が奥の間に足を踏み入れると、何故か妻と同じようになったのです。キット私達は、大狐の怒りを買いすぎてしまったのでしょう。呪いは強烈になっているようです。峠さん、あの珠はあなたに差し上げます。しかるべきところに保管していただけませんか?」
「預かるのは構わないがね……」
峠は後頭部をガリガリと掻き、手荷物を探った。手提げ鞄の中にあるのは、商売道具と幾許の金である。
「狐憑きになった人達はいまどこに? 脳病院に送っちまったか?」
「部屋から飛び出したところを押さえ、地下の座敷牢に閉じ込めております。お祓いのために病院へは送りませんでした」
「そうか。良い判断だ。呪物はどこにある?」
「奥の間に放置したままです」
峠は頷きながらテーブルの上に、大きな木箱を取り出した。留め金を外して中を開くと、そこには様々な薬品や小道具が詰まっている。興味ありげに注視する主人に、峠は薬箱だと簡潔に述べた。
「効くか分からないが、飲み薬を煎じてみよう。状態が良くならなかったら、脳病院に移送した方が良い。えーと、これこれ……あったあった」
薬箱から取り出したのは、大きめのアルミ缶である。缶にはラベルが貼られているが、そのイラストを見た瞬間、春日部の主人は即座に立ち上がり、峠を指差して大声で怒鳴りつけた。額に青筋をウネウネ走らせ、怒り心頭である。
「それはダチュラの花じゃないか! お前は私の妻や他の人たちに狂い茄子を飲ませるつもりなのか!?」
「落ち着いてくれ、これは特別な薬で……」
「ダチュラはダチュラだろう! 狂った人を更に狂わせれば元に戻るとでも? 取り返しがつかなくなるだけだ! 帰ってくれ帰ってくれ! 何故、あなた達まで私達を苦しめるのか!」
今にも殴りかかってきそうな鬼気剣幕に、峠はたじろいだ。峠は誤解を払拭すべく、春日部の主人の目をじっと見ながら真摯に訴える。
「これはダチュラではない。確かに缶に描かれている開花はソックリだが、異なるものだ。よく見てみろ。ダチュラは白い花弁をしているが、こいつは赤みを帯びた紫色をしているだろう?」
峠はその他に、薬の元になる植物の説明を長々と口にした。存分に説明したところで、主人は不承不承、座り直した。峠の言葉を全て鵜呑みにしているわけではないが、繰り返し説明することで、ただ危険な薬でないことを承知してくれたらしい。
「……すみません。大声を出して」
「マア、ハハ……確かに素人目では、ダチュラに見える。ややこしいから、缶のイラストを変えてもらうように云っておきます」
峠は苦笑を浮かべながら、浅く息を吐く。額にはビッショリ汗をかいていた。いらぬ誤解を回避するために為された労力は、甚大なものであった。しかしその疲労は、単純にそれだけではなかったように思える。缶の絵を見ると、無性に胸騒ぎがした。……何故だろう……。
「これは水に混ぜて使います。火に炙り煙を呑む方法もありますが、効きすぎますので。主人、薬の処方のために、薬缶……熱湯と常温の水……砂糖、木箆を用意してもらっても良いですか?」
不安を断ち切るよう溌剌快活に云うと、主人は傍らに控えていた女中に、注文した品を持ってこさせるよう云いつけた。女中が戻ってくるまでの間に、峠は十二人分の粉薬の準備を終わらせる。女中から薬缶や砂糖等の品々を受け取ると、峠はまず、空の薬缶の中に粉薬と砂糖を入れ熱湯を注いだ。湯気に混じって漂う薬の臭いは雑草よりも青臭い。砂糖と粉薬を木箆でかき混ぜ、常温の水を注ぐと、数分で水薬が完成した。
「地下室に案内してくれ」
主人の案内で、客間から座敷牢に移動する。座敷牢の中を開くとそこは地獄にも聞かれぬ、狂乱の宴が催されていた。捕縛された数十名の人間が白目をひん剥き、泡を吐き、爪をキリキリ立たせ、妄りに狂っている。峠は怯むことなく、狐憑きの皆に薬を飲ませていく。大きく開いた口に薬を注ぐのだが、舌に伝わる味に激しい拒絶を示す。強烈に苦いらしい。味を誤魔化すために砂糖を混ぜていたが、大した効果はないようだ。峠は皆が薬を飲み終えるまで、吐き出されても噛みつかれそうになっても、懇々と熱心に作業を繰り返し、二時間程で配布が終わった。薬を飲まされた人達は先ほどの錯乱を忘れたように大人しく、静かに静かに、こっくりこっくり舟を漕いでいる。
「一週間ぐらい、夢遊病のような状態になりますが、チャント効いている証拠です。おそらく狂った状態から脱すると思うぜ」
「ほ、本当に妻は……皆は……」
「心配なら坊主に経を唱えてもらうと良い。……ところでご主人、一番問題の珠について伺いたい。何度も何度も聞くが、見ただけでは問題はないんだな?」
「恐らく。……私は、自身が正気か否か……モウ分かりません……信用ならないかもしれませんが……」
「そうやって自分の正気を疑っているうちは大丈夫だ。自分は正しい、正気なんだと思い始めたら危ねえ。……そして次に、狐憑きになった人は、部屋に入るとそうなったんだな?」
「ええ、珠に近寄るとそうなるのでしょう……部屋に入った瞬間に様子がおかしくなったのです」
「ずっと前の先祖は珠を取り出そうと箱に指を入れると、狂った。先祖の息子は箱を蹴り飛ばして部屋に中身が転がるとたちまちおかしくなった……間違いないか?」
「ハイ、そうです。それが一体……?」
「大事なことだ。とてもとても大事なことなんだ」
その後の峠の行動は迅速だった。それは的確に行動したというよりも、迷いがないと表した方が適切かもしれない。彼は珠が放置されている奥の間へ行き、珠の所在を確かめた。ブツの外見上は、河川や山道に転がっている普通の丸い石のようにしか思えない。峠は主人に用意してもらった空の桐箱を、部屋の縁に配置する。峠は部屋の中に髪の毛一本入らないよう気をつけながら、長い棒を使って珠を弾き飛ばし、地味な努力をして、桐箱の中に納めることに成功した。
峠は珠を収めたことを主人に知らせ、報酬としていくらかばかりの謝礼を貰い、ようやく仕事を終えた。時間にして三時間ほど掛かったが、早々に終え上々である。峠は屋敷から出た後、煙草屋にブラリと寄り、ホテルに戻った。仕事達成の脱力と業務中の疲労のために、今晩は早めに寝ようとドアを開く。島に帰って、真中に珠を渡そうと考え始めた瞬間、峠は立ち眩みを感じた。
ベッドの傍には小さなソファが置かれているのだが、そこには立派な軍服を着た男性が座っていた。入室者の顔を見ようと目を凝らすが、どうしても眼球が意に反して動き、直視することができない。峠は純粋な疲れではなく、その人物を一瞥してしまったがために、視界がぐらついたのである。峠は深くしつこい浮遊感を味わいながら、男から顔を背ける。手で額を押さえながら、唸るような声でその男の名前を呼んだ。
「三川……だな?」
「あぁ、そうだ。久し振りだな」
「いきなり何の用だ……」
三川は峠の返答を耳にして、何事か引っ掛かったのだろう。小首を傾げながら、足を組む。少しの間、重苦しい沈黙が続いたが、ややあってボソボソと。
「…… “戦争を間近に控えた大事な時期なのに、いつでもできそうな仕事”を指令され、無事に終えたようだな。ご苦労。蒐集品を出せ。私が預かろう」
ズイッと片手が差し伸ばされる。峠は数秒躊躇したものの、素直に桐箱を差し出した。三川に木箱を受け渡したとき、差し出すことに何故ためらったのか考えるが、答えは出なかった。峠の思案を他所に、三川は箱を縛っていた紐をスルスル解いて蓋を外した。
「これはなんだ?」
「狐憑きの珠だそうだ。頭がおかしくなるんだとよ」
「……、ただ狂うだけか? それなら、狐憑きじゃなくても良さそうなものを」
「……確かに狂うだけで、予言なんかしなかったな……だが、威力は本物だ」
「して、他には? この妖物の詳細を教えてくれ」
「……。精神錯乱にはある一定の範囲がある。箱の中から取り出そうと、指を入れると狂う。箱から部屋に移すと、部屋の中に居た者が……小箱に納めているときは、小箱に肉体の一部を入れた者に……部屋に出すと入室者に……といった具合だ。あの部屋から出すと、何がその効果範囲の“区切り”になるかわかりゃしねえ。俺の身も危ない。俺は珠のあった部屋に髪の毛一本入らないように気をつけて、地味に苦労してその箱に納めたんだぜ。絶対に外に……いや、箱に指を入れるなよ?」
「威力は本物といったな? 疾患者にはどんな処置をした?」
「普通にダチュラを処方した。記憶を喪失させることで、影響から脱することができるみたいだ」
三川は春日部の主人に、自分が処方しようとした薬は「ダチュラ」ではないと否定したが、それは嘘ではない。そして、今しがた述べた言葉も嘘ではない。もっと正確に云うならば、「往来のダチュラを品種改良した薬」ということになる。峠は話のついでに、春日部の主人が缶の絵に対して反発的な態度であった事を述べ、缶のラベル変更を要請した。これは春日部のほかにも、同様の件があったからだ。対処すべき問題と思われたので……。
「包装を変えようにも、蒐集院お抱えの薬師がいないからな。島の半分以上が焦土と化したそうじゃないか。マァ……他所に、種も畑も人もある……影響はあっても問題はないだろう……が……しかし……」
三川は珠を見詰めながら感情と抑揚のない声で云う。それは無関心というよりも、自身の荒々しくなる気持ちを制御するために、押し殺されたものであった。しかし、三川は完全に感情を制御できていない。その証拠に木箱を破壊せんが如く、強く握り締めた。
「オイオイ乱暴に扱うなよ、この部屋に転がり落ちたら二人ともおじゃんだぜ?」峠は肩を竦める。「火事の件は三面記事に出ていたな。何でも、『火事収束後、生存者全員に記憶喪失』……『顔面、身体麻痺等の症状有り』、『予言を言い出した』……『斬首した生首が動いた』……だとか……根も葉もない尾鰭がついて回っている」
両者が話す火災は、バーの常連客が口にしていた“話題の事件”のソレになる。記憶喪失の真相は、畑で生育していた特別製のダチュラが燃え、その煙が島に充満することによって起きたものだろう。記憶喪失の薬は水薬よりも煙の方が効果があった。必要以上に吸引すると、身体や脳に致命的な症状が出るのだ。
「俺が島を出た丁度後で、正直驚いた。真中が無事だと良いんだが」
「……。私はお前に命令で、真中に“これから”のことを話すために島へ行ったのだったな。どうして島を離れた?」
「仕様がないだろう。上からの命令だったし」
「二度も云うが、戦争を間近に控えたこんな時期にか? お前は島で何をしていた? ……いや、何をされた?」
「? 何もされちゃいねーよ。物騒だな、オイ」
「真中は記憶喪失の薬を持ち、そして精通している。私の質問に答えるお前の返答は、型にはまった例文のようにしか感じられない」
「あ?」
峠は苛立った顔を一切隠すことなく、三川を睨み付けた……が、一分も経たない内に目線を逸らした。首をゆるやかに振り、浮き沈む視界の不安定さを正す。目頭を押さえながら、露骨に話題を別のものへ持っていくよう、喋り出した。
「真中がいなくなって、記憶喪失でというよりも、外科的な意味で麻酔薬が少なくなったのが苦しいな。戦争に怪我は付き物だからな……痛みが残った手術はさぞ苦しかろう。治療なのに拷問だ」
「話を逸らすなよ。どうして真中は火事を起こしたのだと思う?」
「意図的に燃やしたことが前提なのか? 案外、寝煙草が原因かもしれないぞ」
「私は、意図的に己の存在を消すためにダチュラ畑を燃やし、島民に記憶喪失を起こしたと思うがね。なあ、知っているか? 住民票を元に島民の名前を当て嵌めて個人を特定していったが、人間が二人どうしても足りないそうだ。更に火災から翌日、島近くの本島で、『骨壷を持った人間』の目撃談がある。確実に真中だと思うのだが、それが兄か姉の方なのか、私には分からない」
「姉がいたのか……」
「お前は数年前からよく、記憶喪失剤を貰って懇意になっているだろうに……。真中は恐らくなんらかの理由で葦舟、ひいては財団に繋がっていると思われる。そうでなければ、あんな真似はしないだろう……」
三川はそこまで云うと、衣擦れの音を立てながらゆっくりと立ち上がった。木箱の蓋を閉め、紐を巻き戻す。峠の前から立ち去ろうと、二、三歩進んだところで気でも変わったのか、ニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。
「そうそう……真中はダチュラの更なる改良を加えていた形跡がある、疑惑程度だがな。あの薬は記憶を消去するだけで質としては良いとは云い難い。十年前の記憶を消すなら、十年分記憶を消さなくちゃならん。効率の悪い。……もしも消去ではなく捏造……改変が出来たらどうだろう。情報隠滅の手段としてはナカナカ上等ではないか。ところでお前……」
「島に行く前は誰にでも敬語を使う礼儀正しい奴だったが、その口調はどうしたことだろう?」
「え……」
「言葉が荒々しく、態度が不遜だ。こんな短期間に人格でも変わったか? 記憶でも違えたのか?」
「え? え? ……?? …………????? ???????????????」
「虚を突くと思考停止し襤褸が出ることから、捏造技術は完全ではないらしいな。私の顔を見ると、脳にストレスが掛かるためか、直視できないようだ。お前は、自分の口調が変化していることに違和感を覚えているか? ヤレヤレ……自分で自分を疑う内はまだ大丈夫なのに、それが正しい、正常なのだと思っているとイヨイヨ危ない」
……そうやって自分の正気を疑っているうちは大丈夫だ。自分は正しい、正気なんだと思い始めたら危ねえ……。
それは奇しくも、峠が春日部の主人に対して云った言葉である。まさか、このような形で返って来ようとは……。
「フン……それじゃあ、お達者で。戦争の収集時にでも逢おうじゃないか。そこまでお前が正気を保っているか、分からないが」
三川は軽く高笑いしながら、部屋から出て行く。峠は三川の言葉が外国語か未知の言語を聞いているような、曖昧な態度でいた。明らかに日本語であるにも関わらず、理解できなかったのだ。思考が止まって、言葉がスルリと抜けていく。阿呆のような顔でポカンと直立し、言い知れぬ恐怖を自覚した。
峠が狐憑き事件を解決する以前に滞在していた場所は、本島から少し離れたところに位置する小島である。島には三十数名ばかりの住民と四名の薬師が生活しており、その医者こそ蒐集院に仕える薬師の一族であった。薬師の出す頓服は、胃腸薬から外科用の麻酔薬など多岐に渡る。その中で特に珍重されたのが、記憶処理の薬……品種改良されたダチュラのソレである。極僅かの島民に対してダチュラ畑は広大であり、薬師以外の島民は奴隷のように齷齪働いた。島民は過酷な労働に対して、文句や愚痴を一切訴えなかった。皆、奇妙なぐらい無口で大人しい。思えば……記憶消去の実験や改変のために”おかしく”なっていたのだろう。
しかし、ある日のこと……薬畑の世話人の一人の大男が、慌てたように「大きな火の玉が二つ落ちる」と、予言めいたことを薬師に訴えた。それから十日後の先日未明……秋の夜空を焼き焦がし、月に届きそうなほど轟々うなる火の海が、あやかしの狼煙を上げた。島の異変に気付いた本島の水夫は、人助けのために海を渡ろうとしたが、荒れ狂う強風と乱れ猛る荒波のため、船を出すことができなかった。炎を一層激しくするよう、悪天候が加勢しているようだ。漁村の水夫や子供達は、固唾を飲みながら島民の無事を願ったという。
火が静まったのは、翌日の正午過ぎのことである。炎は薬畑と家屋を全焼しただけでは治まらず、小島の領土の半分以上が烏有に帰した。人命救助と事件性の有無の確認のため、消防と新聞記者と刑事が島を往来し、数日でその数は五十近くとなった。激しい行き来の中に水夫や消防や公僕とは異なった、不審船がヒッソリ混じっていたことはあまり知られていない。火災の被害は、死者二十八名、怪我人五名、行方不明者二名と判明。大本の原因はストーブか寝煙草による不注意であると推測された。
大規模な火災だけでなく、生き残った数少ない生存者にある奇妙な点が認められた。怪我人全員に記憶喪失が発生したというのだ。島での生活を筆頭に、名前はおろか誰の元に生まれてきたのか分からない。世間や新聞がその奇怪さに注目している最中、蒐集院の人間は島から出てきた不審船に関心を向けた。その船には行方不明者の一人……真中が乗っていたと疑われている。更に詳しく云えば、生き残ったことを良いことに……もしくは、最初から逃げ出すつもりで火災を起こした……と考えられている。
真中姉弟の下の方が、骨壷を手に電車に乗車していた情報を皮切りに、三川は逃亡者を捕縛すべく、精密な情報網と迅速な包囲網を駆使した。……が、こちらの動向を承知しているが如く逃げられる。先手必勝のつもりが、後手敗戦だ。まるで予知のような動きを見せるので、ホトホト参った。真中一家は、彼を除き全滅していた。姉の遺体を発見できなかったので、彼は姉の遺骨を持ち歩いているのだろう。もしも、彼に姉を苛ませる意思を表示すれば、大人しく自ら捕まってくれたに違いない。人質の取れない状況が、更に三川を苛立たせた。
真中の動きはデタラメだった。北海道でカニとウニを食べていたと思えば、岡山に移動しきび団子を食べる。静岡で茶を飲み、京都で漬物を嗜む。長崎でカステラを食べ、瀬戸内海でフグを楽しむ。栃木で納豆……大阪でたこ焼き……青森で……鳥取で……。奴は豪勢な食い道楽をしていること以外、動きに法則性がない。三川は過敏な神経を、気楽な食い道楽をしているとしか考えられない真中に刺激され、見つけ次第全力で殴ることを一人で誓った。
三川は本来、神経質な性質ではない。神経過敏の理由は、米国との戦争に向けて本部から託された仕事が思い通りに進まないことが原因であった。三川の仕事は下等兵の教育である。皆が皆、国のために命を捧げるべく刷り込みを……要するに、洗脳的な教育を一任されていたのである。実を云うと洗脳自体は楽だ。一週間ほどの時間が与えられれば、正常な人間を完全に染め変えることができるだろう。
だが洗脳の効果は、恒久的に効果を齎す……それが故に敬遠すべきものであった。長く効きすぎるために、終戦後の影響が懸念されるのだ。自国兵の洗脳だけではない。外国を押さえ兵を従えるとき、言葉が通じず洗脳がうまくいかないことが予想された。それゆえ求められるのは、価値観もとい思想変更が好ましかった。そう……丁度、少し前に会った峠のように、記憶の改変でも出来たらよかろう……。
三川が真中を求めるのは、記憶改変の術を手に入れるためである。洗脳教育を成功させるためには、何としてでも手に入れなくてはならない。三川は「洗脳者の自暴自棄な行動が目に余る」と書かれた報告書を強く握りながら、そう考えた。
「えらいピリピリしよるな」
苛立つ三川を挑発するように云うのは、ある一人の醜い老人――葦舟である。杖を片手に、ニヤニヤ口元を歪ませながら笑っていた。三川は口元だけは愛想笑いを浮かべ、目元は”視認されないように”険しく吊り上げ、ジロリと睨みつけた。密かに行われる敵意丸出しの根源は、単純である。三川は葦舟のことを不快に捉えていた。具体的には、……裏切り者……老獪で不遜……獅子身中の虫、と……。
その考えは、根拠と証拠がない勝手な思い込みかもしれない……が……疑惑を払拭できぬ。奴は日本国と米国、ひいては蒐集院と米国との争いに敗北の要因を招きいれ、ガンのように侵食しブクブクと肥らせている。葦舟は戦争に対する準備として、驚異的な再生治療や不死性の実験を進めていた。実際、それら研究が実用化すれば、頼もしく有能な軍になることだろう。だが、葦舟は、私利私欲と還元を前提に動いている。
葦舟は米国との戦争が現実味を帯びる以前から、怪しい行動を繰り返していた。手下を外国に派遣する……葦舟の同行を探った人間が行方不明となる……書類改竄の痕跡……蒐集物の紛失……。奴は恐らく蒐集院を裏切る。そして、財団の中に入ろうとしている。三川は葦舟の決定的な裏切りの証拠を掴むために、真中を捜索しているところがあった。懐を探るのに、記憶改変は役に立つからだ。
「どうも洗脳教育がうまくいかないようです。いや、うまく行き過ぎるのですかな。人様を操るのは中々難しい。ところで、ヤエコトシロヌシ……未来予知の人体研究は進んでおりますかな?」
「今は実験段階かな。予言することが支離滅裂であかんわ。というか、まず喋る内容が、人間の言葉になってへん」
「お互いに行き詰っているようですね」
三川は冗談ぽく、朗らかに笑う。三川の胸中にどす黒い炎がメラメラと燻っていることを葦舟は承知しながら、調子を合わせるように大笑いした。眼球を動かすだけでも大変醜いのに、大笑いとなるとその老人の顔は凄まじい有様だ。三川は和やかな笑みの中に、ヒッソリ冷笑を混ぜる。
「報せです!」
男二人の笑い声が室内に浸透する中、廊下からドタバタと慌しい足音が向かってくる。数秒しない内に、蝶番が軋むほど乱暴にドアが開かれた。室内の壁に木目が強く叩きつけられたが、板が分厚いため壊れる様子はない。
「真中を発見したとのこと! 東京の下町でうどんを食っているそうです!」
転がり込むように入室したしがない一卒兵は、大声で背筋をピンと伸ばして云う。三川と葦舟は互いに視線を目配せし、同時に「またか……」と呟いた。その「また」というのは、食い道楽のことである。
最新の自動車と近道を駆使して、二十分足らずで葦舟と三川は真中の元へたどり着いた。奴はこちらが到着する前に、鋭敏な勘と予知の如き先見さを発揮し、さっさと逃亡しているものと思われたが、うどん屋から少し離れたところに位置する菓子屋で懐手をしながら突っ立っていた。自動車から降りた三川と葦舟の顔を見ると、嫌そうに顰めた。三川は荒々しく車のドアを閉めて、大股でツカツカと近寄り、真中の鳩尾を強打する……が……懐に隠されていた堅い物により、威力が軽減された。
「よう、久し振りやな。えらいことしてくれはって……ちょいと話しようか?」
葦舟は杖をつきながら、ヒョコヒョコ近寄る。真中は服の皺を正しながら、菓子屋の方に「オイ」声を掛けた。店員に用があるわけではない。店前の赤い長椅子に座っていた少女に話しかけたのである。
「ほらみろ、お前がモタモタしてるから捕まっちまったじゃねえか」
「わたしは知らんよ」
「……、その子は誰……いや、どうでもいい。早く来い!」
「少し待ってろ。ヒサシが家で甘い物食いたいって待ってるんだ」
「ヒサシはてめえだろ!」
三川の怒号を無視し、真中は三個入りのみたらし団子を四つ注文した。その一つを少女に差し出し、残り全てを一人でモグモグ食べ始める。団子を食べ終えると勘定を済まし、少女の手を引き車に乗車する。素直に捕まってくれるらしい。だが、観念した様子は一切なかった。
運転手は、助席に三川、後部座席に葦舟と真中と少女が座るのを確認した後、走り出した。真中が捕獲された今、荒々しく運転する必要がないので、一般的な速度で走行する。道中、真中は荷物を取りたいと云い出した。葦舟は承諾の意を示す。
真中が隠れ家にしていたのは、一般の家屋であった。老夫婦が暮らしているのだと云う。老夫婦は真中が帰宅すると、我が息子のように接していた。だが、真中の家族は既に死亡しており、顔立ちの相違から親戚でないことが分かる。聞けば真中は、無辜の老夫婦に“例の薬”を飲ませ、ぬらりひょんの如く厚顔に居座っていたのだそうだ。“例の薬”は云うまでもない。峠に飲ませた薬と同じ物だろう。老夫婦に真中と何時知り合ったのか尋ねれば、不自然にグルグルリと眼球を回す。返答も「アハアハ」、「オホオホ」と笑うだけで要領を得なかった。
真中は骨壷を手に戻ってきた。車が発車する少し前に、納骨堂に行くことを願う。
「好い加減、姉さんの骨をそれ相応のところに安置してあげたい」
しょげた風に云う。人情家なのか運転手は「行きますか?」と、進路先を促した。三川は注意深く真中の顔と奴の手元を注視し、納骨堂に行くことを許可した。納骨堂は行き先とは反対方向に位置している。行き来した道を逆戻り、真中を送り届ける。真中は数分後、出てきた。
「本部に戻るで」
有無を云わさない、強く堅い声で葦舟が述べる。それはこれ以上の寄り道を許さない、絶対的な命令であった。真中もそれが分かっているのか、これ以上余所への立ち寄りを表示しなかった。しかし呑気なのは少女である。険しい雰囲気を察していないのか、両足をブラブラ揺らしながら、注文を云ってのけるのだ。
「わたし、アイスクリームが食べたい」
「……大人しくしてろ」
「嫌じゃ。真中、嫌いじゃ。この人嘘吐きよ。わたしにみたらしクルミ味のアイスと、豆腐ドーナツ食べさせてくれるって云ったのに、紛い物のみたらし団子しか食べさせてくれなかった!」
耳慣れない奇怪な言葉に、真中を除いた三名が少女を振り返った。少女は小首を傾げ、のほほんと微笑んだ。次いで少女は窓の外に意識を向け、譫言か妄言か、夢幻に囚われたタドタドしい声を漏らす。
「マア……赤くてとんがって大きい塔ねえ……戦車を溶かして作ったのネエ……ア、運転手さん、わんちゃんが飛び出すわヨ……ウフフフフ」
運転手は、肩を揺す振って笑う少女にゾーっと身の毛を弥立せ、顔を青くさせた。身震いしていると、少女の“予言通り”、柴犬が飛び出してきた。運転手は、ぶつかる寸前でブレーキを踏む。
「…………この子やね」ややあって、ポツリと葦舟。「予言者」
真中の逃げ足は、最早異常の域に達していた。内部に密告者がいることが無論疑われたが、絶妙な回避と巧妙な逃亡から、千里眼か神通力に類ずる便利な道具を所持していることが有力視されていた。それがまさか、年端もいかぬ少女とは思っていなかったが……。
「なんやお嬢ちゃん、えらい特技もってはるな。生まれつきなん?」
「オイ、待て。俺から引き剥がすつもりか? こいつは渡せねぇ。唯一の武器だ」
「この人は嘘吐きよ。あのね、わたしのことを牛女って呼んで、人様にソウ紹介するのよ……わたし名前に、ウシもオンナもないのに」
少女は再び、白い歯を僅かに見せながら笑う。三川は少女が、薬物中毒者か何かのように感じられた。一見、正常な反応を示しているように見えるが、どこかがおかしい。会話もかみ合っていない……葦舟の醜悪な顔に怯む様子もない……。もしかしたら、峠や老夫婦と同じように、記憶の改変が行われているかもしれなかった。
「きみ、受け渡しを拒絶できる立場と思うとるん? いや、別にええんやで。放火大量殺人でムショ入りしても。詳しく調査したら、証拠、仰山出てくるやろ。獄中で臭い飯食って死ぬか、帝国軍の実験体なってくれるか、選んでええで」
「…………」真中は苛立ちながら笑った。「とはいっても、こいつには選ぶ権利があるだろう」
「せやな。なぁ、うちのとこに来ぃへん? お嬢ちゃん来たら、神様みたいに敬ってやるで」
「ホントウに……?」
「ほんまに」
「……、この人は嘘を吐かないのネ……嘘だとおっしゃらないのネ……」
少女は眉間にキツク皺を寄せ、泣きそうな顔で苦しげに呟いた。最前の予言と同じく声の音調が奇妙なことから、何かを予知したらしい。ガックリと項垂れながら、握り拳を作る。彼女は、自身の行き先が避けられないことを察知したのだろう。
「それと、きみ、懐の中に入れとる峠の手帳も寄越しや」
三川が真中を殴ったとき、堅い物が壁となりうまく殴ることが出来なかった。葦舟はその様子を見て、何かが入っていると踏んだのだろう。懐のスペースから小さな物……手帳が入っていると予測するのは大したことではないが、“峠の手帳”を所持していると見破った点は、炯眼である。俄かに驚く三川を余所に、真中は不愉快そうに顔を顰めさせた。ズイと片手を伸ばした老人に、半ば乱暴に叩きつける。葦舟は手帳を捲り、本物であることを確かめた。手帳には、予知に関する情報が記されている。
「ありがとさん。これでボクの研究も進むわ」
神経を逆撫でするというよりも、本気で感謝するように葦舟は礼を述べる。その言葉にほんの少しでも勝利に酔ったものが含まれていれば、真中は嫌味を返しただろう。真中はムッツリと黙り込み長い時間不機嫌さを抱えていたが、本部に戻る頃には葦舟に「歩き難そうだから杖を持とうか」と、軽口を云えるぐらい余裕を回復させていた。
本部に帰還した各々は独自に行動する。葦舟は、細々とした話し合い……と云うよりは一方的な命令を真中に与えはじめた。三川は両者の下に長居することなく、大急ぎで業務を片付け、ある場所に向かう。三川が赴いた場所は、真中が骨壷を預かってもらうべく立ち寄った納骨堂である。三川は周囲に人間がいないことを確認して、無断で侵入した。いざ見付かった時のために“表情を変え”手早く行動する。安置所に侵入すると、石造りの台に真中が所持していた骨袋と骨壷が放置されていた。
「あぁ……確かにあいつは嘘吐きだなぁ」
三川は白磁器の蓋を開かして、中に入っている物を確認しながら、くつくつと咽喉を鳴らして笑った。葦舟に少女が引き渡されるとき「唯一の武器だ」といっていたが、それは真っ赤な嘘である。骨壷に入っていたのは、骨ではない。ペン字で書かれた記憶改変の紙束と、それに用いるダチュラの種が詰まった紙袋が収まっていた。単なる記憶消去とその種ならば何の武器にもならないだろうが、“改変”となると話は別である。
三川は、しょげた風に骨を納めたいと述べた真中を怪しんでいた。疑惑になった点は、真中の表情ではなく、骨壷の方である。白磁器の入れ物と袋には見覚えがあった。数年前……真中の妻が亡くなった時に見た物と同じだったのだ。真中は姉のことを大切にしていた……だが、葦舟の機嫌を損ねるリスクを負うほど、姉想いではない。それに奴はリアリストである。感傷に浸り死者を想っても、ナカナカ長続きすることはない。
骨壷の調査はひょんな思い付きと山勘から来たものであり、まさか大当たりするとは思っていなかった。意外な拾い物に感謝する。紙束と紙袋を手提げ鞄に詰めた後、適当な棚を開き、空壷に他者の骨を入れた。このカモフラージュは、純粋に真中を手助けするために行われたものではない。自身の云うことを聞かせるため、細工したのである。骨壷の中に姉の人骨が欠片も入っていないということは、自然彼女は生存していることになる。こうしてその空の証を見た現在、人質を得たも当然だった。
三川は全てを元通りにしてから納骨堂の敷地を出、帰宅の道を進む。そして考えるのは、今しがた手に入れた道具の使い道だ。記憶改変……峠と老夫婦の様子から察するに、実用化まで時間が掛かるだろうが、その手がかりを我が手中に収めたことは大きな成果であった。
……下等兵の洗脳に限らず、外国兵を日本国のために戦うよう思想変更できたら、それはドレホドの貢献になるだろう……。葦舟が蒐集院を裏切るための決定的な証拠を掴めることができたら、ドンナに気分が良くなるだろう……。三川は仄暗い未来の楽しみに機嫌を良くし、密かに忍び笑いを漏らす。小暗い路地裏で笑う彼は、日本国と自身を勝利に導き磐石なものとするため、その手段を思い巡らすのであった……。
アベルが眠っている棺の扉が、内側から勢い良く蹴り飛ばされた。棺は石で構成されているにも関わらず、衝撃音は金属製を帯びた余韻が鳴り響く。アベル再復活の緊急事態を逸早く察知した警備員が、周囲にその事実を報せたのだろう。赤い緊急ランプとコール音が活発に騒ぎ立てていた。
アベルは人工石の床を素足でペタペタと歩み、腰元まで伸びた黒髪を片手で払い退けつつ光沢のない黒刃を出現させ、それを壁に投擲した。柄を握る腕全体の筋肉が、一瞬強張り膨らんだかと思った直後、その射出は行われていた。
矢のように投げられた黒刀は、根元まで一気に食い込んだ。水に物を投げ入れたかのように易々入り込み、波紋が広がる如く亀裂が迸る。壁の強度は、財団の技術力を結集した強靭なものである。普通一般の防御壁なら、剣先が触れる前に綺麗に吹き飛んでいたことだろう。
アベルは壁を一撃で破壊できなかった事実に意外そうな顔をしたものの、すぐに興味を失い、表情を消す。再び柄を握り、紙を切り裂くような容易さでブレードを一直線、縦に動かした。壁面は、パズルの裏面を叩いてピースが剥離するように瓦解し、白濁色の土煙がモクモクと上がる。人力を超えた衝撃に壁と一続きに繋がっていた天井が大きく裂け、僅かに青空が現われた。真昼時なのか、強い日差しが射しかかる。
天井で煌くのは、四方四隅に取り付けられた自動式ガトリングだ。四つのうち一つが壁を切り裂いた衝撃で破壊されつつも、残りの三つは健気に任務を遂行する。プログラムされた命令は単純だ。生物反応を持ち動くものがあれば、蜂の巣にしろ。無数の弾丸が数秒の間に百発近く打ち込まれるが、アベルは見向きもせずブレードの角度を僅かに右に左に傾け、片手間で防いでみせた。攻撃は勿論、足止めにすらなっていない。
部屋の外には十字路の廊下があり、アベルが半歩踏み出さぬ内に非常ドアが約2m間隔で幾多に遮断する。隔絶された短い空間には、棺が安置されていた部屋と同じくガトリングが銃口を定め、攻撃を開始した。アベルが収容室を出た際の死角位置を予想した銃弾の一斉射撃は、火花ではなく爆裂と表した方が正しい。
アベルは足の裏に力を込めた。隆々とした筋肉が脈動する。壁を破壊した時に生じ、周囲に漂い始めた汚れた白煙を霧散させ、疾風迅雷、縦横無尽に動き出す。初弾、鉄礫の弾丸が床に当たる瞬前、一機目が破壊される。人工石の床を削り始めた頃に、二機目が吹き飛ばされた。銃痕を作って鉄礫が兆弾する時、三機と四機目がひしゃげ、薬莢が地面に接触するコンマ前、最後の銃器が破裂し、その役目を終えた。
アベルの動きは休まることなく、次の標的は遮断壁へと移行される。一撃二撃刀身を振るい斬撃を作るだけで、堅牢な壁はボロ布のように落ちた。アベルの進撃は、十字路の一角を突っ切り、野外に到達するまで行われた。
外は、灼熱の大地が広がる砂漠だった。雲の翳りが皆無、水源の豊潤さが絶無の険しい不毛の土地だ。風により磨耗した大きな岩は物陰を作っているが、その体に触れるとたちまち火傷することだろう。アベルは褐色した身体を鋭敏に動かし、野外で戦闘態勢を敷いていた機動部隊を目標に定める。
以下は一方的な殺戮だった。サボテンに赤い花が飛び散る。砂塵に混じって人間の頭部が転がる。アベルが人の間を縫うように走ると、数秒遅れて血潮が迸る。獣のような咆哮をあげる古強者は仲間の死を直視しながら、怒りを捻じ曲げ、悲しみを押し潰し、涙を呑み、感情を押し殺す。か弱い彼らへ、アベルはドス黒い哄笑をあげながら、何人、何十人もの命を蹴散らした。彼は今、極度に興奮している。血湧き肉踊る身体が、落ち着きがなく妄執的に動き回る灰色の瞳が、好敵手の姿を求めていた。
その地獄のような死闘の頭上を飛来するのは、数十機のヘリであった。ヘリの一つに乗車したエージェントは、胸元で十字を切る。この祈りは、今しがた散っていく仲間達に対する哀悼だ。自分の死を数と願いに含めない黙祷である。ヘリのドアが乱暴に開き、白衣を着た研究者が黒い紐を外へ垂らした。エージェントは紐を掴んで、スルスルと降り地面に降り立つと、頃合を見計らったようにヘリ群は離れた。見れば、ヘリに乗車した研究員が、高性能カメラを携え記録作業に従事している。地に降り立った彼の周囲に、エージェントと同様に新規追加された十数名の戦闘員が佇んでいた。
アベルはエージェントの姿を視認した瞬間、ギョロギョロと彷徨っていた眼がピタリと固まる。蚊を払い草木を薙ぐが如く、どことなく呆然とした無関心さで、周囲に集う機動部隊員を一網打尽に殴り捨てた。瞠り凝った表情は、みるみる内に狂気の入り混じった笑みに様変わり、ドス黒い哄笑とは異なった、張り裂けるような笑みを形作る。
アベルは、純粋な鼓舞と再会の悦びに満ち充ちている。手にしていた黒刃の柄を手放すと紫電一閃、ハニカム式に亀裂が走り、地に落ちる前に黒刀は消失した。一見、刀身を捨て降参し、戦闘を放棄したように見えるが、実際は逆だ。その証拠にエージェントは茶色いコートのポケットから拳銃を取り出し、アベルの頭部に照準を合わせた。アベルはぐぐっと前方に体を屈め、砂を蹴り跳躍した。両者の動作は、一秒にすら満たない刹那のことだった。
エージェントの目の前に着地したアベルは息をつく間もなく、右手の五指を揃え、頭を切り落とさんと首を狙う。エージェントは左半身を半ば捻るように移動させ、その攻撃をかわす。突きによる手刀は直撃すれば勿論、かすっただけでも致命傷になりかねない。それは人体の攻撃箇所に限らず、全回避が望ましい。人類――エージェントに科されたハンデは深く遠く、アベルもそれを自覚し戦いを長く楽しむためか、わざわざ刀身を捨て、徒手空拳で挑んでいた。
頚部に爪先が到達し腕を伸ばし切る直前、身を転じた動きを利用して背後に回り、左右手にした拳銃から、数度弾丸を放つ。指の動きを極度に高めた射撃は迅速で、超人的な域に達していた。だが奴は人間ではない。バケモノである。頬に擦り傷程度、負わせることはできたもののダメージにすらならなかった。
アベルは背後に軽く飛び退くが、彼は逃がすことなく側頭部を蹴り飛ばした。その威力は小さい子供なら首が飛び、体の頑丈な大男ならひしゃげていたことだろう。どれほど屈強な者でも三半規管が刺激され、膝をつかずにはいられない痛恨の蹴りだ。アベルは跳躍するため空中に身を浮かしていた所為もあるが、エージェントの攻撃により体のバランスが大きく崩れ、地に投げつけられつつあった。しかし、まろびかけた身体を右手一本で支え、反撃といわんばかりにエージェントに足払いをかける。異常な反射神経だ。
アベルの横薙ぎを片足に喰らったエージェントは、背中から地面に倒れかけた。片足に攻撃を貰ったとき、骨が軋み肉が断つ嫌な音が聞こえたが、肉体の危険信号を強引に遮断する。アベルの姿勢が崩れておらず万全の蹴りであったなら、足が吹き飛んでいたことだろう。奴は彼が地面につく前、頭部を蹴り飛ばした方の足首を掴み、彼方へ投げ飛ばした。
エージェントは風の流れに逆らいながら、空中を滑っていく。地面に肉体の一部が接触する前、大振りのナイフを地面に突き刺し、停止することが出来た。ナイフを引き抜こうと柄を強く掴んだ時、黒い影が差しかかる。ハッとして顔を上げると、アベルは、以前とは比べ物にならないほど高く跳躍し、頂点から右拳を振り下ろさんとしていた。ナイフを捨て距離を取った瞬間、小規模なクレーターできるほど強力な鉄槌が下される。直撃しなくとも、間近にいれば即死していたことだろう。
アベルの追撃はそれだけに留まらなかった。エージェントを追いかけるように一足跳び並ぶ。エージェントはその度に一定の距離を保とうと、敷地内に仕掛けられた地雷原へ逃げた。“あたり”を引けばたちまち即死だが、彼は事前に地雷の設置場所を熟知していた。臆することなく――しかし慎重に地雷を避けながら逃亡していると、アベルがその一つを踏んだ。耳を劈く爆音と、身の丈二倍程の爆煙が立ち昇る。
エージェントは警戒を緩めることなく、モクモクと湧きあがる煤煙へ銃口を向けた。バラバラ地雷の金属片と、岩場の欠片が入り混じった破片を受け流していると、予想通り奴が現われた。通常なら両足が吹き飛ぶどころか死んでもおかしくはない威力だというのに、僅かに脚部が火傷する程度に納まっている。砂塵と煤煙が混じった空気を吸引したのか、軽く咳払いをしつつもその顔は涼しげだった。
アベル生存を確認した皆は、余韻を与える間もなく猛攻撃を行う。激しい銃弾の集中砲火はエージェントだけでなく、戦闘員全員による総攻撃だった。黒刀を捨てた今、銃弾を弾かれる心配はない。だが、数十発が肉体の前面に直撃したと思った瞬間、アベルは“一番遠く”にいた戦闘員の胸部を貫いた。すぐ傍にいるもう一人の頭を片手で潰し、以前のような一方的な殺戮を開始した。だが今更、誰も怯まない。
度重なる夥しい地雷や隙を見た射撃により、アベルに生じた弾痕はやがて大きな穴となり、長髪を携えた頭は右半分が抉り取られた。頭の中身が零れ落ち、顔の大半は血や脳漿で塗れている……が、誰も攻撃を緩める事無く、奴が死ぬまで――塵芥となり棺に納められるまで――弛まぬ努力が推された。一切の油断は許されない。銃撃の他にグレネードやRPG等の重火器が投入される。
やがて――湯が沸いたような甲高い静寂の中――水蒸気に似た煙が濛々と漂い、荒野に相応しい乾燥した強風が吹き荒れる。視界が明けて来た頃、白景を背に直立するのは、全身を負傷した奴の姿だった。両手足の指先と全身の傷跡から、死の証である黒い粉塵がチリチリと落ち舞い流れる。瀕死に相応しい有様だが、意思の強さを感じさせる灰色の両目が、一時的な休みでしかないことを確かに伝えていた。
「 」
と、そこで初めてアベルは――聞き取れなかったが――人の言葉を発した。顔には好戦的で挑発的だが、穏やかで安らいだ笑みを滲ませているように見えるのは、気の所為だろうか?
アベルは青空を仰いだかと思うと、最後まで片膝すら付くことなく直立したまま、風巻(しまき)に従い潰えた。粉塵の全ては棺の中に巻き戻され、早くて半時を迎えた頃に目を醒ますだろう。エージェントは緊張の糸が切れ、精神に芽生えた恐怖と……戦いの興奮が冷め、肉体に生じた激痛の双方を自覚しつつあった。太陽光の眩さに目を閉ざしながら、今度は自分自身の安寧を願うため、静かに十字を切った。